10話 男女でお出かけはデートと言うものになるそうです

 今日は4月17日金曜日。いよいよ計画決行の日だ。


 午前の授業が終わり、今日はこれで終了だった。

 俺はどこかへ寄り道することなく、まっすぐに家に帰り、速攻で出かける準備をして出かけた。


 そして、俺は今、ある人を待っていた。目的地の最寄りの駅の前で、その人を待っていた。

 その待っている人と言うのは、今週の水曜日に連絡をした人間だ。


「おーい。高原く~ん」

「おっす、春川さん。今日はよろしくお願いします!」


 そう。待ち人は春川泉だった。


「そんなに期待しないでね。私だってまだ朱音ちゃんとで会って2週間しかたってないからね?」


 春川は、自嘲気味にそう言った。

 俺は、その姿勢に敬意を示し、いつも通りに話した。


「まぁ、朱音の趣味に合わせるというよりかは、今日は女子代表として来てもらった感じだから、自分の直感を言ってもらえれば大丈夫だから」

「それはそれで難しいね」


 アハハと苦笑いを浮かべる春川。

 確かに、どちらにしろ難しいだろうが、参考程度でいいのだ。

 それに、仲のいい女子の趣味は、結構近かったりもする。


「そこを何とかお願いします!」

「ま、まぁ。最善は尽くさせてもらうね」

「ありがとうございます」


 こうして俺たちは、近くでは一番大きいショッピングモールへと向かった。




「やっぱり大きいね」

「そうだな」


 ショッピングモールに到着すると、春川がそう言いだした。

 ここ、星川ほしかわモールは、わりと最近にできたところだ。


 ここは、そこそこ大きいので、近所の人なんかもよく使うそうだ。店は3階建てで、映画館やフードコート、本屋やゲームセンターなどもある。


 俺たちは、今日は3階のぬいぐるみの売っている店に用があった。


「しかし、今日は付き合ってっもらって悪いな」


 俺は一緒にエスカレーターに乗る春川に向かってそう言った。


「べつにいいよ。だって、朱音ちゃんのためだもんね」

「そ、どうだけど……」


 やっぱり、よく考えるとこの状況はおかしい。


 今日は金曜日。そして午前中授業。普段の俺なら間違いなくどっかに遊びに行っていただろう。

 しかし、今は女子と二人で遊んでいる。非常におかしい。ましてや相手は『天使』とまで呼ばれている春川だ。それはそれはおかしな状況だ。


 そもそも、どうして俺と春川が出かけるほどの仲なのか、疑問に思っている人もいるかもしれない。なので、時を少し遡ってみようと思う。



 4月8日水曜日。この日は入学してから三日目のことで、この日に初めて春川と話した。


 春川は、誰とでも分け隔てなく話すことのできる人間で、俺とも普通に話してくれた。

 俺は春川が朱音と仲良くなったという情報を手に入れていたので、どうにかして近づきたいなと思っていたため、最初に仲良くなった秀真が知り合いだったことには少し助けられた。

 そして、俺は少し会話が続いたところで本題へと入った。


「あのさ、春川さん」

「どうしたの?高原君」

「実は、相談があって……」


 俺は恐る恐る春川に頼んでみた。


「実は俺、朱音の元カレでさ。実はどうしてもやり直したいんだよ。でも、正直に言うと、今朱音が俺のことをどう思っているのか分からなくてさ、どうにか手助けをしてほしいなと思って……」


 俺はこの時「しまった」と思っていた。

 これはだめだ。初めから赤裸々に全てを話してしまった。

 どうしよう。せっかくの掴みかけていた希望が全て無駄になる…。


「うーん。いいよ」

「え?」


 俺は驚きすぎて、叫びそうになった。

 確実に今の頼み方だと断られると思っていたので、その返事には驚いた。


 そもそも、自分も相当モテるだろうが、朱音のせいで、そのすごさは曇ってしまっているというのは自分でも分かっているだろう。

 もちろん、この春川泉と言う人物は、間違いなくそんなことは気にしていない。

 ただ、そんな誰にでも言われそうなお願いを、あっさりと承諾してくれたことは全く意味が分からない。


「何でだ?」

「ん?どういうことかな?」

「いやさ、何で俺みたいなやつのそんなお願いを承諾してくれたんだ?」

「うーん……。一番の理由はやっぱり…」

「やっぱり?」

「楽しそうだから、かな?」

「はぁ…」


 俺は納得した。

 確かにそうか。楽しそうだから、面白そうだから、その話に乗る。俺も絶対にそんな感じの理由で話に乗るに決まっている。


「それに……高原君ならもしかしたらと思って」

「え?どういう……」


 俺は少し気になった。まるで何かに気づいてほしいかのような感情がこもった呟き。そして表情。いったいどういうことだ?

 俺が考えていると、春川が遮るように話す。


「うんうん。何でもない」

「そ、そうか……」


 俺はこれ以上追及しても何の収穫もないことが分かった。

 だから、今はこの協力関係を崩さないようにしなくてはいけない。

 俺が春川を怪しいと思いだしたのは、この頃からだったということは、言わなくても分かるだろう。


「ところでさ」

「ん?なんだ?」


 春川が綺麗な笑顔を向けて話し始めた。


「具体的に何をすればいいの?」


 なるほど。

 早速真剣に向き合ってくれる気満々だな。さすが春川だ。仕事を始めるのがとても速い。


「あぁ。それなら、俺が困ったときに相談に乗ってもらうのがメインになってくるかな」

「ふんふん。分かった。それじゃぁ連絡先とか交換してた方がいいよね?」

「あぁ。そうしてくれると助かるよ」

「よし。それじゃぁ携帯出して?」

「あぁ。はい」


 俺はポケットから携帯を出して春川に渡した。

 春川は手慣れた操作で携帯をいじっていた。


「はい。これで完了。これ返すね」

「あぁ。ありがとう」

「どういたしまして」


 どうやら、俺がそういう類のことが苦手だろうと思ったのだろう。俺の代わりに連絡先の交換を行ってくれたらしい。

 本当に気配りのできる完璧な人間。存在しているだけでも奇跡だな。


「あのさ、もう一つだけいいかな?」

「ん?何かな?」


 俺は、ここまででもとてもお世話になったのだが、さらに一つだけお願いをした。


「この関係とか、今日言ったこととかは、知らないふりしてくれないか?」


 俺は、そんなお願いをした。


「なるほどね…。確かに、私が高原君と朱音ちゃんの関係を知ってたら、まず高原君が疑われるもんね」

「そう。だから、朱音にも知らないふりしててくれ。例えそう言った類のことを言われても、な」

「うん、わかった。それくらいなら全然いいよ」

「そうか、ありがとう」

「いえいえ」


 春川は、持ち前の優しさで、俺のお願いを聞いてくれた。ほんと、感謝しかないな。


「それじゃぁまた連絡させていただきます」

「うん!いつでも待ってるよ」




 と、言うのが俺と春川が仲良くなったときの話だ。

 正直、春川には何度も助けられている。今回で三回目だ。本当にありがたい。


「それにしても、やっぱりさすが元カレだね」

「え?何がだ?」


 突然そんなことを聞いてくる春川に、俺は全く見当もつかなと言った顔で聞き返した。


「だってさ、誕生日。私まだ聞いてなかったもん」

「へぇ~そうなのか」


 ちょっと意外だった。朱音と一番話している人間だから、てっきり知っているのかと思っていた。


「うん。だって、もう少し仲良くなってからの方がいいかなって思ってたから……。あのままだったら私、朱音ちゃんのこと祝えてなかったもん」

「そうなのか…」


 女子にもいろいろと事情があるのだろう。その点、男子に生まれたことは、すごくありがたいことなのだと改めて思った。


「うん。だから、ありがとう。高原君」

「いや、お礼なんて…。むしろ、俺がお礼をしまくらないといけないくらいなのに……」

「いや、これは大手柄だよ。高原君」

「そうなのか?」

「うん。だって、今日お祝いできなかったら、来年まで何もしてあげられなかったんだもん」

「なるほどな。確かいそうだな」

「でも、よく覚えてたね。元カノの誕生日なんて」

「え?あぁ……」


 「たまたまこの前部屋に上がった時に、カレンダーをみて思い出した」なんて言えるはずもなく、俺は少しの事実を隠蔽して話した。


「カレンダーを見て思い出したんだよ。ほら、スマホのカレンダーって毎年設定ができるじゃん。あれで」

「なるほど……。それに、今も好きなんだから別に関係ないよね」

「ま、まぁ、そうだな」


 俺は遊ばれているのだと気づき、少し恥ずかしくなった。


「そ、そうだ。今日は春川さんの買い物にも付き合う約束してるんだし、サッサと行って決めないと」

「そうだね。じゃぁ行こっか」


 春川は笑顔を作った。



「しっかし、ぬいぐるみってこんなにいっぱいあるんだな…」

「うん。ここは特に品揃えが豊富だしね」


 店の中には、綺麗に整えられたぬいぐるみたちがたくさん並んでいた。

 俺は、改めてこの中に入るのは男だけでは不可能だったと思った。


「どれがいいかな?朱音ちゃんなら何でも喜んでくれると思うんだけど……」

「……確かにそうだな。朱音は何でも喜んでくれるかも」

「うん。だからね、高原君がいいなと思ったのでいいと思うよ」

「そうか。うーーーーん…」


 俺は人生の中で、久々に長い間何も考えられなかった。

 俺が朱音に誕生日プレゼントを買ったのは、3年のときだけだった。2年の時は、付き合いだした頃にはもうすでに誕生日が過ぎていたので、結局未だに一度だけだった。

 確か、その時はシャーペンをあげた記憶がある。


 そして俺は意識を棚に戻す。


 パンダのぬいぐるみ。ハムスターのぬいぐるみ。何なのか分からに奇妙なぬいぐるみ。最近人気のキャラクターのぬいぐるみ。色々あり過ぎて、頭がくらくらし始めた。


「うーーーーん」


 俺はさらにうめき声をあげた。

 このままでは非常にまずい。まったくどれにすればいいか分からない…。

 やっぱり、無難に文房具にしておくべきだったかな?俺には難易度が高すぎる……。


 と、その時。俺の目に一筋の光が差し込んできた。


「あっ」

「ん?どうしたの、高原君」


 俺はある一体のぬいぐるみを見つめていた。

 汚れのない真っ白なボディー。

 少し多きいサイズで、高校生が抱くにはちょうどいいくらいの大きさ。

 そして、朱音がそれを抱えている姿が想像できてしまう。


「これしかないな」


 そうして俺が手に取ったのは、白色のクマのぬいぐるみだった。

 改めて手に触れてみると、想像通りのふわふわとした感覚。


「うん。私はいいと思うよ?」

「ほんとか?」


 俺は春川に肯定され、嬉しくなった。


「朱音ちゃん。きっと喜ぶと思うよ」


 春川が笑顔でそう言ってくれる。


「ありがとう。春川さん」


 俺も笑顔でそうい言った。

 そして、俺はレジに向かった。




 俺の買い物が終わると、今度は春川の買い物に付き合った。

 とは言っても、春川も朱音の誕生日プレゼントがメインだった。

 春川は、朱音に服をプレゼントするつもりらしく、星川モールにある洋服店は全て回った。まぁそれは良かったのだが、俺的にはそれ以外の二つの理由で疲れていた。


 一つ目は視線だ。確かにこんな美女た歩いていて、視線が全く向かないなんてありえないと思うし、普通だと思う。

 しかし、やっぱり慣れない。朱音といたときも、すごく視線は集まっていたので、経験したことは何度もあるのに、やっぱり慣れない。


 二つ目は、春川が毎回毎回試着しては「どう?」と俺に見せてくることだ。

 本当にこれは精神的に疲れる。別に悪いものを見せられているわけではないので、嫌な気はしないのだが、いちいち可愛いので、ドキドキして心臓が疲れる。


 まぁ、それも含めて総合的に考えても、普通に楽しいと思う。

 やっぱり、この感じどっかで感じたことがあるような……。

 また俺が考え事を始めようとしたとき、春川が声をかけてきた。


「ねぇ、高原君」

「ん?なんだ?」

「これからどうする?そろそろ帰る?」


 春川にそう言われ、俺は携帯を取り出して時刻を確認する。時刻は4時23分。

 今から帰れば5時には朱音の部屋に行けそうだ。


「そうだな。そろそろ帰るか」

「うん。そうしよっか」


 そう言って、俺たちは駅に向かって歩き始めた。


 俺たちは電車に乗って学校の最寄りの駅まで帰って来た。

 春川の家はさらに先なのだが、朱音の家に行くため、一緒に降りた。


 空はまだ明るく、もう冬は通り越してしまったことを今一度思い知らせてくれていた。

 公園に咲いている桜は、もう全て散ってしまっていた。


「今日はありがとう。正直助かった」

「いいっていいって。特に私何もしてないし」

「いやいや。俺をしっかりと助けてくれたよ」

「えー?何かした?」

「あんな店、俺一人じゃ入れなかったし」

「まぁ、確かにああいうお店は男の子一人じゃ入りずらいよね」

「うん」

「でも、それだったら私なんて、服の試着をいっぱい見てもらったし、私の方が助かってる気もするね」

「うーーん。そうか?」

「うん。そうだよ。だから、私こそありがとう。高原君」


 お互いにお礼を言い、俺たちは少し笑い合った。


「それに、俺、今日結構楽しかったし」


 俺は率直な感想を言った。


「私も楽しかったよ。高原君」


 春川も同じような感想を言う。


「プレゼントって。やっぱりあげるの緊張するよな」


 俺は少し弱音を吐いた。

 すると、春川はとても優しい声で語りかけてくれた。


「大丈夫だよ。高原君が選んだプレゼントなんだから。絶対に喜んでくれるよ」

「そう…だよな。大丈夫だよな!」

「うん。大丈夫だよ」


 俺は春川の優しい声によって、少しの不安もなくなっていた。

 付き合っていた時とは違う状況。どんな気持ちにさせるかも分からない。もしかしたら嫌な気持ちにさせるかもしれない。

 でも、さっきの春川の言葉によってそんな心配は吹っ飛んだ。今なら渡すことができそうだ。


 俺は今日の出来事を思い返す。

 春川と一緒にぬいぐるみの店に行き、春川の服選びに付き合い、そして、一緒に色々な店を見て楽しく談笑した。

 帰りは一緒の電車に乗り、そして駅前でお話をしている。



 あれ?これ、どっかで体験したことあるような……



 俺は必死に思い出そうとした。


 一体いつだ?いつなんだ?


 どこでだ?


 誰とだ?


 考えろ、考えろ。きっと出てくるはずなんだ。これは確かに体験している。


 そんな感じで俺が考えいると、春川は何気ない一言を放った。



「また行こうね」



「……う、うん」


 その時、俺の頭にはっきりとその出来事が浮かんできた。

 それはもう、絶対に忘れてはいけない思い出が。

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