第23話 ホームセンターにて その1

「そういうわけじゃけえ、尾崎は何の花がええ?」


 そう昼休みに尾崎に訊いてみる。


「花かあ」


 箸をくわえたまま、尾崎はうーん、と唸った。


「そう言われてもねえ。ウチ、花とか詳しゅうないし」

「何色がええかとか、花が小さいのとか大きいのとか、そういうんでもええよ?」


 川内がそう一生懸命言っている。

 けれど尾崎の返事は芳しくはない。


「うーん……。ほいでも、今植えて、九月に咲かせるんじゃろ? どれがええかわからんわ。ひまわり育てたい、言うてもダメじゃん」


 そう言われると、確かに。


「じゃけえ、それは悪いけど任せるわ。水やるくらいなら、ちゃんとやるけえ。ホンマよ?」


 尾崎はそう言って、にっこりと笑う。

 けれどどことなく、疲れているような気がした。考えることすらも面倒だと思っているけれど、それを顔には出さないように努力しているように見えた。


 だからそれ以上、考えてみて、とは言えなかった。

 それは、他の二人も感じ取っていたと思う。


「ほいじゃあ、ワシらが適当に決めとくわ」

「うん、頼むねー」


 木下が話を打ち切って、尾崎はそれに乗って、そうして昼休みは終わった。


          ◇


 放課後、浦辺先生の車に乗って、ホームセンターに向かう。

 焼山には郊外型の規模の大きな店舗があるのだ。さすがは田舎だ。


 駐車場に停められた車から降りた木下は、店を見上げて感心したように言った。


「はー、でっかいのう」

「呉にはなかったっけ」

「あったかのう。あ、市役所の近くに一戸あるわ。そんなにでかくない」

「ふーん」


 そんなことをしゃべりながら、店の中に入る。

 浦辺先生はカートを引いてきて言った。


「まあ適当に種でも選びよけや。ワシは土とか積むけえ」

「はーい」


 先生と別れて、店の中に入る。

 ホームセンターという場所は、なんとなく心躍る。きっと財布の中にたくさんのお金が入っていても、すぐに使い切ってしまうのではないだろうか。


「もし、町中にゾンビが溢れて、どこかに籠らんにゃいけんようになったら、ワシはホームセンターに籠る」

「わかる! ホームセンターなら生き残れる気がする」

「武器もあるよのう」

「チェーンソーとか」

「食料もあるし」


 そもそも町中にゾンビが溢れることはない、とかいうツッコミは不要だ。

 ホラー映画とかゲームとか、そういうのを見たあと、自分ならどこに基地を置くか、というのは誰しも考えることだと思う。


 俺たちは店内や外に置かれたものを見て回り、さらにワクワクしてきていた。見ているだけで楽しい。


「これ、やろう思うたらここに売ってあるもので、家が建てられるんじゃないんか」

「ほうかのう」

「これフローリングじゃ。外に長い木材あるし」

「丸太もあるけえ、どうせならログハウスみたいなんがええな」

「建てれるよのう。道具もあるで。やってみたい」

「どこに建てるんじゃ」

「山奥。灰ヶ峰はいがみねの奥のほうとか」

「誰の所有でもない山はほとんどないって聞いたことあるで」

「灰ヶ峰は誰の所有なん?」

「知らん」


「種はあっちみたい」


 川内は、そんなバカなことをしゃべっている俺たちを尻目に、種が売ってあるほうに歩き出していた。

 男子二人は、使いもしない変わった形の鍋とか、便利グッズとかにフラフラと目を奪われるが、川内だけは脇目もふらずに一直線に園芸コーナーに向かっていた。


 たぶん、彼女が一番興味を惹かれるのが、そこなのだろう。

 俺たちが飾りもしない神棚を見て「かっけー」とか言っているのと、実は似たようなものなのかもしれない。


 種の入っている袋がずらりと並んだ棚の前でしゃがみ込んで、川内はキラキラした瞳で手に取っては戻し、手に取っては戻ししている。

 遅れて到着した俺たちも、適当に一つ、手に取ってみる。


「どれでもええんかのう」


 表に印刷された花の写真を見ながら、木下が首をひねっている。


「裏に、何月に植えたら何月に咲くとか書いてあるよ」


 川内に言われて、手に持っていた種の袋を裏返す。


「あ、ホンマじゃ」

「九月くらいに咲くのがええんよのう」

「別に、全部咲かんでもええかもしれんよ。これから咲きますよ、っていう蕾でも綺麗なし」

「なるほど」

「プランターで何種類も植えられるけえ、時間差で咲くのもいいよね」

「ほいじゃあ、何個か選んだほうがええんか」

「一種類でもええと思うよ。いっぱい咲くのが綺麗なんもあるし。私は去年はパンジーだけのプランターをいっぱい作ったよ」


 漠然としていてイメージが湧かずに悩む俺たちとは対照的に、川内は珍しく饒舌だ。


「どうしようかのう……」


 そう言って、目を動かしていた木下が急に、「あ!」と声を上げた。

 何ごとかと振り向くと、下のほうにあった種の袋を指差している。


「サボテンの種がある!」

「マジで?」


 木下が指差す先を見てみると、本当にサボテンの種があった。何種類かのサボテンの種が混合で入っていると書いてある。


「サボテンって種から育てられるんか」

「知らんかった」


 サボテンと聞くと、サボテンを枯らせたと話した尾崎を思い出してしまって、三人で小さく笑った。

 木下はその種の袋を手に取って、そして満足げにうなずいた。


「これにしよう、これ。尾崎はこれがええ」

「どんな顔するか楽しみじゃ」

「じゃあ、サボテン用の土も買ってもらいたいな。あとプランターじゃなくて植木鉢のほうがええかも。水はけが良うないと」

「先生に頼もう」


 なんだか急に、種を選ぶのが楽しくなってきてしまった。

 俺たちはああでもないこうでもない、とワイワイと話し合った。

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