1話 元カレたちの新しい日常

「蒸し暑いな…」


 梅雨に差し掛かった六月の初め、湿気で蒸し暑く、玉の汗が額に張り付いて気持ち悪い。


 今日は学校があるので、いつも通り早めに起きて予習をし、今は玄関をでたとっ頃だった。


「行きますか…」


 俺はだるくなる暑さの中、ゆっくりと足を進めた。

 そして、一階まで降りると、マンションのエントランスの椅子に腰を下ろした。


 理由は、一緒に登校する人を待つためだ。


「ごめんね、海斗君。待った?」

「いーや、さっき来たところだ」

「良かった。じゃ、行こっか」

「おう」


 そう言って、俺たちはエントランスを出た。



「そう言えば、昨日はありがとうな。参考書選んでくれて」

「うんうん、こちらこそ。服選びなんかに付き合ってくれてありがとう」

「いいよいいよ」


 ぶっちゃけ、目の保養になって、役得だと感じていたなんて絶対に言えないけど…。

 そんなことを心の中で呟いて、俺は朱音のペースに合わせて通学路を進んだ。


「それにしても、今日は暑いな…」

「そうだね。湿気がすごいから、髪の毛のセットも大変だった…」

「それは確かに大変だな…」

「うん」


 俺は男だから暑いな~程度だが、女の子である朱音にとっては、色々と大変なのだろう。



 そんな感じで軽い会話をしていると、俺たちは学校へと着いた。


「「おはようございます」」

「おう、おはよう。最近よく二人で登校してるな。もしかして、付き合いだしたのか?お似合いだなー」

「「……!?」」


 生徒指導の先生に、不意にそう言われた俺たちは、思わず赤面してしまった。


「いえ、そう言う感じではないですよ」

「そうなのか?」

「は、はい。ただちょっと家が近かっただけで…」

「そうだったか…。いやすまんな。高校生ぐらいの男女が一緒に居ると、どうしてもそう言う風に考えてしまうもんでな。いやいや、俺も年を取ったもんだ」


 そういって、ハハハと笑う生徒指導の先生に、俺たちは苦笑いをしてしまった。




 校門をくぐり、上履きに履き替えた俺たちは、それぞれの教室へと向かった。


「じゃぁ、また放課後」

「うん。またね」


 そう言って俺たちは別れた。

 そんな俺たちを見ても、変に噂を立てるやつはもうほとんどいなくなった。まぁ、さすがにいつまでも噂され続けたら鬱陶しいからいいんだが。


「おはよう、海斗」

「あぁ、おはよう」


 俺が自分の席に着くと、秀真が俺に話しかけてきた。


「お前、また首席だったみたいだな」

「まぁな。俺は予習復習をしっかりしてるし、何より朱音と勝負をしていたんだ。あれぐらいじゃないと勝ち目がなかったんだよ」

「ま、結局同点だったみたいだけどな」

「そうだな。やっぱり朱音はすごいよ」


 俺はそう言って、一限目の授業の準備を始めた。




 いつもと何も変わらない授業が終わり、俺たちは校門で待ち合わせをしていた。


「ごめん、朱音。ちょっと掃除があって遅くなっちまった」

「全然いいよ。掃除だったんだから仕方ないよ」

「ありがとな」

「うん。じゃぁ、そろそろ行こっか」

「おう」


 そうして、俺たちは帰路へとついた。

 まぁ、帰路に着いたとは言っても、俺たちが向かっているのは最寄りのスーパーだが。


「今日は何か食べたいのとかある?」

「いや、特にないけど…強いて言うならハンバーグが食べたい」

「ハンバーグ?えーっと、たしか今日はひき肉が三割引きだったから…うん、ちょうどいいね!今日はハンバーグにしよっか」

「マジか!嬉しい!」

「そんなに喜んでくれると、何だか照れちゃうな」


 そういって、少し目を逸らした朱音の頬が薄く赤色に染まっていた。


 そうして俺たちは、触れ合いそうで触れ合わない絶妙で、そしてちょうどいい距離感で、スーパーへと並んで歩いた。




「「いただきます!」」


 買い物を済ませ、朱音がハンバーグを作ってくれたので、俺たちはそろっていただきますをした。


「うん。相変わらずうまいな…」

「ありがとう」


 俺はいつも通りおいしい朱音の料理に感動し、いつも通りおいしいと伝えた。

 正直、おいしいとしか言えない俺を呪いたいぐらい、俺は朱音に感謝をしている。まぁ、そんなの当たり前だけど。


 こんな俺のために、一度酷いことをしてしまったやつなんかに、朱音は今まで通り優しくしてくれている。

 そして、こんなにおいしい料理まで作ってくれるのだ。ほんと、世界中どこを探してもこんなに素晴らしい女性はいないんじゃないかと思えるほどだ。


「どうしたの?海斗君」


 俺がそんなことを考えていると、朱音が声をかけてきて我に返った。

 そして、俺が無意識に朱音のことを見つめていたことに気が付いた。


「いや、悪い。こんなにおいしい手料理を食える俺は幸せ者だと思ってたんだ」

「ちょ、ちょっと、そんないい方されたら恥ずかしいよ…」


 俺も朱音も赤面してしまい、何とも気まずい雰囲気になった。


 しばらくの静寂の後、俺は空気を変えるために話題を出した。


「朱音ってさ、どうしてこんなに料理が上手いんだ?」

「え、上手いかは分からないけど、小さい時からお母さんに教えて貰ってて、お料理が好きだったからかな?」

「あー。そりゃ上手いわけだ」

「あ、ありがとう」


 そんな感じで、俺たちはその後も軽く話をして、九時ごろに解散をした。


「今日もありがとな」

「うん。また明日ね」

「おう」


 そう言って、俺は自分の部屋へと戻った。



「うまかったな…」


 俺は部屋に戻って寝る支度を終えると、ベッドに寝転がってそう呟いた。


 朱音の手料理を食べれるのが当たり前のようになっている今が、永遠に続くかは分からない。

 朱音に彼氏でも出来たら間違いなくこの関係は終わりだ。


「ちょっとずつ、頑張っていこう」


 俺はそう決意して、眠りについた。

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