11話 元カレは思い出します
あれは俺がまだ中学2年生の時のことだ。
あの日も、今日と同じでいい天気だった。
俺と朱音が付き合い始めて、初めてのデートの日だった。
「早く来すぎてしまった…」
初デートと言うことで、とても緊張していた俺は、待ち合わせの時間の30分も前に来てしまった。
まだ暖かくなったばかりの4月下旬。今日の天気予報では、50パーセントの確率で雨の予報だった。
そのため、俺たちはデート先を、雨が降っても大丈夫なように水族館にしていた。
しかし、その天気予報は大きく外れ、雲一つない快晴だった。
「それにしてもいい天気だな。半袖でもよかったかもな…」
今日は雨の予報だったためか、上着を脱いで手にもっている人が多くみられる。
「お待たせ。海斗君」
そう言って待ち合わせの15分前に来た朱音は、俺が待っているのを見つけると、手を振りながら駆け足で向かってきた。
「別に遅れてないんだから走らなくてもいいぞ?それに、俺も今来たところだし」
「そうだったんだ」
俺はデートの決まり文句を言い、朱音はそれを素直に受け取ってしまった。まぁ、今はそれでもいいか。
「それにしても、服可愛いな。似合ってるぞ」
「えへへ。ありがとう」
朱音はとても嬉しそうにして、手を後ろで組んで服を見せてくれた。
朱音の格好は、白を基調としたワンピースに、白のカーディガンといった組み合わせだった。素晴らしく朱音に似合っている。朱音の綺麗な黒髪と対になっていて、そして反発しあっていないところが素晴らしいと感じる。
「それじゃぁ、そろそろ行くか」
「うん」
俺たちは二人そろって改札口を通った。
「あ。ジンベイザメだ」
朱音がジンベエザメを見つけて、子どものような無邪気な笑顔を俺に向けた。
水族館に着いた俺たちは、すぐに中に入り、デートを楽しんでいた。今みているのはこの水族館のシンボルのジンベエザメのジンジンだ。
「ジンベエザメってこんなにでかいんだな…」
俺は思っていた以上に大きいジンベエザメに、啞然としていた。
「やっぱり、シンボルって感じがするね。迫力が違うもん!」
「そうだな。なんて言うか、圧倒的迫力だな」
「うん」
俺たちはしばらくの間、ジンベエザメを堪能した。
「ペンギンもいるんだね」
「そうだな。さすが鳥類だな。飛んでるように見える」
「そうだね」
俺たちは上を見上げながらそう言った。
この水族館のペンギンは、横からも見ることができるが、下からも見ることができるようになっていた。
「こうしてみると、海も空と一緒なんだな…」
「そうだね…」
青い海を見上げていると、空のように見えた。だから、ペンギンが本当に飛んでいるように思った。
午前中から来ていた俺たちは、少し疲れたのでお昼がてらに休憩をすることにした。
「はい。オムライスとお茶」
「ありがとう」
俺たちは、中に設営されているフードコートで昼食をとることにした。
俺は朱音の買った食券を預かり、二人分の料理をもって来た。
俺と朱音はともに好物であるオムライスを注文した。
「「いただきます」」
俺たちはそう言うと、同時にオムライスを食べ始めた。
「うん。うまいな」
「そうだね。おいしいね」
「卵がまろやかだな」
「確かに、ご飯を優しく包んでいる感じだよね」
「そうだな」
ここのオムライスは、正直あたりだった。味も良く、値段も結構安かったので、このフードコートの中では最もあたりだったと思う。
「それにしても、魚ってこんなにいっぱい種類がいたんだね」
「そうだよな。俺の知らない魚が山ほどいたしな」
「私も、食べる魚くらいしか分からないもん」
「俺もそんな感じだな」
恥ずかしながら、俺も朱音も中学2年生にして初の水族館だったため、とてつもなく興奮していた。
「この後どうするの?」
「そうだな……」
オムライスを食べながら言う朱音に、俺は地図を見ながら答えた。
「イルカショーなんかどうだ?」
俺は、地図に14時からと書いてあるイルカショーを提案してみた。
「イルカショーなんてあるの?うん。見てみたい」
「よし。それじゃぁそれで決まりだな」
そう言って携帯で時刻を確認する。現在13時21分。少し時間をつぶして10分前くらいに入れば問題ないか。
俺はそう考え、携帯をポケットにしまう。
「楽しみだね。海斗君」
「そうだな」
俺はそう返事をした。本当に楽しみだし、何よりも今が楽しかったので、これがデートなのかと驚いているところだった。
食事を終え、俺たちはイルカショーを見た。
スタッフの掛け声に合わせて芸をするイルカは、本当に賢いなと思った。特に、高く飛ぶ芸は、イルカの身体能力のすごさに感動した。
イルカショーを見終えた俺たちは、まだ見てないエリアを見に行った。できれば今日で全部見たかったので、俺たちは様々なところを見に行った。
「クラゲって、こんなにも綺麗なんだね……」
「そうだな……」
大きめの水槽に、大きいのと小さいクラゲが無数に連なっていた。
プカプカと気持ちよさそうに泳いでいるクラゲは、まるで海のイルミネーションを見ているような感覚にさせた。
「俺、クラゲとか夏の海で刺してくる嫌なやつだとしか思ってなかったけど、いざこうやって見てみると、すげー幻想的なんだな」
「そうだね。とってもきれいだね」
ふと朱音の方を見ると、朱音はクラゲの水槽に見入っていた。俺は、そんな朱音の姿を見ていると、つくづく来てよかったと思うのであった。
「ふーー。楽しかったね」
「そうだな。正直水族館でここまで楽しめるとは思ってなかったよ」
「そうだね。海の生き物って、すごく奥深くて、未知数で、どんどん吸い込まれていったね」
「あぁ。確かにそうだな。まるで絵画を見ている感覚になったよ」
俺は自分で言って、その例えにすごく納得していた。
俺は昔から絵が好きだった。もちろん描く方ではなく、見る方で、だ。
ピカソやゴッホを初め、代表的な画家の作品を見ることがとても好きで、よく美術館に連れて行ってもらっていた。小学4年の時の誕生日プレゼンには、美術館の年間パスポートを買ってもらい、一人で自転車で美術館に通ったほどだ。
「海斗君って、本当に絵が好きだよね」
「まぁな。一時期は、将来は画家になろうとも思ったくらいだからな」
「すごいね」
「ま、センスがなかったから諦めたけどな」
俺は苦笑しながら言った。
「そうなんだ。ちょっと意外かな」
「え?」
朱音は驚いた顔でそう言った。
「だってさ、成績は学年トップで、スポーツも得意でしょ?だから何でもできる器用な人なんだと思ってたから」
「そんなことは無いんだけどな…。まぁ、今のうちに誤解が解けてよかったかな?」
「そうかもね。何だか少し親近感がわいたからよかったかも」
「そうか。それは良かった」
俺たちは互いに笑い合い、お互いそのまま見つめ合った。
「そろそろ帰るか?」
「そうだね、そろそろ帰らないとね」
俺たちはそっと手を繋ぐと、そのまま歩き出した。
初めて握る女の子の手は、とても柔らかくて、とても小さかった。
そして、それと同時にとても暖かく、守ってあげたくなるような手だった。
俺はそんな初めての体験を、一生忘れないと心に刻みながら、一歩一歩大切に歩いて駅まで向かった。
家の最寄りの駅に着いた俺たちは、朱音の家に向かって歩いていた。
「ほんとに家まで送ってくれるの?」
「あぁ。別に大した距離じゃないし、大丈夫だよ」
「でも、家の方向と真逆だよ?」
「そんなの彼女をほったらかして帰るよりはましかな」
俺はきっぱりとそう言い切った。
「ありがとう」
朱音も笑顔でそう答えた。
「それにしても楽しかったな」
「うん。そうだね」
俺は頭の中で、今日のことを流すように思いだした。
「ねぇ海斗君」
朱音の家の前に付き、バイバイをしようとしていた時、突然朱音が俺に話しかけてきた。
俺は、何かあったのかなと思い、疑問交じりの声で聞き返した。
「ん?どうした?朱音」
「また行こうね」
朱音はそう言って、微笑んだ。
朱音がそんな顔で言うので、俺は本当に、今日デートに行ってよかったと思った。
「あぁ。また行こうな」
俺も笑顔でそう返した。
これだ。これと似ていたんだ。
そして、「あぁ、そんなこともあったな」なんて思いながら、懐かしい昔の記憶に浸っていた俺は、ぽつりと呟やいていた。
「これって、デートみたいだな」
俺は言った後に言葉の意味を理解した。
すごく恥ずかしいことを言ってしまったということを理解した俺は、羞恥心で顔が赤くなってしまった。
しかし、春川は笑顔で返事をしてくれた。
「うん。そうだね」
俺はこのとき確信に変わった。今の春川は『本物』なのだということに。
そんな感じで少し嬉しいなと感じていると、
━━タッタッタッタッタッ
近くから遠くに走っていく足音が聞こえた。
普段なら全く気にしないのが、今回の足音は少し違和感があった。何も音がなかったのに、突然音が近くからしてきたのだ。
確かに俺は、考え事をしているとき、自分の世界に入ってしまう。しかし、俺は周りが見えなくなることはあるが、音は必ず聞こえている。その音が全くなかったのだ。それはまるで……。
近くで立ち止まっていた人間が、突然走り出したような感じ。
そして、俺はその考えに至った瞬間に、嫌な予感がした。俺は慌ててさっき走っていった方向に振り返った。
振り返ってみると、その人間は、予想通りの人物だった。
「朱音………」
「え?朱音ちゃん?どこにいるの?」
俺の声を聞いて、春川が驚く。
「ほら。あの走って行っているやつ」
「あ、ほんとだ。すごいね、高原君。あんなに遠くにいてもすぐに見つけちゃうなんて」
「違うんだよ。春川さん……」
「え?どういうこと?」
俺の真剣な声に春川が反応する。
「多分、見られてた」
「え…」
この言葉で全てを理解したのだろうか。春川は少しの間黙り込んでしまった。
この状況を見られたことによって、どういう可能性があるかを考えよう。
まず一つ目は俺たちが付き合っていると勘違いされることだ。午前中授業で帰宅が早かった今日に、私服に着替えた男女が二人、駅の前でいるのだ。そう思われることが最も可能性が高い。一般的には…。
ただ、今回の件に限っては少しおかしい気もする。
朱音は、恐らくだが秀真のことが好きだ。それなのに、俺たちの姿を見て走りだす必要性が分からない。
もしも、邪魔をしたら悪いと感じてその場から離れようとしたのであれば、わざわざ家への最短ルートを通ってまで、ばれる可能性のある道を使わずに、わき道から帰ればいいと思う。
次に、俺たちが朱音のプレゼントを買いに行ったということがばれたということだ。
俺たちが持っている袋を見て、この袋が星川モールの者だと分かり、春川がこの駅で降りていることを考え「これは、私が見てはいけなかったやつだ」と思い、慌てて走り出した。この可能性は今回の状況においてはとてもしっくりくる。
そして、最後の可能性は、最初の可能性の悪化版。最悪の可能性だ。
俺が今まで考えてきたことが全部勘違いだったという言ことだ。
どういうことかと言うと、「朱音が秀真のことを好きで、その秀真に近づくためにまずは友達である俺との関係を戻そうとした」という考えが勘違いだったということだ。
つまり、朱音は単純に俺にまだ好意が残っていて、やり直したいと思っていたということだ。そして、俺の好意には全く気付いていなかった。しかし、そんな中見てしまったのが今の光景。
そして、自分は片思いだったと思い、泣きながらその場から逃げるように、走っていった。
この可能性は無いことは無い。でも、限りなくゼロに近い。
だって、この可能性は、最も俺にとって好都合であり、理想でもあるからだ。俺が「こうだったらいいのに」と思っていたことの全てを詰め込んだようなものだ。
そう考えると、二つ目の可能性がもっとも高いのか?いや、どの可能性もあり得るし、とりあえず変な噂が立つのは嫌だから、誤解は解いておくに越したことは無いしな…。
そんなことを考えていると、何かを察してくれたのか、春川が俺に向かって話してくれた。
「早く行ってあげてよ。きっと朱、音ちゃんも待ってるから」
その言葉にどんな意味があったのかはすぐには読み取れなかった。でも、この言葉が優しさだということはすぐに分かった。
「でも、春川さんもプレゼントを渡すんじゃ……」
俺が申し訳なさそうに言うと、
「私は明日朱音ちゃんと遊ぶ約束をしているから、その時に渡すし大丈夫だよ」
そう優しく語り掛けるように言ってくれた。
俺は、その優しさに甘えることにした。
「ありがとう春川さん。ちょっと行ってくるよ」
「うん。そうしてあげて」
そう言うと、俺は全力で朱音を追いかけて走り出した。
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