第42話 踊り場で その2

「えっ」


 アレ。

 川内が植物と会話しているということ。


 俺の表情を見てわかったのか、尾崎は大きくため息をついた。


「やっぱり聞いとるんじゃね」

「……知っとるんか」


 川内は、尾崎には言っていないのではなかったのか。

 尾崎は軽く肩をすくめながら、苛立ちを隠すことなく口を開く。


「園芸部入った言うたらさ、ご丁寧に教えてくれるバカがおったんよ。仁方から来よるの、一人じゃないけえね」


 小学時代、中学時代から逃げるように、この山ノ神高校に来たというのに、それでもまだその話が付きまとっているのか。

 それはなんだか腹立たしかった。いい加減、しつこい。


「それ、川内には」

「言うわけないじゃろ。ウチはチクるのは性に合わんし、それ聞いたってハルちゃんが傷つくだけじゃん。意味ないわ」

「そう」


 そう聞いて、ほっと息を吐く。それに尾崎は川内が心配していたように、『おらんようになる』ことはないのだ。よかった。


 俺の表情を見たのか、尾崎は少し首を傾げて問うてきた。


「それが原因じゃあないんじゃね?」

「ああ……、それ自体は……痛いとかは思うとらん」

「ふうん?」


 それでも疑わしそうに、こちらを眺める。

 どうやら白黒はっきりつけたいようだが、けれど誰にも踏み込んで欲しくはなかった。


「……説明する気はないんじゃけど」

「ウチにも?」

「うん。俺の問題じゃし」


 俺がきっぱりとそう言うと、尾崎は一歩下がって、そして肩を落とした。


「まあとにかく、昼は温室に来んさい。ヘラヘラ嘘つかれて気分悪いし、気まずいわ」

「……わかった」


 確かに、逃げ回っていても仕方ないのは確かだ。

 自分で言ったように、俺自身の問題で、いつかは俺がその問題をクリアしなければならない。

 それがいつになるのかは、わからない。

 けれど、逃げ回るのだけはもう止めようか、という気にはなった。


 尾崎は、くい、と顎を校舎の外に向けて動かした。


「ほいじゃあ温室行くよ」

「ああ……いや、明日からにする」

「ええ?」


 俺のその返事にどうやらご不満らしく、尾崎は眉をひそめる。


「明日の朝、川内に話をする。あっちにも言いたいことがあるじゃろうし」


 それを聞いて尾崎はしばらく黙って俺を見つめていたが、少しして、はあ、とため息をついた。


「まあ……それでもええけど。じゃあ明日からね」

「うん」


 それで話はついたと思うのに、尾崎は足を動かさず、考え込んだあとに顔を上げて問うてきた。


「なんかヒントないん?」

「ヒント?」

「うん、喧嘩の原因のヒント」


 俺がだんまりのままなのが、気になって仕方ないらしい。

 ヒントねえ、と考えたあと、ぽつりと言ってみた。


「まあ、簡単に言うたら、嫉妬しとる」

「はあ? 嫉妬? 誰に?」


 訳がわからない、という風に眉根を寄せる。

 川内は大人しくて、園芸部以外では、積極的に誰かと話をすることはない。

 なのに嫉妬? と思うのは無理はないのかもしれない。


「内緒」

「……まあ、ええけどさ。嫉妬とか、こまい小さい男じゃねえ」

「『男じゃ女じゃ言うな。差別じゃ!』」


 尾崎の口調を真似して言った。いつか彼女が木下に言った言葉だった。

 尾崎は眉をひそめる。


はがええムカつくわ」


 それになんだか笑いが零れた。

 くつくつと笑っていると、腰のあたりを肘で小突かれる。


「まああんたも、いつまでも、はぶてとりんさんなよ」

「はぶてとるように見えるん?」

「違うん?」


 そう言われて、少し考えてみる。

 確かに、『はぶてとるふてくされている』以外の何ものでもないような気がした。

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