9話 元カレの思い込みは誰よりも重症です〈上〉

 休みが明けた。

 今日からまた学校が始まる。


 俺は玄関の扉を開け、外に出た。


 空は雲一つない快晴で、青々と澄み渡っていた。


「はぁ…」


 そんな天気とは裏腹に、俺の気持ちはどんよりと曇っていた。

 理由はもちろん昨日のことである。


 距離を置くと決めたはいいものの、だからと言ってすぐに気持ちが変わるわけではない。

 だから、どうしてもまだ気持ちは沈んだままだった。


「後3日か…」


 うちの学校は、29日に学校がある代わりに、30日と1日が休みとなっていた。

 だから、後3日学校に行けば、休みになるのだ。


 まぁ、幸い朱音とはクラスも違うし、意識すれば会うことは無いだろう…。


 そんなことを思いながら、俺は学校へと向かった。




 この休日で色々とあった俺だったが、学校は何一つ変わってはいなかった。

 まぁ、当たり前なのだが…。


「おはよう海斗」

「おう、おはよう」


 教室に入ってきた俺に、クラスメイトが声をかけてきた。

 これも、いつも通りだ。


「お、おはようございます!高原君!」

「おはよう、委員長」


 クラスの委員長も、俺に挨拶をしてくれる。

 クラスの二大巨頭の一角で、長めの黒髪をポニーテールでまとめている、いかにもしっかり者だと分かる、目鼻立ちの整った女の子だ。部活動は剣道部で、中学の時は全国大会にも出場したほどの実力者なのだとか。

 そんな彼女に話しかけられると言うのもあって、初めの頃は視線が痛かった。しかし、いつしかそんな視線も鋭いものから温かいものへと変わっていった。

 これもいつも通りだ。


「よう、海斗」

「おはよう、秀真」


 いつものように席に着くと、前の席の秀真が、後ろを向いて話しかけてきた。

 これもいつも通りだ。


「土曜は楽しかったな。また行こうぜ」

「お、おう。そうだな、また行こう」


 土曜日のことを言われて、一瞬びくっとした。

 だが、俺がここで変なアクションを取ってしまうと、朱音が秀真に近づくチャンスがなくなってしまうかもしれない。


 だから、俺はいつも通り接することにした。


「おはようー秀真、高原君」

「おう。おはよう、泉」

「おはよう、春川さん」


 俺たちが話していると、クラスの二大巨頭のもう一角の、天使様こと春川泉が手を振りながらこちらに来た。

 最近はこの三人でいることが多くなり、定着しつつある。

 さすがに、入学して三週間も経てば、俺への嫉妬は無くなっていった。

 そして、友達が結構増えていった。


 そんな充実した学校生活は、まったく変わっていなかった。


 なのに、どうしてだろうか。



 こんなにも心がカラッポなのは……。



 いや、理由は分っている。

 けど、これは俺の問題であり、俺も問題ではない。

 だから、徐々に埋めていくしかないのだろう。

 きっと、一年も経てば、少しはましになっているだろうし…。


 俺は、心情が顔に出ないよう、細心の注意を払いながら、秀真たちと会話をした。




 いつも通り退屈でつまらない授業が終わり、放課後となった。


 うちの学校では、約八割の生徒が何かしらの部活に所属しているため、俺や秀真のような帰宅部は稀だった。

 だから、今日も俺と秀真は二人で帰っていた。


「じゃぁまた明日な」

「おう、また明日」


 そう言って、秀真は改札をくぐって駅に入った。

 俺はそれを見届けると、回れ右をしてマンションへと向かって歩き始めた。


「何とか一日を乗り切ることができたな…」


 俺は、ようやく少し気が抜けると思うと、だいぶ気持ちが楽になった。

 今日は一日中気を張りっぱなしだったので、いつもの数倍疲れた。


「今日の朱音との接触はゼロ。上々な立ち回りだな」


 チクリと音がした気がした。

 しかし、そんなことは気にしない。

 俺は、もう朱音のことは忘れるって決めたのだから…。


 俺は今一度誓い、歩く歩幅を少し広くした。




 マンションに着いた俺は、いつも通り階段を使って上がった。


 そして、目的の階に着き、廊下に出た。

 そのまま自室へと向かったのだが、その道中に見知った顔があった。


「朱音……」


 俺は思わずそう呟いていた。


 そんな俺の声に気づいた朱音は、パッと顔を上げると、もたれかかっていたドアから離れてこちらを向いた。


「どうしたんだ?また鍵でもなくしたのか?」


 俺は、至って平然と接した。

 適当な冗談を言って、そのまま部屋に戻ろうと思ったからだ。


 しかし、朱音はそうではなかった。


「う、うんうん、違うよ。今日の夜ご飯、一緒にどうかなーと思って…」


 朱音は、様子をうかがうようにそう言ってきた。


 そして、その様子を見て俺は悟った。


(あぁ、そう言うことか)


 恐らく、普段通りにしないと、怪しまれると思ったからだろう。

 上手い事秀真とデートはこなした。

 しかし、だからと言ってこれからもデートに行けるかと言われると難しいものがある。


 だから、またダブルデートなどと言った手段を使って距離を近づけようとしているのだろう。


 俺はその結論が出るまで考えると、口を開いた。


「悪い。今日はもう準備してるんだ…」

「そ、そっか。分かった。ごめんね?無理な誘いしちゃって」

「いいよ、気にしないで。じゃぁ」

「う、うん。ありがとう…」


 俺はそう告げると、そのまま部屋へと入った。



帰ってそうそう、俺はベッドに寝転がった。


「もう、十分だろ……」


 俺は天井を見つめながらそうつぶやいた。


 だってそうだろ?ここまで俺を使ったんだから、これ以上俺を使わないでほしい。


「やっぱり、手助けはできそうにないな…」


 俺には選択できるルートがあった。


 一つは、今のように、自分の気持ちを抑えることで、少しでも秀真と付き合える可能性を上げてやること。


 もう一つは、自分の気持ちを抑えずに、邪魔をして、俺と付き合える可能性を上げること。


 そして、俺は前者を選んだ。

 理由は簡単。一度別れた相手と、もう一度付き合うと言う話はよく聞く。

しかし、それはまだ思いを引きずっていたからというものがほとんどだ。

だから、一度別の人に思いが向くと、もう戻ることはない。


 だから、選んだと言うよりかは選ばざるを得なかったと言うことだ。

 無理に邪魔をして、俺も朱音もバットエンドなんて、それこそ最悪の選択だ。


 俺は頭は良い方だと自負している。

 だから、そんな馬鹿な真似はしない。


「早く冷めないかな…この気持ち」


 そんなことを呟いて、俺はそっと瞼を閉じた。

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