10話 元カレの思い込みは誰よりも重症です〈中〉

 翌日の学校も、何の変化もなかった。

 ただただいつもと同じだ。


「帰ろうぜ、海斗」

「おう」


 放課後になると、秀真がそう言って声をかけてきた。


 欠ける準備を済ませると、俺たちはサッサと教室を出た。




「はぁ…相変わらず授業ってのはかったるいな」

「まぁな」


 学校を出た俺たちは、駅に向かって歩いていた。


「そう言えば、海斗って首席だったよな」

「え?あ、あぁ…。まだテストもないし、そんなに実感ないだろ?」

「まぁな。でも、お前ってあんまり授業聞いてないだろ?」

「ん?まぁそうだけど…何で知ってんだ?」


 お前の席、俺の前だろ……。


「何でって、たまに分からないところ聞こうと思って振り返ったら、肘ついてボーっとしてるからな」

「マジか。気づかなかったわ」

「だろうな」


 いや、前のやつが振り返って気づかないって、どんだけ意識とんでんだよ、俺…。


 俺が内心でそう突っ込むと、秀真は何かを思い出したような口調で話しだした。


「そう言えば、今日は一段とボーっとしてたな」

「え?」

「なんか、心ここにあらずって感じだったぞ」

「そ、そうだったのか?」

「あぁ、なんというか、お前…」


 秀真は、そこまで言うと少しためを入れた。


 まさかもうバレたのか?

 確かに、授業中はちょっと気を緩めてたし、昨日のこともあったからもしかして…


「次のテスト、志水に負けるぞ」

「……あ、そう言うことね」


 もう!変なため入れんなよ。焦るじゃねぇかよ…。


 俺は心の中でそうぼやきながら、秀真に言葉を返した。


「負けねぇよ。俺が授業聞いてないのは、中学の時にやった範囲だからだよ」

「へー。そりゃ賢いわけだ」

「なんか微妙に腹立つな、お前」


 自分から聞いておいて、興味なさげなのが、無性に腹が立つ。

 まぁ、確かにそこまでは聞いてなかったけど、でも、なんか腹立つな。


「そういや、あれはどうなんだ?」

「は?急にどうしたんだよ。何の話だ?」


 心の中の俺の顔にイライラマークがつき始めていた時、秀真が立ち止まって振り返りながらそう言ってきた。

急に話を変えたので、そのせいで、いまいち内容がピンとこなかった。


 そして、そんな俺に秀真が続きを話した。


「え?ほら、志水との進展だよ」

「……」


 そう言われた瞬間、俺の中に闇が広がった。


 黒く、深く、濃厚な、闇の霧が…。


 俺はそれが表面に出ないよう、抑え込みながら、何とか返事をした。


「いや、特に何もねぇよ」

「ふーん、そっか」


 そんな俺の返事に、秀真はそう返しながら駅の方へと向き直った。

 そして、それと同時に何かをつぶやいた。



「どっちだ…まぁ、頑張れよ」



「は?なんて?」


 なんて言ったのか聞き取れず、俺が聞き返すと、秀真はこちらを向かず、手をひらひらと振り合がら返してきた。


「いや、こっちの話だ。じゃぁな、海斗。また明日」

「お、おう……」


 そして、秀真はそのまま改札をくぐった。




 秀真と別れた俺は、少し考え事をしながらマンションへと向かっていた。


 考え事の内容は、もちろんさっきのことだ。


(秀真は何を言ったんだ?)


 まったく分からなかった。

 ただ、ただのつぶやきなら、そこでスルー出来た。

 しかし、その時の秀真の口元が、ニヤッとしたのが気がかりだった。


「どう言うつもりなんだ…」


 俺は分からなかった。


 ただ、何かしら俺に言えないことがあるのは確かだった。

 そしてあのタイミング…。


「もしかして……」


 秀真、もう朱音のこと狙ってるのか…?


 あれだけ女に興味がない素振りをしてたのに…。

 正直、春川以外には興味がないのだと思っていたから、朱音には難しいかと思っていたんだけどな…。


 いや、違うか。

 朱音みたいな美少女に好意を向けられたら、そりゃ誰でも意識するよな…。


 俺は少しだけ俯いたが、すぐに顔を上げて、頭を振った。


 いや、違うだろ、俺。

 つまりそれは、朱音の恋が成就する可能性が高まったってことじゃないか。


「ターニングポイントかもな…」


 ここで失敗すると、もうチャンスは来ないかもしれない。

 俺は、今一度決意を改めた。




 マンションに着き、階段を上がると、どこか既視感のある光景が広がっていた。


「朱音…」


 そんな俺の声に気づいた朱音が、パッと顔を上げるて、もたれかかっていたドアから離れてこちらを向いた。


「どうしたんだ?また鍵でもなくしたのか?」


 俺は、またもや既視感のある会話をした。

 以前よりも気まずかった。

 昨日のことがあったからだ。


そんな俺の心情とは裏腹に、朱音は期待のようなものを含んで話した。


「え、えーと…違う…よ?今日ご飯、一緒に食べないかなーと思って…」


 ただ、やはり昨日と何も変わっていなかった。


(またか…)


 俺は、朱音が何故こんなにも俺に構ってくるのか分からなかった。

 もういいんだって…。俺のことは気にしなくて…。


 俺はそう思いながら、返事をした。


「いや、悪いな。今日はもう準備してるんだ…」

「そ、そうなんだ…。分かった…」


 そう言った朱音は、顔を俯かせた。


 やめてくれよ、そんな反応。まるで朱音が悲しんでるように勘違いしちまうだろ…。


「じゃ」


 俺はこれ以上考えないように、足早に部屋に入った。




 翌日。

 学校が終わり、秀真と駅まで一緒に帰った。

 俺は秀真と別れ、マンションへと帰り、階段を上がると、また朱音が部屋の前で待っていた。


(またか……)


 俺は何故だか分からないが、何となく避けたかったので、踵を返して階段を下りた。



 マンションを背に、俺はどこかで外食をして帰るために、近くのファミレスへと向かっていた。

 そして、俺はため息をつきながら、独り言をつぶやいた。


「何で、あいつは毎日のように俺を待ってるんだよ……」


 もう必要はないはずだ。

 俺と無理に関わる必要はない。

 だってそうだ。俺には俺の、朱音には朱音の人生がある。

 わざわざ俺への気配りで時間を使うなんてもったいないだろ…。


「次会ったら言ってやらないとな…」


 俺のことはもうほっといてくれて構わないって…。


 分かってくれなんて、そんな投げやりなことはしない。

 俺が言ってやらないと、もしかしたらずっと気づかないかもしれない。


 せめてもの手助けにはなるだろ…。


 俺はそう心の中でつぶやき、夕焼けの空を見上げた。

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