第12話 姉の分析

 家に帰ると、姉ちゃんの黒の軽自動車は、家のガレージに停まっていた。

 俺は自転車をその隣に置くと駆け出して、玄関を勢いよく開け、もどかしく靴を脱ぎ、バタバタと家の中に入る。


「姉ちゃん!」


 居間に入ると、ソファに仰向けに寝そべっている姉ちゃんがいた。もうスウェットに着替えてかなりくつろいでいる様子だ。


「姉ちゃん、なんだよ、あれ!」

「なんだよ、とはなんだよー」


 手に持ったスマホを操作しながら、のんびりとした口調でそう返してくる。こちらに視線を向けようともしない。


「なんで来たんじゃ! あと、タカちゃん言うの止めえ言いよるじゃろ!」

「もー、うっさい」

「なんかいらんこと言うとらんよの?」

「いらんこと?」


 そこでやっと姉ちゃんはスマホから視線を外し、身体を起こしてこちらを向いた。


「言われたら嫌なことでもあるん?」


 ニヤニヤしながら、そんなことを言う。

 まずい。これは、話の運びを間違えた気がする。


「そんなん、ない、けど」

「ほいじゃあ、ええじゃん」


 そう言って、またスマホに視線を落とす。

 ……どうせ、口喧嘩で勝てるわけはないのだ。これは刺激しないのが吉だ。


「……車で、なにを話したん?」


 しかし一応は、訊いてみる。


「別に? 歩きゃあ長いけど、車じゃったらバス停まですぐじゃもん。なんか話す暇はないわ」


 それもそうか。

 でも念のため、明日、あいつらに訊いてみよう。


 そんなことを考えながら踵を返すと、後ろから姉ちゃんの声が追ってきた。


「ほいで、あんたの好きな子、どっちなん?」


 刺激しないと誓ったばかりなのに、思わずバッと振り向いて大声を上げた。


「どっちでもええじゃろ!」

「ふーん」


 そう言って、口の端を上げてニヤリと笑う。

 あ、待て。今、もしかして。

 誘導尋問に引っ掛かってしまったのか。


「なるほどー、どっちかが好きなんじゃねー。じゃけえ園芸部かー。青春じゃわー、羨ましー」


 ソファの脇に置いてあったクッションを手に取り、それを抱きしめて、右へ左へと身体を捻っている。悶えている、という表現か。わざとらしい。


「くっそ……」


 ムカつく。いつか絶対、弱みを握ろう。

 これ以上話しても無駄だと自分を納得させ、再度、居間に背中を向けたところで、けれど姉ちゃんは続けた。


「まあ、よかったわ」

「……なにが」

「タカちゃんはさー、あんまり自己主張せんしないじゃん? 成績も、良うもないし悪うもないって感じでさー。友だちも、いなくはないけど、親友はいないっぽいし。得意なこともあんまりないけど、すごい苦手なもんもないって感じで、特徴がないっていうかさー。じゃけえ帰宅部なんも、さもありなんって感じじゃったけど。私は、タカちゃんが部活始めて、よかったと思うよ」


 散々な言われようの気はするが、さすがは姉というのか、的確な指摘の気がする。


「わがままも言わんわけじゃないけど、すぐに引っ込むし」

「ほうかのう……?」

「うん。自転車もさあ、最初は違うの欲しいって言いよったのに、あっさりこれでええって言うてさ」

「あれでよかったけえ」

「私のお古でもあんまり文句を言わんけえ、罪悪感が湧くわ。もうちょっとわがまま言うときんさい」


 罪悪感なんてものがあったのか、と少し驚く。とてもそうは見えないのだが。


「じゃあ、小遣いくれ」

「あんたがデートするときになったら、あげるわ」


 そう言って、姉ちゃんはケラケラと笑った。

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