8話 元カレは決断します

 昨日のカラオケダブルデートから一夜明けた。


 俺は、いつもより少しだけ遅い起床だった。


「やばい、もう9時だ…」


 俺はベッドから何とか抜け出すと、洗面所へと向かった。




 遅めの朝ご飯を食べた後、俺は服を着替えた。

 今日は、昨日のことについて、秀真に話をしようかなと思っていたのだが、今日は予定があると断られたので、久々に一人で出かけようかと思っていた。


「映画でも見るか…」


 俺はそう呟くと、携帯を取って、映画館を探した。


「一番近いのは…あー、この前春川と行ったショッピングモールだな」


 行き先が決まった俺は、映画の予約をした後、かばんを持ってちゃっちゃと家を出た。




 ショッピングモールは、以前とは違い、とても混んでいた。


「まだ開店したばっかりだろ…」


 俺は、ため息交じりに呟くと、足早に映画館へと向かった。




 俺が今日見る映画は、感動ものだ。

 まぁ、感動ものと一括りに言っても、これは恋愛系?のものだった。

 あらすじは確か、母親か死んだあと、主人公の前に一人の少女が現れて、その少女のおかげで徐々に払拭していくと言ったものだった。


 俺は、そういった作品が好きなので、たまに見に来たりしていた。


「そろそろ行くか」


 時計を見ると、10時23分だったので、10時30分の上映開始に余裕を持てるように、入場口へと向かった。




 約1時間半の上映が終わり、俺は映画館を出た。


 はっきり言うと、すごく良かった。

 なんだろう、何がとは分からないけど、見て面白かった。

 要するに、あたりだった。


 俺は、携帯をとりだして時間を確認すると、12時15分を指していた。


「腹減ったな…」


 俺は、昼ご飯を食べるために、飲食店を探すことにした。



 そして、エスカレーターに乗り、下の階に降りた時だった。ふと目の前に見えたファミレスの窓に、見知った顔があった。


「秀真?」


 正面に見えた秀真は、誰かと話しているような感じだった。


 何を思ったのか分からない。ただ、何となく気になったので、俺はその相手を見ようと、気づかれないように遠回りしながら近づいた。


 そして、その相手を見て絶句した。


「朱…音……?」


 一瞬。本当に一瞬だけ、思考が凍り付いた。


 何で?


 俺は、立ち止まって考えた。


 きっと、何か理由がある。


 そう思った。いや、思いたかった。

 だから、色々な可能性を考えた。


 しかし、そんな俺に朱音が追い打ちをかけた。


「……」



 少し顔を赤らめた朱音が、楽しそうに笑いながら秀真と話していた。



 俺は、嫉妬してしまった。その感情は抱いてはいけないものだった。だって、俺が例え未だに朱音のことを好きでいたとしても、朱音には何の関係もないのだ。

 だって、俺たちはもう別れているのだから…。


 それでも、俺は何とか理由を見つけたかった。そして、この状況を、何とか正当化しようとした。

 でも、それを俺の脳みそは、体は、許さなかった。


━ドクンッ


 大きな心音が、俺の体に響いた。

 それと同時に、頭痛と立ち眩みがした。

 視界が少しぼやけ、何も考えられなくなった。


 気持ち悪い…。


 俺は、よろめきながらも、何とかあの場から離脱することができた。

 なぜかは分からなかったし、考えることもできなかった。ただ、直感が、あの場に居てはいけないと、そう告げていた。




「……」


 目が覚めると、そこは見慣れた天井だった。いや、正直まだ慣れていない。一人暮らしをしているマンションの、自室の天井だった。


 俺は、携帯を手に取り、時間を確認した。


「19時か…」


 そう呟くと、俺は携帯を傍に捨てた。

 そして、しばらくすると、意識がだんだんと覚醒し始めた。

 それと同時に、俺は今日起こった出来事もだんだんと思い出してきた。


 完全に意識が覚醒したころには、俺の記憶も完全に戻っていた。


「夢……ではないよな…」


 もう一度時間を確認したが、しっかりと経過していた。


 記憶が鮮明になった俺だったが、思い出せないこともあった。


「そう言えば、俺どうやって帰ってきたんだ?」


 そう。あれから家に帰ってくるまでの記憶が全くなかったのだ。

 電車にちゃんと乗れたのかさえ分からない。


 どれだけ思い出そうとしても思い出せないので、とりあえずその件については置いておくことにした。

 まぁ、帰ってきたのだから大丈夫だったのだろう。




 ベッドから出た俺は、水を一杯飲み、もう一度ベッドに座った。

 そして、今日のことについて、考える。


「朱音は秀真に好意がある、か……」


 今まで、その可能性は考慮してきた。しかし、それでも何となく俺に好意がまだ残っているようなそぶりがあった。だから、そうなのだと思い込んでいた。


 そう、これは俺の思い込みだったのだ。


 俺が勝手に都合のいい解釈をして、勝手に舞い上がっていただけだった。

 結局、俺は橋渡し役の道具でしかなかったのだ。


「そっか…」


 もしかしたら、何か別の理由があるかもと考えたりもした。

 例えば、俺が春川と出かけたように、俺宛のプレゼントでも買いに行ったのかとか。

 でも、残念ながら俺の誕生日は10月だ。


 だから、違うのだ。


 どれだけ可能性を考えても、全て当てはまらない。

 つまり、朱音が秀真のことを好きだということが確かなものへとなってしまったのだ。


「はあ…」


 本当に、辛いな。


 昨日のアレも、きっと、最後のダメ押しだったのかもしれない。

 もしくは、変に怪しまれないためにしたのかもしれない。


 俺は、一度目をつむった。

 瞼の裏に映るのは、昔の付き合っていたころの思い出と、最近の思い出が映った。


 俺には、どちらも同じものだった。楽しかったし、嬉しかった。

 また、朱音と話せるようになって。そして、あの時の後悔を取り戻せるような気がして。


 でも、朱音には違っていたのだろう。

 昔と今では。


 いや、そうなのだ。違うのだ。


 俺と朱音は、今はもう昔とは違うのだ。

 だから、俺が勝手に独占欲を持っていたとしても、それは許されないのだ。朱音も俺も自由なのだ。だから、押し付けることはできない。


 そもそも、一度別れた俺たちが、やり直すことなんて不可能だったんだ。きっと。


 俺は瞼を開けた。

 そして、一度深呼吸して、決断した。


「素直に応援しよう…」


 俺は、朱音が好きだ。

 だから、朱音の恋を応援しようと思う。


 好きな人が幸せになってくれることが、一番いいのだから。

 願わくば、幸せにする相手が俺であってくれればよかったのに。


 そう思いながら、俺は大きなため息をついた。


 正直、秀真が春川のことを好きだと言うのは、嘘じゃないと思う。

 ただ、あいつらは付き合ってはいない。

 ひょんなことから、朱音に好意が向くこともあるかもしれない。


 だから、俺はこれから自分の気持ちを抑えるのだ。


 そのためにも、これからはできるだけ朱音と距離を置いていこうと、そう考えた。


 俺が、朱音のことを忘れられるまでは…。

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