2話 元カノの人気には定評があります〈前編〉
認めたくない事実を思い知った俺たちだったが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「今…なん…じ、だ…?」
「8…じ……2…1……ぷん」
「あと……4、ふん…か」
「そ…うだ……ね」
俺たちは、中学校の体育祭以来の全速力で走っていた。
時刻は只今8時21分。俺たちの通う赤谷高校は、朝は8時25分に校門をくぐっていなくてはならない。それより遅ければ遅刻となる。
俺たちの住んでいるマンションから学校までは、徒歩7分と割と近い。そのため俺は、大体8時頃に家を出ることが多い。
しかし、今日は過去のことを思い出していたため、出るのが遅かった。だから、部屋の前で話している時間などなかったのだ。
ようやく校門が見えてきた。スマホの時計を見ると、8時23分。何とか間に合いそうだった。
「間に合いそうだな」
「そう…だね」
まだ少し息が上がっている朱音は、荒い呼吸をしながら息を整えていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう。今日は二人とも遅いな。特に志水なんて1時間くらい遅いんじゃないか?」
「そ、そうですね…」
俺は少し驚いた。
1時間も遅刻することにではなく、1時間も早くに学校に来ていることに、だ。朝練のためではなく、始業の1時間前から学校に来ている奴なんて、人生の中で聞いたことすらない。
「急いで上がれよ。しかし廊下は走ってはだめだぞ」
「はい!」
「分かってますって」
こうして俺たちは何とか教室へ向かうことができた。
途中で生徒を見かけたので、少し落ち着きも取り戻した。
そして、それと同時に俺たちは突然と赤の他人になった。「またね」や、「バイバイ」も言うことなく、それぞれの教室に入っていく。
本当に、同じクラスじゃなかっただけましだ。
よくある分け方なら、主席の二人は同じクラスになりがちだ。しかし、この学校は、順位順に、点呼のような形で分けられている。
だから、俺たちは1位と2位なので、1組と2組となっている。
ちなみに同点だった俺たちは、間違えた問題数で優劣をつけられたため、2問と3問で俺が勝った。
そして、放課後のことだった。学校では奇妙な噂が立っていた。
「あの首席コンビが付き合っているらしい」
どこからの情報なのかもわからないが、それでも学年中はおろか、学年の垣根を越えてまでも広がっていた。
「なぁ海斗。お前まじであの志水と付き合ってんのか?」
下校中、からかうような口調でそう言ったのは、俺の唯一の友達である
美形な顔立ちで、すらっとした体形。身長は平均より少し高いくらいで、俺と同じくらいだ。茶色の髪が少しチャラい男のように見える。まぁ、実際はどちらともいえるが…。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
俺も軽い口調でそう言った。
「でも、お前ら今日一緒に登校してきたんだろ?てかしてただろ?」
「まぁ、確かにそれは事実だが……」
実際、本当に一緒に登校してきたし、嘘ではない。
だから、俺は隠さずにそう言った。
「それに、何でまた急に一緒に登校してきたんだ?」
「それは…登校中にたまたま会ったからで…」
家が隣だなんてことは言わず、事実を言いつつ全ては言わない。我ながら完璧な言い訳だ。
「お前、それ本当か?」
「え…」
「あの志水だぞ?」
あの志水?どういうことだ?そんなに俺のことを嫌っているっていう話が広まってるのか?
それは確かにそうだよなぁ。たまたま部屋の前で会って、たまたま時間ギリギリで、たまたま同じ学校だったから一緒に走って登校したそんなことが無ければ、きっと一緒に登校することは無かっただろう。
だから、ただただ偶然だったのだが、すべてを伝えることはできない。
「どういうことなんだ?」
俺は自然と、ごく自然とした口調で尋ねた。
「志水と一緒に登校してきた男は一人もいないんだよ」
「はぁ…」
意味が分からなかった。
ただ、間違いなく彼氏がいないことは伝わっているはずだ。なんせ朱音は、あれ以降男と少し間をとるようになっていることは俺も知っているからだ。
「しかし、今日の事件は前代未聞の出来事だった」
「…はぁ」
「どうしてだ?」
「別に彼氏がいないんだし普通だろ」
俺は思っていることを話した。
「男と一度も登校してないんだぞ?」
「わざわざ登校しないだろ。俺も女と登校しないし。ていうかいつも一人だし」
「お前の件も女子の中では問題になっているらしいが……それは置いといて」
「どんな問題だよ。てか、置いとくな」
何かすごく気になることを言われたのだが、あっさり流された。
「どんなに一緒に行こうと言っても頑なにお断りしているんだぞ?偶然を装って学校の数十メートル手前で待っていてもお断りされてるんだぞ?」
「いや、そりゃ気持ち悪いだろ。毎日毎日男に付きまとわれたら」
「んーー……確かにそうかもしれないが…。それならお前も一緒だろ」
「いや、それはねぇだろ。俺はほんとに偶然なんだし」
「そんなの志水には分らんだろ」
「いや、さすがに中学からの同級生だぞ。分かるだろ」
「え?」
俺が自然と話すと、秀真は驚いた表情をして、しばらく固まった。
「どうしたんだ?」
「え、いや…お前……」
「なんだよ」
俺はいつも以上に思っていることを口にしない秀真に驚き、若干心配しながら聞き返した。
「お前……志水と同じ中学なのか?」
秀真の驚きで少し震えた声は、春の空に静かに響いた。
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