第14話 部活動

「お前らそれぞれ、種からなんか育ててみるか」


 と、温室でくつろいでいるときに、浦辺先生が言った。


「それぞれ?」

「種から?」


 俺たちが首を傾げていると、浦辺先生は腰に手を当てて口を開く。


「やっぱり園芸部の活動じゃけえの、花でも咲かせてみんといけんじゃろう」


 その言葉に瞳を輝かせたのは川内だけで、他の三人は眉根を寄せた。


「小学校のときに朝顔を育てたことしかない」


 俺がそう言うと、木下もうんうん、とうなずく。

 尾崎も続けた。


「ウチなんか、サボテン枯らしたことあるよ」

「うわー、マジか」

「水やりすぎちゃいけんっていうけえ、放っといたら枯れとった」

「やりそう」


 そう言って三人は笑うが、川内は少し驚いたように口を開いた。彼女にとっては信じられないことらしい。


「私も手伝うけえ、がんばろ?」


 よほど不安なのか、労わるような小さな声音で、尾崎に言っている。


「自信ないわー」


 しかし尾崎から返ってきたのは、そんな心もとない言葉だった。


「前途多難じゃのう」


 呆れたように、ため息混じりで浦辺先生は肩を落とす。


「まあ、川内がおるけえ、大丈夫じゃろ」


 しかしすぐに気を取り直したように、そう言った。

 どうやら川内の実力は、浦辺先生からのお墨付きのようだ。


「やっぱ、ハルちゃんは上手いんじゃ」

「上手い……いうほどでもないんじゃけど……」


 尾崎の言葉に、川内は困ったように眉尻を下げる。

 しかし浦辺先生は、温室内を見渡して言った。


「ここにある花、ほとんど川内が咲かせたんで?」

「へえー」

「そこのパンジーも、ちゃんと種から育てたんじゃ」


 浦辺先生は、棚に並べられたプランターを指差した。その色とりどりの可愛らしい花は、いつも俺たちの目を楽しませてくれている。


「覚えとらんか、今年の一年生が入ってきたとき、靴箱んとこにいっぱい置いてあったじゃろうが。綺麗じゃったで」

「そういえば……」


 あったような気がする。よく見ていなかった。


「パンジーは、色がいっぱいあるけえ、華やかかと思うて」


 照れたように川内が頬を染める。


「すごいね、ハルちゃん。種から育てるとか」

「そんなに難しゅうないよ。千夏ちゃんもやってみる?」

「うーん……」


 サボテンを枯らせたことのある尾崎にしてみれば、パンジーはハードルが高いのかもしれない。どうも乗り気ではない様子だ。


「ワシは、どうせなら食べれるもん育ててみたいのう」


 木下がはしゃいだ声で言う。

 食べられるもの……といえば。


「野菜とか?」

「野菜かー……果物のほうがええのう」

「卒業までに収穫できるもんにせえよ」


 浦辺先生の言葉に、それもそうか、と考える。

 桃栗三年柿八年、卒業まであと二年弱。桃と栗と柿みたいに、木に生るようなものは、どう考えても無理だ。


「あ! スイカにしようや」


 尾崎がポンと手を叩いて、名案だとばかりに言った。

 しかし浦辺先生は手を胸の前で振って、却下の姿勢だ。


「スイカは難しいで。初心者がやるようなもんじゃないで」

「ええー、スイカがええよー」


 サボテンを枯らせた人間がなにを言っているのか。しかし尾崎は食い下がる。


「スイカにしようや! スイカ好きなんよ!」


 足をバタバタさせてそう言い張る尾崎を見て、浦辺先生は腕を組んでうーん、と考え込む。

 俺にはよくわからないけれど、その様子を見るに、どうやら本当にスイカは難しいのではないか。

 しかし少しして、浦辺先生は顔を上げた。


「まあ、スイカにしろなんにしろ、食べられるもんにするんなら、畑をまず耕さんといけんのう。もう何年も使うてないけえ、まずはそこからじゃ」


 畑を耕す。

 どうやらまた、俺たちの出番なのではないか。俺と木下は、顔を見合わせて苦笑する。


「畑はどこ?」

「温室の横にあるじゃろうが」


 浦辺先生は温室の外を指差した。

 そこには、草ぼうぼうの広場しかない。


「あれ、畑じゃったんじゃ」

「ほうで」


 そう言って、うなずく。


「まあとにかく、今植えられるものかどうかとか、よう考えんと。よし、ちゃんと一年の計画を練ろう。園芸部らしゅうらしくなってきたのう」


 そう言って、浦辺先生は嬉しそうに笑った。

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