14話 元カレの後悔〈後編〉
俺は病室を出て、ずっと考えていた。
俺はずっと勘違いをしていた。
その可能性があると春川に気づかされても、やっぱりどこか疑いがあった。
だから、こんなことになったんだと思う。
━すれ違い
そんな言葉が思い浮かんだ。
でも、たぶんこれは、今に始まったことじゃないんだと思う。
(あのときから、俺たちはまだ、すれ違ったままだったんだな…)
仲が深まったような、距離が縮まったような、そんな気がしていた。
でも、お互いの進んでいる道が交わらなければ、縮まったところで、意味なんてなかったんだ。
俺も、朱音も、あの頃の時のように戻ろうとしている。
でも、それじゃダメだったんだ。
あの頃のままでは、また同じ過ちを繰り返す。
同じように仲睦まじくなって、またどこかですれ違う。
俺は果たしてそんなことを望んでいるのだろうか?
断じて違う。
俺は朱音とどうなりたい?
決まってる。また新しいスタートを切りたいんだ。2人で歩む人生の。
そのために、俺は朱音との仲を取り戻したかったんだろ。
「はぁ、はぁ…」
恐らくずっと走っていた。
あまり早くは無いけど、それでもしっかりと進んでいた。
病院を出てすぐ、俺は朱音の後姿をとらえた。
「朱音!」
俺は見つけるとすぐに、大きな声で呼び止めた。
朱音は、俺の声に気が付くと、すぐに振り返った。
「海斗君…」
俺は、もう一度考える。
今伝えたいことは何か?
そんなこと、考える必要もなかった。
今伝えるのは、『好き』という気持ちでもなく、『ごめん』という謝罪の言葉でもない。俺たちの、この関係を終わらせるための言葉。
俺と朱音にある、たった一つだけわだかまり。俺たちが別れる理由となった、受験。
つまり、テストだ。
始まりがテストなら、きっとこの状態に区切りをつけられるのも、テストしかないだろう。
俺たちは昔から、テストの点数勝負をしては、お互いに不得意なところを補い合ってきた。
朱音は天才じゃなかった。でも、すごく努力のできる人間だった。
初めは俺と50点近い差があったにもかかわらず、今となっては同率で首席になるほどまで実力をのばした。
そんな努力を、俺は否定した。あの時、確かに俺は朱音の努力を否定した。
終わってから気が付いた。
全て後悔として残った。
もう、後悔はしたくない。
最善をつくして、すべてを出し切って、それで終わりたい。
迷いはもう、いらない。
「朱音!」
「どう…したの?海斗君」
「次の中間テスト、勝負しよう」
「えっ?」
俺の申し出に、少し戸惑う朱音。
「ルールは単純。俺の総合点数と、朱音の総合点数で多い方が勝ち。同点なら間違えた問題数で優劣をつける。勝った方が負けた方に、一つだけ言うことを聞かせることができる」
「う、うん…」
「もちろん常識の範疇で、だけどな。それで、どうだ?勝負しねぇか?」
俺は、挑戦的な口調で、されで嫌な奴にならないように、手を差し伸べながら、そう言った。
朱音は、まだ状況を把握できていないようにも見えた。
しかし、少しすればようやく理解したのか、少し考えるそぶりを見せて、顔を上げた。
「分かったよ!勝負、しよっか」
「おう、そう来なくっちゃな!」
そう言って、朱音は俺の手をつかんだ。
「今度こそ負けないよ?」
「あぁ、俺が勝つ」
「っフフ」
「ッはは」
俺たちは、お互いに腹を抱えて笑った。
決してまだ終わっていない。
始まりもしていない。
これから終わりが始まろうとしている。
長いトンネルの出口がようやく見えたような気がして、俺は笑わずにはいられなかったのだ。
その後、ひとしきり笑った後、朱音を見送って、病室に帰った。
さすがに、急に走って抜け出してしまったので、看護師さんに厳しく注意された。
当たり前だな。
そして、注意を終えた看護師さんが病室を出た後、ひょこっと春川が病室に入ってきた。
「大丈夫?高原君」
「あぁ、身体的にはな…脳みそが少しどうかしているみたいだが」
「大丈夫だよ!高原君はもともとどこかぬけてたから」
「へ?」
俺の渾身のボケを、春川は思っていたのと違う感じに返してきた。
もともとぬけてた?嘘だ~
「いや、確かに患者が急に走って病室を抜け出すってのはおかしいとは思うけど……」
「それも確かにそうだね。でも、それ以外にもね…」
「え?なんだよ、それ」
「今はまだ、教えられないかな。少なくとも退院するまでは、ね」
すごく気になる言い方だったが、退院したら教えてくれるそうなので、退院したら聞くとしよう。
「それにしても、朱音ちゃんとテスト勝負するんだよね?」
「え?あぁ、見てたのか?」
「まぁ、遠くからこっそりと」
「なんか微妙に恥ずかしいな…」
こっそりってのが微妙に来るな…。
「でも、高原君が勝ったら何を言うの?」
「あぁ、それはな…」
俺は少し間を取ってから、こう告げた。
「ちょっとばかし前から続いてる、すべてのすれ違いに区切りをつける機会をもらおうと思ってる」
「へー。要するに、デートに誘うんだ」
「ま、まぁな。よくわかったな…」
俺の考えを当てた春川に驚き、そう言った。
しかし、春川は少し俯いて、何かをぽつりとつぶやいた。
「高原君は、私とよく似てるからね…」
「へ?」
「うんうん。何でもないよ。でも、本当に大丈夫なの?入院もあるし、それに朱音ちゃん、赤谷高校の主席だよ?」
「あぁ、それなら安心しろ」
春川は、俺が朱音に勝てるかどうか、心配そうなそぶりをしていた。
だから、俺は目一杯のどや顔で、こう言った。
「なんてったって、俺は赤谷高校の主席だ」
時は流れてゴールデンウィークが明けた。
入院中の俺の体の調子は、今までとは比べ物にならないほど、良好だった。
そのおかげで、勉強の方もすこぶる調子が良かった。
「さてと、そろそろ学校に行くか」
俺は、すっかり軽くなった体で伸びをした。
そして、かばんを持って、玄関へ向かう。
中間テストは、5月の18日~20日の計3日間で行われる。
「今日も勉学に励むとしますか」
俺はそう呟いて、扉を開けた。
その先には、きっと明るい。
俺は、そんな気がした。
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