14話 元カレは恋をしている

 全力疾走で朱音を追いかけていた俺は、とうとうマンションの前まできた。

 俺は、自動ドアをくぐってマンションの中に入った。


 そして、エレベーターに乗り込もうとしている朱音の姿が目に入った。


「待ってくれ、朱音!」


 俺はそう叫んだが、ちょうどエレベーターの扉が閉まり、朱音には届くことは無かった。


「クソッ」


 俺はエレベーターを待っていては時間がかかると考え、階段を使うことにした。




 階段を駆け上がった先には、今にも部屋に入ろうとしている朱音の姿があった。

 俺は、手遅れにならないように、大きめの声で叫んだ。



「朱音!待ってくれ!」



「海斗君?」


 俺の声に気づき、朱音が反応する。

 何故だかは不明だが、朱音は俯いたままで答えた。


「どうしたの?泉ちゃんはよかったの?」

「え?」


 俺は、想定外の言葉が返ってきたことに驚いた。

 俺はてっきりあのときに初めて見られたのだと思っていた。


「もしかして、見てたのか?」


 俺は、もしかして俺たちがショッピングモールへ行っている間、尾行されていたのかもしれないと思って、恐る恐る聴いた。


「う、うん。見てたって言うか、聞いてたって感じ……」


 朱音がそう言ったため、俺は一安心する。


 良かった。これで朱音がついてきていたという可能性は、一瞬にして消滅した。本当焦った。もしも見られていたら、サプライズも何もなかった。


 となると、春川のことを聞いたのはやっぱり勘違いしてるからか?


「てことは一つ目なのか……それとも三つ目なのか……それに近い感じかな……」

「え?」


 俺がどちらの可能性で逃げ出したのかを考えていると、少し声に出てしまい、朱音が困惑したような表情を浮かべていた。

 俺は、変な誤解を受けないように、話を変えることにした。


「あぁ。それはこっちの話だから気にしないでくれ。それよりも、春川さんの件だけど、明日があるから大丈夫だって言ってたから大丈夫だと思う」

「ん?」


 え?俺何か変なこと言ったか?いや、言っていないはずだ。と言うことは、どういうことだ?

 俺が訳が分からなくなって考え込んでいると、朱音がすねた子どもみたいな声色でつぶやいた。


「明日も泉ちゃんとデートするの?」

「えーーと、どういう意味だ?朱音」


 俺は余計に意味が分からなくなった。

 確かにさっき、春川は明日朱音と遊ぶ約束をしていると言っていた。でも、朱音はそれを忘れてしまっている?それならそれで、問題だな。


「だって、今日デートしてたんでしょ?」


 朱音は、今度もすねた口調で話した。


「えーーーと、一応そう言うことになるかも……」


 俺は自分で「これはデートのようだ」と感じていたので、間違ってはいないと思ったので、肯定した。


「じゃぁやっぱり明日も……」


 朱音がまた話し出した瞬間、俺はふとあることに気づいた。



 これ、話嚙み合ってなくね?



 よく考えればそうだった。俺の言っていることと朱音が求めている答えや、俺が求めている答えと朱音の言っていることが、どこか違っているため、二人とも度々「あれ?」となっていたのだ。


 そして、このままでは訳が分からなくなって、そのままこじれて終わってしまうかもしれなと思った俺は、単刀直入に本題に入ることにした。


「なぁ朱音」

「何かな?」


 やっぱり予想通り何か変な勘違いをしたままな気がした俺は、スッと深呼吸をして、気持ちのこもった声で、そっと伝えた。



「誕生日おめでとう。朱音」



「えっ…」

「今日、朱音の誕生日だろ?」


 なんだか予想外のことを言われたという顔をしていたので、俺はもしかして間違えていたのかと思い、確認をとってしまった。


「そ、そうだけど……じゃぁ、さっきは何で泉ちゃんといたの?」


 嬉しさ半分、疑問が半分と言った口調で朱音がそう言った。

 俺は少し恥ずかしい気持ちをぐっとこらえて続けた。


「いやーー。実はさ、朱音へのプレゼントを一緒に選んでもらってたんだよ」

「え?」


 プレゼントという言葉に反応したのか、選んでもらうのを手伝っていたという言葉に反応したのかは分らなかったが、後者の場合の可能性を考え、俺は補足をした。


「何をあげるかは決めてたんだけどさ、最後の選択に付き合ってもらってたんだよ」

「そ、そうなんだ」


 どうやら後者ではなかったようだ。補足する必要はどうやらなかったようだ。


「はい、これ。朱音へのプレゼント」


 そう言って、俺は先ほどから後ろに隠しているつもりの袋を渡した。

 朱音はそれを受け取ると、今日初めて目を合わせてくれた。


「ありがとう!」


 そうやって、とびっきりの笑顔で言う朱音の顔を見て、その時初めて、俺は何故さっきまで朱音がこちらを向かずにしゃべっていたのかが分かった。


 朱音の目は赤くなっていて、結構長い間泣いていたことがよく分かる。

 どうやら泣いているところを見られるのが嫌だったため、ずっと俯いていつ切り上げて部屋に入ろうかとタイミングを図っていたのだろう。

 そう考えると、早めに本題に入ってよかったとつくづく思う。


 俺が自分の世界で納得していると、朱音が俺に可愛い声で尋ねてきた。


「開けてもいい?」

「う、うん」


 俺は少し恥ずかしくて、頬をかいた。

 朱音は、袋から取り出すと、丁寧に包装を外して、中に入っている物をそーっと取り出した。


「すごい……。可愛い…」


 真っ白のクマのぬいぐるみを両手に持って、見つめている朱音を見ていると、俺は可愛いと言う感情以外に出てこなかった。

 そんな感情に包まれた俺は、恥ずかしくてどうしようもなかったので、これを選んだ理由を話した。


「なんかこれ見たときに、ビビットきたって言うか、これは朱音に合うんじゃないかなって思ったんだよ」

「ありがとう。海斗君」


 満面の笑みで俺にそう言った朱音を見て、俺は顔が熱くなるのを感じた。

 本当に、春川の言う通りだな。朱音はしっかりと喜んでくれた。ほんと、感謝しかないよな、あの天使様には。

 俺はそんなことを、廊下から見える空を見上げながら思った。



 あの後、朱音はどうぞどうぞと俺を部屋に上げてくれた。

 俺は「お邪魔します」と言って、人生で二回目の女子の部屋へと上がった。


 俺が前回と同じようにソファーにチョコンと座ると、朱音も前回と同じようにエプロンをつけて、髪を結んで料理を始めた。

 俺は、「今日は誕生日なんだから俺が作るぞ?何なら別に俺のおごりで出前でもとるか?」と言ったのだが、朱音は「うんうん。海斗君はケーキを用意してくれたからいいよ。それに、祝ってもらえるだけで嬉しいから…」と少し顔を赤らめながら言ったので、俺は分かったと言わざるをえなかった。


 そしてまた俺がボーっとしていると朱音は料理を終えた。今日は手短にできるものばかりだったが、それでも味は完璧で、おいしい以外に言葉が出なかった。




 ご飯を食べ終わった俺たちは、俺が持ってきたケーキで、軽い誕生日会を開催した。

 元カノと、元カノを祝う元カレの二人だけで。その光景は、少し異様だったかもしれない。

 俺たちはケーキを食べながら会話を始めた。


「まさかケーキまで買ってきてくれてたなんて、驚いたよ」


 朱音はショートケーキを食べながらそう言った。

 俺がケーキを買ったのは、泉に勧められたからだ。


 「せっかくなんだから誕生日にケーキくらい一緒にたべてきたらいいんじゃないかな?」と言われたのだ。俺は、「そ、そうだな」と言って、ショートケーキを二つ買って帰った。


「まぁ、もしも買ってたら、明日にでも食べてもらおうと思ってたからな」

「ありがとう」


 俺は少々真実を捻じ曲げていったが、朱音は特に気にすることなく、ただただこの時間を楽しんでいるという様子に見えた。

 俺たちは、それから2時間程度何でもない話で盛り上がった。


 会話をしていて分かったのは、朱音は春川と明日遊ぶという約束をしていたことをついうっかり忘れてしまっていて、そのせいで話がゴチャゴチャになってしまったということだった。


「しかし、さっきは話がかみ合ってなかったからびっくりしたな」

「うん。私はてっきり海斗君と泉ちゃんが付き合いだしたのかと思っちゃったよ」


 俺はそれを聞き、俺の予想がある程度当たっていたことに少し喜びを感じていた。


「なるほど。それで驚いて逃げ出してしまったってわけか」

「う、うん」

「まぁなんにせよ良かったよ。変な誤解をされてたら面倒だったし」

「確かに。そうだよね」


 俺は本音を言ったが、何だかこれでは朱音が言いふらしそうだという風な言い方になっていることに気が付いた。


「まぁ、朱音に限って変なことを言いふらしたりするとは思ってなかったけどな」


 俺は信頼を声に込めて伝えた。

 すると、朱音は軽いノリのような調子できいてきた。


「信頼されてるってとっていいのかな?」

「あぁ。もちろんだよ」


 俺は断言するように、きっぱりと言い切った。




 楽しい時間と言うものは、あっという間に進んでしまう。

 ふと時計を見ると、時刻は9時になっていた。


「もうこんな時間か」

「ほんとだね」


 俺は惜しみつつも、帰宅しなくてはいけないと思い、話を切り出した。


「楽しい時間ってすぎるの早いな」


 俺はふとそんなことを口にしていた。言った後に恥ずかしくなったのだが、朱音の方を見ると、朱音も顔が赤くなっていたので、同じだったのかなと思って、少し嬉しかった。


「それじゃ、そろそろ帰ろうかな」

「うん、そうだね」


 俺は、次は果たしていつこの部屋に上がれるのだろうかと考えながら、玄関まで歩いた。


「今日は本当にありがとう。海斗君」

「おう!俺も、料理ありがとな」


 玄関まで送ってくれた朱音がそう言う。表情にどこか緊張がみえるのは、少し意識をしている証拠なのだろうか。

 俺はそんなことを考えながら、ドアノブに手を伸ばしながら、


「それじゃ、またな。朱音」


 そう言って、帰宅しようとしたときだった。



「海斗君!」



「ん?どうした?」


 朱音が突然俺の名前を呼んで、俺を呼び止めた。

 そして、少しの間を置いたあと、心を落ち着かせながら続けて言った。


「連絡先!交換してくれませんか?」

「何で敬語なんだ?」


 俺は咄嗟に突っ込んでしまった。

 朱音も、「アハハ…」と言いながら苦笑いを浮かべた。


 俺は、願ってもいなかった大チャンスに、喜びのダンスを踊りたくなったが、それは頭の中だけで済ませて、至って平然な口調で返事をした。


「いいよ。俺も交換したかったし」

「え?」


 断られると思っていたのか、朱音は驚いていた。しかし、問題もあった。


「でも、どうやって交換するんだ?」


 俺は連絡先の交換の仕方が分からなかった。別れたときに消してしまった朱音の連絡先も、春川の連絡先も、どちらも相手にしてもらっていたからだ。

 もちろん秀真もだ。


「分かった。携帯貸してくれる?」

「おう」


 朱音はそんな俺に、やさしく手を差し伸べてくれた。

 俺はすぐにポケットから携帯を取り出して、朱音に渡した。



「はい。これで大丈夫だよ」

「おう。ありがとな、朱音」

「うん。こちらこそ」


 朱音は俺に携帯を返しながら、そう言った。

 そして、俺たちは見つめ合っていることに気づき、恥ずかしくなってお互いに目をそらした。


「じゃ、じゃぁ。今度こそ本当にまたな」


 俺は逃げるようにドアノブを回した。


「う、うん。またね」


 朱音もそう言い、俺はドアを押して部屋を出た。



 すぐ隣にある俺の部屋の鍵を開け、俺は部屋に入った。

 そこで、俺は今日の総括をする。


 プレゼントは成功した。朱音はすごく喜んでくれて、ベッドに並んでいたクマと一緒に並べてくれた。お祝いもできた。


 そして、何よりも、距離がかなり近づいた。

 ソファーに二人並んで話したりもしたので、物理的にも心理的にも近づけたのではないかと思う、



「計画成功かな?」



 俺は玄関の壁にもたれかかりながら、そう呟いた。

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