16話 元カノは親友に助けを求めます

 4月30日。

 ゴールデンウィーク休暇が始まりました。


 私は、いつもより少しだけ早く目覚めた。

 理由は、少し落ち着かなかったからだろう。


 昨日、あの後しばらくして、海斗君が部屋に帰ってきた音がした。

 取り合えず、無事であったことが分かって、私は少しだけホッとした。


 でも、やっぱり気がかりなこともあった。


 二日連続で私はご飯に誘っていた。

 だから、もしかしたら今日も誘ってくるかもしれないとは思わなかったのだろうか。


 あの時間なら、たぶん外食をして帰ったのだろう。

 しかも、制服のまま、一度も帰宅せずに。


「避けられて…る?」


 私は、このことがどうしても頭から離れなかった。


 確実に距離が縮まっていると思っていたのは私だけで、海斗君にはそんな気は一切なかった。

 そして、最近になって私の好意に気が付いて、「俺はお前の気持ちには答えられない」と分からせるために、あえて避けるようになったとか…。


「って、ダメダメ私!ネガティブ禁止!」


 私はそう自分に言い聞かせた。


 ネガティブに考えると、いい事なんて一つもない。


「今日、聞けばいいんだよね!」


 私はそう決した。




 夕方になった。


 海斗君は、お昼前から外出をしているみたいだった。

 だから、いつ帰ってくるか分からなかったので、そろそろスタンバイすることにした。


「あんまり遅いと、たぶん外食するんだろうし、これくらいがちょうどだよね…」


 私は、我ながら完璧な考えの元、ドアの前にスタンバイすることにした。




 案の上、少しすると、海斗君が現れた。

 海斗君は、私を見つけると、声をかけてくれた。


「よう、朱音」

「あ、海斗君」


 いつもとは違い、意識的に声をかけてくれた海斗君。


 私は、この反応にもしかしたらと思った。


「今日は…ご飯一緒にどう?」

「いや、悪いな。今日はもうあるんだ…」


 しかし、私の予想とは裏腹に、海斗君はいつも通り私の誘いを断った。

 でも、私はめげなかった。


 海斗君の考えの核心に迫るためにも、もう少しだけ責める必要があった。


「じゃぁ、明日は?」

「いや、明日の分ももう買ってる」


 何かを考えていた海斗君にそう言うと、海斗君はそう返してきた。


 私は少し意地になって、さらに聞き返した。


「じゃぁ、明後日…」

「明後日の分もある」

「じゃぁ明々後日…」

「その日も予定が…」

「じゃぁ、その次の日…」


 まるでいたちごっこのようなやり取りを繰り返した。


 そして、海斗君が急に声を明るくして話した。


「その次の日も、そのまた次の日も、もう計画してんだわ」


 きっぱりと、そう言い切った。

 海斗君はそう言うと、足早に玄関の扉に鍵を刺し、すぐに開けてドアノブを握った。

 そして、ドアノブをひねり、中に入ろうとした。


 私は、海斗君を呼び止めるように、けれど決して大きくない、思わずこぼれてしまったような声量で、つぶやいた。


「どうして、私のことを避けるの……?」


 避けられていることは、もう分かった。

 だから、せめて理由だけでも聞きたかった。


 教えてくれるなら、そこを直したかった。


 しかし、海斗君から放たれた理由は私にはもうどうすることもできないものだった。



「俺たちはもう、別れてるんだよ…」



 海斗君はそう告げると、そのままドアノブをひねった。


 私は、もう呼び止めることはできなかった。



 海斗君が部屋に入ってからしばらくして、私も部屋に入った。


 そして、下準備をした食品をよそに、私はベッドに転がった。


「……」


 正直、きつかった。


 私も分かっていた。


 私と海斗君はもう別れたんだって。

 でも、心のどこかでまた元通りになれるものだと思っていた。


 違う。そう、考えたかったのだ。


 だから、嫌なことは考えないようにしていた。

 そんなことは、結果が教えてくれるから。


「その結果がこれか…」


 私はため息をついた。

 決して大きいものではなかった。


 でも、その時、初めてこう思った。


「幸せが逃げていく…」と。




 翌日、私は朝に目を覚まさなかった。


 いや、少し違う。

 目は覚めたが、二度寝をした。人生初の二度寝だ。


 次に起きたのは日がすっかり上った頃だった。


 しかも、それは自然の目覚めではなく、着信音のせいだった。


「もしもし…」

「あ、もしもし朱音ちゃん」


 私が電話に出ると、泉ちゃんが元気な声でそう言った。


「あれ?もしかして寝起き?」

「う、うん…まぁ、ちょっとね……」


 私が少し濁しながら言うと、泉ちゃんは心配してくれた。


「大丈夫?何かあったの?」

「えっと…」


 私は、昨日のことを言うかどうか悩んだ。

 言ってしまうと、本当のことになりそうで、怖かった。


 もしかしたら夢だったかも…なんて話は通用しなくなる。


「話してみて?」


 そんな風に悩む私に、泉ちゃんは優しくそう言ってくれた。


 私は、そんな泉ちゃんに背中を押されて、話すことを決意した。


「実はね……」




「なるほど…そんなことがあったんだ」

「うん、そうなんだ…。やっぱり、私じゃ海斗君とはやり直せないのかなって……」


 私は、昨日あったことを洗いざらい全て話すと、思わずそんな弱気なことを言ってしまった。


 しかし、泉ちゃんはそんな私の言葉にも親身になってくれた。


「それじゃぁさ、やり直すんじゃなくて、新しく始めてみたら?」

「新しく?」

「そう、新しく!」

「どういうこと?」


 私が訳が分からず返事に困っていると、泉ちゃんは説明をしてくれた。


「えっとね、元に戻ろうとするんじゃなくて、新しく始めるの」

「うん…?」

「簡単に言うと、失敗する前の関係まで遡るのって、結構難しいじゃん。だから、新しい関係を作り直すの」

「それって、つまりリセットするってこと?」

「そう」

「でも、それって……」


 昔のことをなかったことにするみたいじゃない?と言おうとした。でも、泉ちゃんは私がそう言いだす前に、先に話を進めた。


「違うよ。なかったことにするんじゃない」

「え?」

「リセットって言うよりかは、リメイクに近いんじゃないかな?消すんじゃんくて、別の所に新しいデータを作る?みたいな感じ」

「あ…」


 私は、それを聞いてなるほどと思った。


 前のように戻りたい。

 私はそんなことばかり考えていた。


 でも、違うんだ。

 よりを戻すんじゃなくて、新しく近づけばよかったんだ。


「ありがとう、泉ちゃん!私、少しだけ元気が出たよ!」

「そっか、ならよかった」

「うん!ありがとう!」


 私が、じゃぁまた…と言おうとしたとき、泉ちゃんが待ったをかけた。


「じゃぁ、明日うちに来て?」

「え?」

「思い立ったが吉日。と言いたいところだけど、今日からってのはちょっとあれだから、明日、私の家で作戦会議をしよ!」

「え、う、うん…」


 少し強引な泉ちゃんに押されて、私は承諾してしまった。


「そうだ、前はどんな感じだったのか知りたいから何か持ってきてくれない?」

「えっと…何をもっていったらいいのかな?」

「そうだね…中学の時の感じを知りたいから……あ、そうだ!アルバム!中学の時のアルバムとか持ってきてくれない?」

「え?アルバム?わ、分かった。持っていく」

「それと、高原君の趣味を知りたいから、できれば高原君の趣味に合いそうな服を着てきてくれない?」

「あ、それなら初デートのときの服とか…」

「それいい!よし、じゃぁ、そんな感じで大丈夫かな?」

「うん、了解しました!」


 そうして、私たちは、泉ちゃんの家で新たな作戦会議を開くこととなった。

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