18話 元カノは遠回りをしました

 今、私は病院へと向かっていた。


 あの電話の後、私はすぐに病院の場所を聞くと、慌てて駆けだした。

 泉ちゃんと平川くんも、私の電話での口調や、病院や海斗君と言った単語から、何かしらあったのだと悟ってくれたらしく、何も聞かずにすぐに出発の準備をしていた。


「海斗君…」


 私は、少し心配で思わずそう呟いた。




 最寄りの駅から病院までは、結構近かった。


 私は病院に入ると、すぐに病室を聞いて、走らずに駆けだした。




「海斗君!大丈夫!!」


 私は、思わず大きな声を出してしまった。

 幸いなことにも、海斗君の病室は個室状態だったため、他の患者さんに迷惑をかけることは無かった。


「朱音か…」


 私の姿が見えると、海斗君は私の名前を呼んだ。


「ご近所さんから海斗君が救急車で搬送されたって聞いて、私、怖かったんだから」

「そ、そうか……悪いな、心配かけて」

「うんうん…いいよ」


 私が心配したということを言うと、海斗君は本気で悪かったといった様子だった。

 でも、少し大丈夫そうで良かった。

 

私はある程度の安全を理解すると、海斗君に話しかけた。


「でも、心配したのは本当だからね?」

「あぁ、ありがとな…」

「うん。それに、平川くんたちも心配してたよ……」


 私がそう言ったとき、本当にそう言った瞬間、海斗君の顔に影が差したような気がした。

 そして、それと同時に、海斗君は普通の声で私にこう聞いてきた。


「朱音…秀真と一緒に居たのか?」


 私は、こんな質問が突然来ると思っていなかったので、正直に言うとテンパった。


 泉ちゃんの家で作戦会議をしていたとも言えないし、逆に他に良い代案も思いつかなかった。


「え、えっと…一緒に居たって言うかなんて言うか…いたのはいたけどって言う感じで……」


 私は、そんなことしか言えなかった。

 濁すだけ濁して、中身のないものだった。むしろこっちの方が変に感じられたと思う。


 そんなことを考えていると、突如、海斗君に異変んが起こった。


「うっ…」


 海斗君が、心臓を手で押さえて苦しみだしたのだ。


「ど、どうしたの?大丈夫?海斗君!」


 私は、心配になったので、とっさにそう口にした。

 私も、変なことを言ったつもりもなかったし、言い終えてからも別に何とも思っていなかった。


 しかし、私のその問いに、海斗君から帰ってきたのは暗く冷たいものだった。


「帰ってくれ…」

「え?」


 私は、海斗君の氷のような声に、思わずビクンッとしてしまった。

 そして、困惑している私に、海斗君は再度同じことを言った。


「だから、帰ってくれ」


 そして、海斗君はそう言うと、私に背を向けて寝てしまった。


「え、帰れって…でも、海斗君大丈夫なの?」


 私は、そんな海斗君を見て、そう聞いた。

 しかし、返事は返ってこない。


 どうしてだろうと思った。

 正直に言うと、どこがまずかったのかが全く分からなかった。


 でも、その理由は、すぐに海斗君の言葉で理解することができた。



「もう俺に構わないでくれよ……」



 海斗君は、ぽつりとそう言った。

 吐き捨てるような感じで、でも、口調は優しかった。

 ただ、温度が異常に冷たかっただけ…。


「そっか…。分かった。ごめんね。バイバイ……」


 私は、それだけを言うと、すぐに病室を出た。




 病室を出て、私は早歩きでロビーへと向かった。

 途中、平川くんや泉ちゃんとすれ違ったけれど、ちょっと、会話をできるほどの余力は残っていなかった。


 私はロビー近くまで来ると、トイレに駆け込んだ。



「やっぱり、そう言うことだったんだ」


 私は震える声で、そう呟いていた。


 手で目をこすると、指が濡れた。

 私は、知らないうちに泣いていたようだ。


(いや、違うか…。海斗君は、前にもそう言ってくれていた。前にも同じことを)


 ゴールデンウィーク初日。

 海斗君の帰宅を待って、夕食のお誘いをしたときに、言われた。


『俺たちはもう、別れてるんだよ…』


 確かに言われていた。

 どれだけ悲しくても、どれだけ私が新しく始めたくても、海斗君にとっては、何でもなかったんだ。



 私は、そんな負の思考が始まる中、あることを疑問に思った。


それは、「何故、海斗君は急に《・・》私のことを避けだしたのか」だ。


よく考えてみればそうだった。今まで私たちは、私の勝手な解釈だけど、そこまで悪い中ではなかった。

でも、ある日を境に海斗君は急に冷たくなった。


「あれ?いつだろ…」


 私は、記憶を何とか絞り出して考えた。


 いつ?いつから?

 海斗君が、こうなったのは…。


「あ…」


 思い当たった。

 確実に1つ、ある。


 カラオケに行った次の月曜日。

 あの日、私が夕飯のお誘いをして、始めた断られた日。


 カラオケに行った日には、上手くいかないことも多かったけど、それでも夕食は一緒に食べた。

 そして、それは成功した。


 なら、何かあったのならその翌日の日曜日。

 そして、その日にしていたことは…。


 私はやってしまったと思った。

 これはあくまでも仮説でしかないし、私の考えでしかない。

 でも、もしこれが原因であるとすれば、自業自得だ。


 そして、もしこれが今日の海斗君の体調不良・・・・に少しでも影響を与えていたのなら、私は本当に愚かな人間だ。



 私はトイレを出て、海斗君のところへ行こうとして…やめた。

 簡単な話だ。


 海斗君の所へ行って、何をする?


 それが分からなかったからだ。

 何をどう謝るのか。そんなの、聞かれても分からない。

 「平川くんとは別にそんな関係じゃないの。でも、勘違いさせてごめん」とか?


 あり得ない。

 それは、付き合っているときに言うようなものだ。

 私たちは、もう既に別れているのだ。そんな言い方は、まるで海斗君が私のことを好きだと仮定しているようだ。


 だから、私はどうすればいいのか分からなかった。

 誰かに相談したいともお思った。


 でも、今回のことは、私一人で解決しないといけないような気もした。


 だから、私は病室に向いたつま先を、帰路へと向けて歩き出した。




 病院を出て、駅に向かう。

 建物の外に出ると、それがオレンジにそまっていた。


 そんな夕日に向かって歩いていた時だった。


「朱音!」


 後ろから、私の声を呼ばれたのは。


「海斗君…」


 私は、呼ばれた人の名前を呼びながら振り返った。


 正直に言うと、今私はとても気まずかった。

 海斗君が私を避ける理由が分かった以上、どう接すればいいのかが分からなくなっていた。


 そんな私の気持ちには気づかず、海斗君はもう一度私の名前を呼んだ。


「朱音!」

「どう…したの?海斗君」

「次の中間テスト、勝負しよう」

「えっ?」


 いきなりの展開に、私は驚くことしかできなかった。


「ルールは単純。俺の総合点数と、朱音の総合点数で多い方が勝ち。同点なら間違えた問題数で優劣をつける。勝った方が負けた方に、一つだけ言うことを聞かせることができる」

「う、うん…」

「もちろん常識の範疇で、だけどな。それで、どうだ?勝負しねぇか?」


 そう言って、海斗君は私に手を差し出した。


 私は状況を把握するので精いっぱいだった。

 そして、ようやく整理できた時、私は一つの疑問が浮かんだ。


 海斗君は、私に何を聞かせるのか、だ。


 こんな形をとると言うことは、何かしらあると言うことだ。

 しかし、その意図が全くつかめない。

 その原因は、私は最初驚いたことにつながるけど、海斗君のテンションの差だった。


 あれだけ暗い感じで別れたのに、今はこんなにも明るい。

 でも、そんなことは、今考えても分かる気がしなかった。


 だから、今必要なことは自分の気持ちに従うことだと思った。


「分かったよ!勝負、しよっか」

「おう、そう来なくっちゃな!」


 そう言って、私は海斗君の手をつかんだ。


「今度こそ負けないよ?」

「あぁ、俺が勝つ」

「っフフ」

「ッはは」


 私たちは、いつかぶりに笑い合った。

 何かがあった訳ではない。


 ただ、何となく誤解が溶け始めたような、そんな空気だった。


 私たちはしばらくの間笑うと、海斗君に見送られ、私は帰路に着いた。



 ほんとうに、ようやく、0に戻れたような…そんな気がした。


 私は、初めてマンションの階段を使って部屋へと向かった。

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