9話 元カレは決意をします

「どうして赤谷高校にしたの?」

「あ、あぁ。その話か……」


 俺は、すぐに反応できず、少しどもってしまった。


「え?どうしたの?」

「いやぁ……」

「ん?」


 俺は今までにないほど困ってしまった。

 どうしようか……。

 これは、朱音も分かっているはずだ。これが原因で俺たちは破局することになってしまったのだ。


 朱音はこれを聞いてどうしたいんだ?分からない。まったく意図が読めない…。

 朱音は俺のことはもう吹っ切ってしまったということか?うん。確かにその可能性が一番高い。


 ただ、それならすごく不利になった。どうしよう。

 俺、勘違いしてた?家に上げてくれたし、普通に話せてたし、「もしかしたら俺たちってまだ両想いだったりして」なんて思っていた俺が恥ずかしい。

 よく思い出してみれば、結果発表の日に『復讐』と言われている。


 これってもしかして復讐のために俺に勘違いさせてクラスの前で告らせて振ってやろうというやつなのか?


 ……いや、さすがに朱音に限ってそれは無いな。でも、なら何で俺と仲良くしようとしてくれているんだろうか…。

 その時、俺の頭に稲妻が走り、ある言葉を思い出させた。


 ━━朱音と最近一番仲がいい春川のことを知り、少しでも朱音と近づこうとした


 あ。そう言うことか。

 それは俺がしようとしていたことだ。


 つまり、朱音は俺との仲を何とか回復して、俺の今の唯一の友人と呼べる友人である秀真に近づこうとしていたのか。


「どう……したの?」


 そんなことを考えていると、朱音は少し心配そうにな表情で俺を見ていた。


「い、いや……何もない」

「そっか」


 いかんいかん。俺としたことが、また考え込んでしまっていた。

 本当にこれは悪い癖だ。何でも考えれば必ず答えが出ると思ってしまい、そして考える。そんなことをして意味などないことなど分かっている。

 それでも知りたい。分からないということがとても怖いからだ。

 それは当たり前のことなのだと思う。だけど、俺は知りたくなる。人の感情は、誰にも分るはずがないのに…。


 俺はまた考えていることに気づき、俺のその思考を吹っ飛ばし、俺がこの学校に来たいと思った理由を話し出した。


「俺がこの学校を初めて見たのは中3の7月だったんだけどさ。その時ちょうど文化祭があって、友達に行こうって言われていったんだけど、ほんとに楽しかったんだよ。びっくりするくらい」

「そうなんだ……どんな感じだったの?」


 可愛らしく首をかしげる朱音に、俺は続けて話した。


「それがさ、別に文化祭が楽しかったってわけじゃないんだよ」

「え?どう言うこと?」


 朱音が、今度は驚いた表情をした。本当によく表情が変わるな、朱音は。


「生徒がさ、みんな輝いてたんだ。みんな楽しそうで、きらきらしてて、まぶしくて、言葉にできないほどに心を奪われたんだよ」


 俺は少し懐かしいと感じながら、思い出を語るようにそう話した。


「なるほど……それは確かに行きたくなるね」


 朱音が納得して、特に何もなかったところから、俺は、朱音が単純に疑問に思っていたのだと改めて思った。

 ということは、やはり過去の話にはそこまで特別な感情を抱いていない。

 すなわちもう過去のことは振り切ったということなのか?


 くそ。何だか本当に辛いな。期待してはいけないと、さっき自分に言い聞かせたばかりなのに……。


 そんなことを考えていた時、俺の鼻が反応を示した。


「……」

「どうしたの?」


 俺の表情を見て、不思議に思ったのだろう。だって俺、自分でも分かるくらいにすごい顔になっているのだから。

 さっきから俺の鼻に漂ってくる異臭。料理上手の朱音のキッチンから漂ってくるはずのないにおい。


「いやー……そのーー……えーーーっとーーーー……」

「ん?」


 俺はとても気まずくなり、言うか言わないか迷ったが、すぐに迷う理由がないことに気づき、ボソッと呟いた。


「…………鰤、焦げてるかも…」

「あ……」


 俺の声を聞き、自分の手が止まっていることに気づいたのだろう。「ショック」と顔に書いてある。


「…すまん」

「……いや、私が悪いから気にしないで」


 朱音は泣きそうな声でそう言った。




「「いただきます」」


 俺たちは二人そろっていただきますをした。

 今日のメニューはさっき言っていた通りだった。


 俺はピカピカ光っている肉じゃがに手を取り、口に放り込んだ。


「うん。うまいな、この肉じゃが」


 味がしみ込んでいておいしい。さすが料理上手だ。

 俺はそんなにお高いものは食べたことは無いが、母親が料理上手だったため、おいしい料理はたくさん食べてきた。


 そして、この朱音の料理は、間違いなく絶品だ。母親の味とはまた違い、これは何と言うか、妻の味だった。


「ほんとに?よかった~。少し心配してたから安心したよ」


 ホッとして笑顔がこぼれた朱音を見て、俺はなんだか嬉しくなった。

 そして、真っ黒ではなく少しだけ焦げたぶりに手を出した。「そんなに落ち込むほどかな?」と思ったが、それは作った本人である朱音が思うことで、俺が思うことではない。


「うんうん。鰤の照り焼きも少し焦げてるだけですごくおいしいよ」

「そっか。それならよかったよ」


 ちょっと申し訳なさそうにしている朱音だが、お世辞ではなく本当に少し焦げてるだけでおいしいかった。


 そして、俺はそんな朱音の手料理を食べていると、ふと思ったことを口にしていた。


「また弁当作ってもらいたいな」

「え?」


 俺が思わずこえ声にしてしまった言葉に、朱音は驚いていた。

 そして、俺は慌ててなかったことにしようとした。


「あ、いや、今の無し」

「う、うん」


 俺がそう言うと、朱音は何か考え事をし始めた。


 うーん。それにしてもこの感じ、何だかほっこりとしてるな。なんていうか、何かこうしっくりくるものがあるはずだ。


 なんだろうな。好きな人の家で、好きな人が作ってくれた料理を、好きな人と二人きりで食べている。これって……。

 そんなことを考えていると、しっくりくる言葉を思い出した。


━━これは何と言うか、妻の味だった。


 あ、これだわ。何とも言えないこの感じ。これはまさしく…


「なんか、夫婦みたいだな」

「……」


 言ってしまった。口に出してしまった。本当に悪い癖だ。

 考え事をしていると、周りが全く見えなくなり、一人の世界に入ってしまう。

 そして、それが解決するとつい口に出してしまう。


 朱音は秀真のことが好きなのに、こんなことを言ったら、きっと嫌な思いをしてしまうかもしれない。朱音は優しいから絶対に口にしないけど。


「……なんか悪い。つい昔の癖で口に出しちまった。さっきからなんか悪いな」

「いや、べつにそんなことないよ…」

「そ、そうか……それなら良かった」


 朱音は体の前で手を振って、否定してくれた。


 さすが朱音だな。本当に優しくて、非の打ちどころのない人間だ。


「……」

「……」


 今度は俺が逃げるように黙り込んでしまったため、またしても沈黙が始まった。

 せっかくいい話題だったのに、残念だ。


 俺は少し考え、少し気になっていたことを聞くことにした。


「な、なぁ朱音」

「な、何?」


 朱音も何か考えていたのか、少しびっくりして肩をピクリと動かした。

 俺はその流れで普通に聞いてみた。


「春川さんってどんな人なんだ?」

「え?」


 俺がそう聞くと、朱音は「どういうこと?」と言う顔をしていた。

 俺は春川には全く興味はなかったのだが、少し気になっていたことがあったので、話題にする分にはちょうどいいかなと思った。


 そして、俺は真剣な顔で話をつづけた。


「いやさ、朱音ってたしか春川さんと仲良かったよな?」

「う、うん……」


 朱音の声が弱くなる。

 もしかしたら、俺がなにを企んでいるのか、本当にこの男に春川の話をしてもいいのかを考えているのかもしれない。


「どうしたの?急に泉ちゃんのことを聞いてくるなんて」


 どうやらそのようだ。

 これは試されているのか?安心してくれていいのに。俺が好きなのは朱音だから、春川にそんな心境で関わっているわけではないのに…。


 だから、俺は何も隠さずに、正真正銘思っていることを話した。


「まぁ、ちょっと、どんな人物なのか知りたいなと思ってさ」

「へ、へー。そうなんだ」


 どうやら勘ぐっていたことがばれてしまい、動揺しているようだ。

 クックックッ。俺の思考能力優れていることは、朱音が一番知っているくせに。

 でも、何だか様子が変わったような……。もしかして、朱音もまだ俺のことを好きだったりして…。いや、その可能性がなくても、俺が朱音のことを好きだということをアピールできれば、まだチャンスはあるかもしれない。


「あぁ、勘違いすんなよ。実は友達が春川さんのことを気になってるみたいでさ。ちょっと探りを入れてるんだよ、今」

「へー、そうなんだ」


 どんどん声に力がなくなっていく朱音。俺は少し心配に思ったが、割と早めに結論は出た。


 朱音は俺の気持ちに気づいて、「どうしよう。私は平川くんのことが好きなんだけど…。でも、海斗君の気持ちをないがしろにすることはできないし……」って感じで悩んでいるに違いない。

 それに、さっきから何も言わずにただただ考え込んでいるところを見ると、図星なのではないかと思う。


 そして、数分程固まったまま動かなかった。さすがに心配になり、そろそろ声をかけようかと思っていた時、突然朱音の表情が明るくなり、顔を上げた。

 そして、その流れのまま話し始めた。


「泉ちゃんはね、とっても優しい子だよ!なんて言うか…『天使』みたいな感じだよね」

「だよなぁ……朱音もそう思うよな」


 俺は少し驚いた。

 朱音の口から出た『天使』という言葉にだ。やはり女子からの評価でも『天使』なんだな。


 俺は朱音の言葉を聞き、長考モードに入っていた。すると、朱音は少し不信感を抱いた顔をしていた。


「え?」


 「どういうこと?」という意味だろう。声のトーンから、怒っているというか、疑問に感じているという風に思えた。

 俺は、その疑問を解消してあげるために、嘘を言わずに話した。


「あぁ。何かその友達に俺も『天使』みたいだって言ったら、中学の時に一部の男子からそう呼ばれてたって聞いたからさ」

「へー。なるほど…」


 朱音は納得したというトーンで「なるほど」と言ったので、たぶん本当に納得したのだろう。

 しかし、俺は全然解決はしていない。


「やっぱり謎なんだよなぁー。春川さんって」

「どういうこと?」


 今度は「え?何が?」と言う探求心が混ざった感じだった。

 俺がぽつりとつぶやいてしまったせいで、朱音にももやもやを共有させてしまうことになってしまった。本当に申し訳ない…。


「あぁ。俺が感じたのは、『偽物』だな」

「偽…も、の?」


 俺がそう言うと、朱音は「へ?」というような表情をしていた。本当に、朱音は突然のことにはしっかりと反応してくれるため、難しくない。

 俺は、端的に考えていることを伝えた。


「あーと、えーと…。優しさが偽物っぽくてさ。なんて言うか、裏の顔があるというか、その裏の顔を隠すために優しいキャラを演じているって感じかな」

「それって言葉のまんまだよね?」


 俺の言葉をきいた朱音は、確認をする口調で言った。確かによく分からないだろうし、意味も分からないだろう。

 だから、俺は説明口調で答えた。


「うん。俺が感じた第一印象ってそんな感じだったんだよ」

「そうなんだ…気づかなかった……」


 朱音は少し残念と言うか、落ち込んでいた。まるで持久走で前を走るランナーに死にもの狂いで追いついたと思ったら、そのランナーがラストスパートをかけだしてまた突き放されてしまい、置いて行かれたときのような感じだ。

 少し例えが分かりずらいが…。


 そして、また朱音は深く考え始めた。そう思うと、今度は急に声を上げた。


「あっ」

「ん?どうしたんだ?」


 何かに気づいたのかと思い、朱音に尋ねてみる。

 朱音は、俺にはもっていない感性を持っている。だから、よく助けられていた。

 でも、別れた理由も感性の違い……。何だか複雑だな。


「いや、えーと…何にもない……」

「そっか」


 どうやら言いたくないことなのか、何か思い出しただけなのかもしれない。まぁ、言わないなら無理に追及する必要はない。ただ嫌われるだけの、何のメリットもない無駄な行為だ。


「あぁ、もう一つ言い忘れてた」

「何?」


 そして、俺は朱音が春川のことを変に意識して、気遣ってしまうのではないかと思い、もう一つの大切なことを言った。


「多分、春川さんは、もともとは本当に優しい人だったと思うんだけど、ある日突然変わったって感じかもしれないってことだな」

「え?そうなの?」


 驚いた表情を見せる朱音。多分、意味の分からないことを言われた後に、その反対のことを言われたせいで、余計に分からなくなったのだろう。


「うん。多分そうだと思う」

「……すごい」


 朱音は、思わず声に出してしまったというような声を出した。

 何だか少し気恥ずかしい。やっぱり、好きな人に褒められると、心が温かくなっていくのを感じる。


「ま、まぁあくまでも推測だから、決して他言しないでくれよ?」


 俺は恥ずかしさを紛らわせるために、補足を付け足した。後半は口止めしなくても大丈夫だと思っていたが、何だかセットになってしまった。


「う、うん。分かった」

「頼んだ」


 朱音が了承してくれたので、とりあえず変に俺の推測が出回ることは無いだろう。




「「ごちそうさまでした」」


 全て食べ終わった俺たちは、お皿を運んでソファーでくつろぐことにした。


「やっぱり朱音は料理上手いよな」

「え?あ、ありがとう」


 俺がそう言うと、朱音は顔を赤くした。そりゃ、自分の料理をほめられて、嬉しくないやつがいるはずもないしな。

 俺はふと部屋の壁に掛けられたカレンダーに目をやった。そこには17日にだけ丸がついていた。そして俺は思い出す。


 それと同時に、俺は朱音攻略の道のシナリオが完成した。

 俺は思いついた方法を詰めていくために、帰って脳内会議をして、計画の成功に王手をうとうと思った。


 そして、部屋の時計に目をやると、時刻は8時半を回っていた。


「もうそろそろ俺、帰ろうかな」

「あ、うん。そうだね、そろそろ帰った方がいいよね」


 俺がそう言うと、朱音も時計に目をやり肯定した。

 俺は玄関に行き、靴を履いた。


「それじゃぁ、また明日ね」

「おう、また明日な」


 朱音にそう言って、俺は扉を開けて外に出た。



 自分の部屋に帰った俺は、机の上にカレンダーと財布を並べて脳内会議を始めた。


「今回の計画ですが、名前は『誕生日にプレゼントをあげて一気に近づいちゃえ』です」

「分かりました。その誕生日計画とは、具体的に何をするのですか?」

「はい。名前の通り、誕生日にプレゼントをあげるんです」

「分かりました。しかし、私は今金欠ですよね?」

「は、はい…。ですから、今回この脳内会議を行うことになったのです」

「なるほど、分かりました。それでは、その肝心のプレゼントは何にするのですか?」

「プレゼントは、そうですね……ぬいぐるみとかはどうでしょうか」

「どうしてですか?」

「本日部屋に上がった時に、ベッドの上にクマのぬいぐるみが飾られていたからです」

「なるほど…。しかし、男が女の子が好きそうなぬいぐるみを選ぶというのは、少し難しいのではないですか?」

「大丈夫です。あてはいます」

「分かりました。では、今回の計画はずばり成功の可能性は何パーセントくらいだとお考えですか?」

「進展だけで言いますと、90パーセントほどかと」

「そうですか……分かりました。今回の計画可決します」

「ありがとうございました」



 脳内会議を終えた俺は、すぐにカレンダーに目を落とした。


「今日が15日水曜日。そして、朱音の誕生日は今週の金曜日。確か今週の金曜日は午前中授業となっていたはず。この日しかない」


 俺はそう考えると、すぐさま携帯を手に取り、ある人物に連絡をした。



━こんばんは

 今週の金曜日って予定空いてますか?

 よければ買い物に付き合ってください。

 少し手伝ってほしいので。



 俺はそう送信した。返信は数分で帰ってきた。もちろん「分かりました」だった。


 これで役者はそろった。後は、もう少しだ。


 俺は一度目を閉じた。

 何も聞こえない静かな音。この音が好きだ。俺の心をリラックスさせてくれる。

 俺は深呼吸をして、目をゆっくりと開けた。


「明後日が楽しみだ」


 そう呟き、俺はお風呂に入った。

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