13話 元カノさんの誕生日は色々と大変な様子です〈後編〉

 マンションに着くと、私はすぐにエレベーターに乗った。


「あぁ。結局買い物してくるの忘れてた……。もういいや。今日はもう」


 エレベーターが5階に着いたので、私は部屋の前まで早歩きで向かった。


「これからどうしようかな。素直におめでとうを言わないとね」


 私は鍵を開け、ドアノブをぐっと握った。

 そして、ゆっくりと回そうとしたその時だった。



「朱音!待ってくれ!」



 聞きなれた声が聞こえてくる。


「海斗君?」


 私は嬉しさ半分、悲しさ半分だった。


「どうしたの?泉ちゃんはよかったの?」


 私は泣き顔を見られたくなくて、俯いたまま話した。


「え?」


 海斗君は困った様子を浮かべる。

 そして、私は今気づいた。私が言った言葉の意味を。


「もしかして、見てたのか?」


 海斗君はバツが悪そうにそう言った。


「う、うん。見てたって言うか、聞いてたって感じ……」


 私は暗い声を殺して、必死に明るめに答えた。


「てことは一つ目なのか……それとも三つ目なのか……それに近い感じかな……」

「え?」


 海斗君は訳の分からないことを言い出した。

 一つ目とか言ってたような気がする。けど……、どういう意味なんだろう。


 私が困っていると、海斗君は慌てて話をし始めた。


「あぁ。それはこっちの話だから気にしないでくれ。それよりも、春川さんの件だけど、明日があるから大丈夫だって言ってたから大丈夫だと思う」

「ん?」


 余計に意味が分からなくなった。

 説明された方が分からないって言う状況は、どうかと思うけれど……。


 それよりも、明日があるということはどういうことだろう。また明日もデートに行くつもりなのかな?

 私はそう思うとそのまま口にしていた。


「明日も泉ちゃんとデートするの?」


 私はすねた口調でそう言ってしまった。

 私は今、元カノでしかないのに、嫉妬なんて本当にみっともない。


 しかし、海斗君は意味が分からないと言った顔をしていた。


「えーーと、どういう意味だ?朱音」


 海斗君は本当に困っていた。だから、私はかくさずに話した。


「だって、今日デートしてたんでしょ?」

「えーーーと、一応そう言うことになるかも……」


 海斗君は、頭をかしげながら唸るようにそう言った。


「じゃぁやっぱり明日も……」


 私がネガティブ思考になっているのには色々と理由があった。


 今日遊ぼうと誘って断られた泉ちゃんが、海斗君と遊んでいた。


 そして、海斗君は泉ちゃんとデートをしていたといった。


 これはもう、私は終わりだとしか思えなかった。


 そんなネガティブ思考をしている私に、海斗君が息を整えて話しかけてきた。


「なぁ朱音」

「何かな?」


 真剣な声で言う海斗君に私は少し気持ちを落ち着けながら聞き返した。


 「俺、春川さんと付き合うことになった」とか言われるのかなと思い、私は何としても最高の笑顔で「おめでとう」と言わないといけないなと思い、覚悟を決めて準備をしていた。

 しかし、海斗君の口から出た言葉は、そんなことではなかった。



「誕生日おめでとう。朱音」



「えっ…」


 私は嬉しくて、思わず声が出てしまった。


「今日、朱音の誕生日だろ?」

「そ、そうだけど……じゃぁ、さっきは何で泉ちゃんといたの?」


 海斗君は少し恥ずかしそうにして続けた。


「いやーー。実はさ、朱音へのプレゼントを一緒に選んでもらってたんだよ」

「え?」

「何をあげるかは決めてたんだけどさ、最後の選択に付き合ってもらってたんだよ」

「そ、そうなんだ」

「はい、これ。朱音へのプレゼント」


 そう言って、海斗君は先ほどから後ろに隠していた袋を渡してくれた。


「ありがとう!」


 私は泣いた後の顔を見られる恥ずかしさを忘れて、笑顔で向き合った。


「開けてもいい?」

「う、うん」


 私がそう聞くと、海斗君は照れながらも返事をしてくれた。

 私は綺麗に包まれている包装を丁寧に外し、その中のものを取り出した。


「すごい……。可愛い…」


 そこに入っていたのは、真っ白なクマのぬいぐるみだった。


「なんかこれ、見たときにビビットきたって言うか、これは朱音に合うんじゃないかなって思ったんだよ」


 恥ずかしそうにしながら、海斗君はそう説明してくれた。


「ありがとう。海斗君」


 私は嬉しくて思わずぬいぐるみを抱きしめてしまった。

 海斗君は、顔が赤くなっていた。




 部屋に上がってもらい、私たちは軽いパーティーをすることにした。


「まさかケーキまで買ってきてくれてたなんて、驚いたよ」

「まぁもしも買ってたら、明日にでも食べてもらおうと思ってたからな」

「ありがとう、海斗君」


 私が料理を終えると、私たちはそろっていただきますをした。


 そして、海斗君が持ってきてくれていたケーキを食べながら、私たちはたわいもない会話をした。



 私たちは、それから2時間程度何でもない話で盛り上がった。とても楽しい時間を過ごした。本当に、久々に感じるほどだった。

 話していて、少し分かったことがあった。


 まず、海斗君と泉ちゃんは、付き合ってなどいないということだ。私が勝ってに早とちりして、勝手に想像してしまっていただけだった。


 次に、明日があるというのは、泉ちゃんと私が明日遊ぶということだったらしい。

 海斗君は、「泉ちゃんは一緒に来なくて大丈夫だったの?」と言ういっみだと思ったらしく、「春川さんは明日遊ぶときに誕生日プレゼントを渡すと言っていたから大丈夫だよ」と言う意味で言ったらしい。


 最後に、やっぱり私は海斗君のことが好きだということだ。

 どんなに勘違いだったと思って泣いてしまっても、プレゼントを渡されただけで舞い上がってしまうほどなのだから。もう諦めようと何度思っても、それができないからだ。


 やっぱり海斗君といる時間は楽しい。このままずっと続いてほしいと思う。


「しかしさっきは話がかみ合ってなかったからびっくりしたな」

「うん。私はてっきり海斗君と泉ちゃんが付き合いだしたのかと思っちゃったよ」

「なるほど。それで驚いて逃げ出してしまったってわけか」

「う、うん」


 少し違っていたけど、ここで否定して真実を話すほどの勇気はなかった。


「まぁなんにせよ良かったよ。変な誤解をされてたら面倒だったし」

「確かに。そうだよね」

「まぁ、朱音に限って変なことを言いふらしたりするとは思ってなかったけどな」


 私を信じきった声で言っていた。海斗君は、本当に私を信じてくれているらしい。


「信頼されてるってとっていいのかな?」


 私は冗談めかしてきいた。


「あぁ。もちろんだよ」


 海斗君は優しくそう言ってくれた。

 ソファーで二人並んで話していると、どんどん距離が近づいているような気がする。これが錯覚じゃなければいいんだけどな。


 そして、そんな楽しい時間はあっという間に進み、時刻は9時になっていた。


「もうこんな時間か」

「ほんとだね」

「楽しい時間ってすぎるの早いな」


 私は少し嬉しかった。海斗君も「楽しい」と感じていてくれたことに。


「それじゃ、そろそろ帰ろうかな」

「うん、そうだね」


 私は少しソワソワしながら玄関まで見送りに来た。


「今日は本当にありがとう。海斗君」

「おう!俺も料理ありがとな」


 少しの間が生まれる。


「それじゃ、またな。朱音」


 そう言って、海斗君がドアノブに手をかけたとき、今しかないと思い、思い切ってお願い事をしてみた。


「海斗君!」

「ん?どうした?」


 海斗君は驚いた表情でっこちらに振り返った。

 私は、深呼吸をした。そして、口を動かす。


「連絡先!交換してくれませんか?」


 私は緊張のあまり敬語になってしまった。


「何で敬語なんだ?」

「アハハ…」


 海斗君も同じツッコミをする。


「いいよ。俺も交換したかったし」

「え?」


 海斗君も交換したかったってどういうことだろう。

 でも、今はそう言うことを考えてる場合じゃない。せっかく交換してくれるんだから、ちゃんと交換してもらわないと。


「でも、どうやって交換するんだ?」


 どうやら海斗君はやり方が分からないらしい。そう言えば、以前交換したときも私が携帯を借りて交換したんだっけ。その時に交換した連絡先は、受験前に海斗君を忘れるために消しちゃったんだけど。

 もしかして、海斗君も消しちゃったのかな?


「分かった。携帯貸してくれる?」

「おう」


 そう言って、海斗君は携帯を差し出した。

 そして、私は携帯を操作して連絡先を交換した。


「はい。これで大丈夫だよ」

「おう。ありがとな。朱音」

「うん。こちらこそ」


 私たちは見つめ合っていることに気づき、恥ずかしくなってお互いに目をそらした。


「じゃ、じゃぁ。今度こそ本当にまたな」

「う、うん。またね」


 そう言って、海斗君は部屋から出て行った。


 私は部屋に戻ると、携帯をじっと見つめた。


「やっと交換できた。海斗君と、連絡先を」


 それが嬉しくて、すぐにでも連絡しようかと思ったが、文字を打っている途中でやめた。

 今回は交換できただけでも十分な進歩だ。そう欲張ってしまうのはだめだ。


 私は携帯の電源を切ると、暗くなった画面に映った自分の目と目が合う。


「あれ?私ってこんな笑顔してたっけ?」


 そこに映っていたのは、満面の笑みで、幸せそうな顔をしている自分の顔だった。


「まぁ、確かに嬉しかったもんね」


 そう言って、私は静かにベッドに寝転がった。

 隣に飾られた白色のクマのぬいぐるみを抱きかかえ、私は深い眠りの中へと落ちていった。


 夢にはもちろん今日の思い出が出てきた。



 海斗君との、楽しかった思い出が。

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