3話 元カノの人気には定評があります〈後編〉

「お前……志水と同じ中学なのか?」

「あ、あぁ。そうだけど…」


 あまりの秀真の勢いに、さすがに俺は後ずさりをした。


「まじか?」

「何で嘘をつかなきゃいけねぇんだよ」


 俺が「そんなに驚くことか?」と聞いたら、秀真は「あ・た・り・ま・え・だ!」と怒ったように言った。


「何がだよ」

「あの志水だぞ?」

「お前にしては興奮気味だな」

「そりゃそうだろ」


 秀真には恋人ではないが、小学生からの同級生で、中学のときから片思いを続けている春川はるかわいずみと言う、それはまた結構な美女がいる。秀真は彼女に恋をしつつも、告白したことは無く、秀真曰く、「泉に告白するなんてとんでもない。俺は泉との関係を崩すことだけは避けたいんだ」と言っていた。


 そんなわけで、そこそこモテている秀真が他の女に興味を示さないのは有名であった。


 そんな秀真が他の女で本気にるとは……。ついに秀真の長かった片思いが終わるのか?俺はそんなに知らないけど。


「あぁ、勘違いするなよ。別に好きとかじゃなくて、単純に海斗にも青春が訪れたのかと思うと興奮もするだろ」

「…なるほどな。そう言うことか」

「そうだ」


 俺はため息をついて、「それは無い。少なくとも、向こうには…」と言うった。


「どういうことだ?」

「どうもこうもない。俺が仮に気になっていようが、朱音が俺を好きになることはない」


 俺はきっぱり言い切った。


「そうか?海斗って普通にモテるだろ?」

「それならお前も一緒だろ」


 俺は吐き出すように言った。


「俺と同じではないだろ」

「どこがだよ」

「高校入って一週間。お前何人に告れれた?」

「30人」

「まじかよ……」


 俺がさらっと言うと、秀真は「想像以上だ」と言いながらため息をついた。


「正直に言うと、あの志水に手が届くのはお前だけだと俺は思っている」

「勝手に思っていてくれ」

「いや、違う」

「何がだよ」

「お前はそれを理解するべきだ。お前は自分が思っているほど残念な男じゃない。少なくともこの学校では一番のイケメンだ」

「それはどうも」


 俺はどうでもいいという表情と口調でそう言った。


「だからさ、狙ってみようぜ?な?」

「嫌だよ…」

「お前が告ったら俺も告るからさ」

「いや、それはお前が告白したいだけだろ」

「それは少しあるが…それよりもお前に恋愛をしてほしいんだよ」

「……」


 俺は言うか言わないか迷っていたが、いい加減素直に事実を言わないとしつこそうだなと思ったので、言うことにした。



「俺は中学のときにフラれてんだよ」



 実際は俺から別れを切り出したが、あのときはどちらから切り出してもおかしくない状況だったので、別に嘘ではないだろう。それに向こうも肯定してたし…。


「そうだったのか……て、え?」


 納得したかと思ったら、突然大きな声を出して驚いた。


「お前が告白したのか?あのお前が?」

「あぁ」


 実際に俺が告白して付き合いだしたので、嘘ではない。


「そうか。そうなんだな……。お前みたいなやつでも恋もするしフラれるんだな!」

「なんで嬉しそうなんだよ…」


 俺は少々呆れ気味に言った。


「いやー。俺も基本的に他人の恋に興味はないんだが、お前みたいなモテるのに恋をしないタイプの奴は初めて見たから興味があったんだよ」

「そうか」


 別に興味がなかったわけではないが……。


「だから、お前も恋するんだと思ったら興奮したんだよ」

「そうか。それは良かった」

「まぁ、一つだけ言いたいんだが…」

「なんだ?」


 さっきまでの少しおちゃらけた顔付きから一転。真剣な顔になった秀真は、真剣な声色で俺に話してきた。


「お前、一回フラれただけであきらめるのか?」

「まぁ…そうだな」

「お前、それは正気か?」

「あぁ」

「お前はそれでも男か!」


 少し説教気味に、熱く語る秀真。


「男だ」

「違う。それじゃぁまるで、男の娘だ!」

「なるほど」


 俺は思わず納得した。


「確かに、性別上では男だが、中身が女だというならそれが一番正しい例えだな」

「いや、冷静に分析すんなよ」

「でもそういうことだろ?」

「そうだが…」


 秀真は調子が狂うと言わんばかりの顔をして、続けた。


「まぁいい。要するに、お前はそれでいいのか?」

「うん」

「そうだろ?よくないだろ……って、なんでいいんだよ」

「いや、別にもう終わったことだし」

「それはそうだが……」


 あまりにもしつこく言ってくるので、俺はさらに最強の言葉を放つ。


「お前と一緒なんだよ」

「は?」


 意味が分からんという顔をしながら秀真が聞き返してきた。


「秀真と一緒で、俺もこれ以上朱音との関係が悪くなるのがいやなんだよ」

「……」


 俺は嘘ではなく、心から思っていることを言った。

 確かに俺は朱音と別れたが、冷静になった後にはすごく後悔した。今も少しは後悔している。


「それなら、悔しいがこれ以上俺が何か口をはさむのは厳しいな……」

「そうだろ?だから俺もお前には無理に告白しろなんて言わないんだよ」

「なるほど……」


 俺は秀真がこれ以上この話を続けないと思うと、俺は別の気になる話をした。


「ところでさ、春川さんってどんなん人なんだ?」

「え……?」


 俺が何気なく聞くと、秀真は「お前…」と言いながら、何かを疑う目をして渋々と言うか、恐る恐る聞いてきた。


「泉を狙ってるのか?」

「は?」


 俺は思いもしなかったことを聞かれたので、びっくりした。というか、びっくりしすぎて変な声が出た。


「いや、お前まじで何を言ってるんだ?」

「いやだってよ、急に泉のこと聞いてきたから…」

「あぁ。なるほど」


 確かにそうだな。突然自分の好きな人の話を、しかも自分が好きだということを知っている相手から聞かれると、確かにそう疑うのも無理はない。


「違う違う。俺はお前がそんなに一途になるほど魅力的な女性ってどんな人なんだろうと思っただけだよ」

「俺と一緒で、興味があるのはあくまで泉の方じゃなく俺だってことか」

「そうだ」


 俺がそう言うと、少し安心したのか、秀真は春川について話し出した。


「泉はな……俺から見た印象だけど、とても優しいんだよ。俺だけにじゃなくて、誰にでもだけどな。それにあいつは敵がいない。女子にも男子にも、一人もだ。それだけあいつが素晴らしい人間だってことだ」

「なるほど…」


 確かに優しいなとは思った。俺と秀真と春川は同じクラスのため、何度か話したことがある。その時に感じた印象は、『天使』って感じだな、だった。


 朱音も優しくて、とてもいい女性だと思う。しかし、少し違う。朱音は見た目の方が可愛いに対する割合が多い。しかし、春川はどちらかと言うと優しい、つまり性格に対する割合が多い。

 それがあって、第一印象は『天使』だった。


「俺の思ったことと同じような考えだな」

「そうだな。確かに誰もが優しさに気づくよな。実際にあからさますぎるし」

「『天使』って感じだよな」

「お前もそう思うか?」

「お前も?」

「あぁ。中学の時に一部の男子から『天使』と呼ばれてたんだ」

「まじか…」


 俺は、苦笑いをしながら、「さすがに心の中で思っておけよ」と心の中でツッコミを入れた。


「でも、俺が泉を好きになったのはそんな理由だけじゃないんだけどな」

「そうなのか?」


 俺は完全に秀真は優しい女の子が好きなんだと思っていたが、どうやら違うらしい。少し見直した。


「泉はな、俺の幼馴染みなんだけどさ、よく遊ぶって程ではなかったんだよ」

「なるほど」


 確かに、ドラマや恋愛小説では幼馴染みは昔から仲がいいというイメージだが、それはあくまで物語の中。つまり空想の中というわけだ。

 俺は空想と現実の区別はついている。だから、そんな勘違いはしていなかった。


「それでさ、初めて関わったのは5年の時だったんだ。俺が宿題忘れて少し下校遅くなって、早く帰ってゲームしようと思って廊下を走ってたら、なんか下駄箱の方から声が聞こえてきたんだよ。それで興味本位で聞いてみようとゆっくりと近づいたら告白してる場面に出くわしたんだ」

「そんな物語みたいな展開あるんだな」

「あぁ、それがあるんだよ。もちろん、俺は泉がモテてることは知ってたし、これが初めてじゃないことも知ってたからさ、「またフラれるやつが一人増えるんだな」としか思ってなかったんだよ。てか、正直もう泉も告白されるの飽きてるじゃないかとも思ってたんだよ」

「はぁ」

「それで、案の定フラれて、その男子は渋々帰っていったんだよ」

「そうだろうな」


 俺だって勢いで別れたけど、その夜は大泣きしたしな。


「んで、どうせ興味なしの顔でもしてるんだろうなと思って何気なく靴を履き替えるために姿を現したら、泣いてたんだよ」

「は?」

「だから、泉が泣いてたんだよ。声は出してなかったけど、目から涙を流してたんだよ」

「なるほど」

「それで、俺は初めて気づいたんだよ「断る方も、すごく辛いんだな」って」

「そうか」


 俺は、何人も告白されだしたのは高校に入る少し前くらいからだった。正確に言うと、朱音と別れた次の日からだった。

 だけど、いまだに慣れはしないし、フッた相手に少し罪悪感が生まれる。


 しかし、それは相手を下に見る行為で、決して良心じゃないということを俺は知っているし、実際に俺もそんなことを思ってほしいと思って告白したわけではない。

 だから、何となくだけど春川の気持ちが少し理解できる。


「それで、本当に優しい人間の本質に触れた瞬間に、恋に落ち始めたってわけだ」

「あー。要するに、結局優しさってことだな」

「まぁ…そうだな」

「でも分かった。春川さんは要するに『天使』そのものなんだな」

「そうだ」

「そうか。じゃ、俺そろそろ帰るよ」

「分かった。じゃ、また明日」

「また明日」


 そう言って、俺たちは別れた。

 俺は徒歩だが、秀真は電車通学をしているため、いつも駅の前で少し話してから帰る。


「しかしまぁ。こんなにもすぐに朱音が人気になてしまうなんてなー」


 俺は少しため息交じりにそう呟いた。

 秀真の話によれば、どうやら朱音はこの一週間で50人の男女に告白されたらしい。もちろん全部断っているらしいが…。


「朱音はまだあの事怒ってんのかな?」


 あの事。つまり、受験校の話のときの、恋人の在り方の考え方の違い。これの言い争いの結果、俺たちは別れることになった訳だし、正直一番厄介な出来事だった。


 お互いに疎遠になって4か月半。いまだに埋まらない溝は、いったいいつになったら埋まるのか。

 そんなことを考えていると、ふとさっきの秀真の言葉を思い出す。


━━お前、一回フラれただけであきらめるのか?


「俺だって、諦められるなら、むしろそうしたいくらいだよ…」


 俺は皮肉を言うように、空に呟く。

 一回フラれたから諦める?それができないから、俺はいつまでも朱音のことを考えてるんじゃないか。もしも朱音が他の男に惚れたなら、そのときは強引に諦めてやるとも考えたが、それもできなさそうだった。


 だから、朱音と最近一番仲がいい泉のことを知り、少しでも朱音と近づこうとしたのだ。


 俺は一生の中で朱音以外を好きになったことがない。出会ったときは、運命さえ感じたくらいだ。

 本当に一瞬の出来事。恋に落ちるとはこのことかと思うほどだった。


 そんな朱音と付き合い、そして別れた。嬉しかったことが全て吹っ飛んでしまうんじゃないかと思うほどに辛かった。だから、諦められなかった。

 そして、もう終わりだと思っていたら、朱音は俺と同じ高校を受験した。

 正直すごく嬉しかった。「また3年間同じ学校で生活できるんだ」って思った。


 そして、秀真に聞いた噂。美人のお隣さん。

 そのお隣さんが朱音だった。


「朱音はまた人気者になった。でも、今度もまた誰にも負けるわけにはいかない。ハンデだろうと何だろうと、全部ぶち壊してでもつかんでやる」


 俺は強く決心した。


 今度こそは、つかんで離さない。絶対に離さない。どんな相手が来ても、正面から立ち向かう。それが例え見えない敵であったとしても。


 俺はそんなことを考えながら、エントランスの自動ドアを通り抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る