5話 元カレは意外とおモテのようです〈中〉
私のマンションは、駅から少し歩いたところにある。
駅近物件のため、少し家賃は高いみたいだった。
女子高生の一人暮らしなんて、よくご両親が承諾してくれたなと思う人もいるかもしれない。もちろん、流れで許してもらったわけではない。
私の家は、少しお金持ちだった。だから、別に一人暮らしをするための金銭関係でとがめられることは無かった。
問題は一つだけで、女の子が一人で暮らすことを、両親と言うかお父さんがすごくすごく心配していた。もちろんそれが普通だと思うし、逆にお母さんの「べつにいいんじゃない?青春なんて、自由にしてこそだし」っていう反応の方が、おかしいと思う。
そして、お父さんが出した条件は「学校から徒歩圏内で治安が比較的安全で、5階以上で、最上階から三つ以上下の部屋にしなさい」だった。
そもそも何で私が不便な一人暮らしをしたいと思ったかと言うと、心機一転して新しい自分として高校生になりたいと思っていたからだ。それと、当時は海斗君と久々に面と向かって話すことができたことが少し嬉しくて、何となくこの関係を変えたいと思っていたということもあった。
「結局なにも変わらなかったんだけどなぁ」
変わらなかった。と言ってもまだ学校が始まって一週間。噂がなくなってきたら、少しはアピールできるはずだ。
そんなことを考えながら、私はエレベーターから降りた。
部屋の前まで来た私だったが……部屋の鍵が見つからず、扉を開けることに手こずっていた。
「あれ?確かにここに入れたはずなんだけどな……」
この時まで本当に忘れていた。思い出したら顔が緩みそうになるような、とても驚いたことで、そしてとても嬉しかったこと。
「何してんだ?朱音」
「へ?」
聞きなれた声で、その声を聴くと少し落ち着くような感覚になる…。
「もしかして、鍵でもなくしたのか?」
「そ、そんなわけないでしょ」
私はドンピシャで当てられたことに少しだけ恥ずかしくなり、つい強がって否定してしまった。
「なら何で玄関の前で鞄をあさりながら『あれ?確かにここに入れたはずなんだけどな……』なんて言ってるんだ?」
「……」
私は顔が真っ赤になった。恥ずかしすぎた。
「図星だな」
「見てたの?」
「うん」
「……」
「探すの手伝おうか?」
「……お願いします」
私がそう言うと、海斗君は嫌な顔一つせずに一緒に探してくれた。
昔からその優しさは変わっていない。でも、きっと私以外にも優しいのが海斗君…。もう昔とは違う。そう考えると少し心が痛くなった。
「うーん。どこにあるんだ?鞄とか全部探したのにな…」
「どこだろ……」
私たちは10分ほどかけて、鞄やポケットの中をくまなく探したのだが、どこにも見当たらなかった。
「もしかして、学校か?」
「それは無いと思うんなだけど……可能性はあるかも…」
「そうか……」
「どうしよう…」
私は少し焦った。海斗君はあえて言わなかったが、この場合、最も可能性が高いとすれば道端に落としてしまったということだった。
「やっぱり道端に……」
「もしかしたら空いてるんじゃね?」
しかし、海斗君はそれでもまだ諦めずに必死に考えてくれた。
「そんなわけないよ…」
「まぁ、可能性だって」
「うん…」
あぁ。本当に優しいな、海斗君。やっぱり好きなんだと思う。もしも過去に戻れるなら別れる前のあの日に戻りたいと思う。
でも、今は違う。やっぱりお隣さんになった今の方が、少し楽しい。付き合っていた時とはまた違う、振り出しに戻ったような感覚。
「んじゃ失礼します」
そう言って海斗君が扉を引いたとき
━━ガチャッ!
「「え?」」
扉が開いた。
思わず二人とも間抜けな声を上げてしまった。
「……空いてたね」
「……そうだな」
少し気まずい。どちらもそれだけは無いと思っていたから、気まずい。
「まぁ、でもよかったじゃん。鍵は玄関にあるみたいだし」
「そ、そうだね。ありがとう」
「いえいえ」
海斗君が優しく対応してくれた。
ん?
ちょっと待って。よく考えてみよう。
たしか合格発表の日は、お互いピリピリしていた。私はその時に好きということを再確認した。だから、私の心自体は開いていた。しかし、いざ話すとなると、脳は正常に作動しなかった。少しぎこちなくなっていた。
しかし、今はどうだろう。そもそも海斗君も距離が近づいていた。私は心が開いているから、普通に対応できた。
あれ?もしかして、海斗君もまだ私のことが……
「よし。じゃぁ俺は帰るとしますか。まぁそう言っても隣なんだがな」
「うん。それじゃぁ……」
その時、私の頭はフル回転していた。
海斗君は少し距離を詰めてきてくれている。
私はまだ海斗君のことが好き。
また付き合いたい。
どうすればいい?
どうすればこの状態から進展できる?
考えろ。考えろ……。
━━まぁそう言っても隣なんだがな
その時ふとさっき海斗君が言った言葉が頭をよぎった。
次の瞬間、先ほどまでの悩みが全て解決されることになった。
「海斗君!よかったら今日うちで夜ご飯食べていかない?」
精一杯平然を装って言った。
お隣さんならそれが可能だ。幸いこのマンションには知り合いはいない。だから基本的に何も噂になることは無い。
「いや、いいよそんなの。悪いし…」
「お礼だと思って。あのままだったら私いつ家に入れてたか分からないし」
「……そうだな。確かに朱音の性格はそうだったな」
「え?」
突然そう言われてびっくりした。
過去のことを普通に話している。これは二択だ。
過去を吹っ切ったか、まだ引きずっているか。
どちらだろう。私はダントツで後者の方だ。
これは少し希望があるかもしれない。
「だってさ。朱音ってそうだろ?貸し借りみたいなのが嫌いだからお礼は絶対にするってタイプだったじゃん」
「そうだね…。それじゃぁ上がって。あんまり綺麗じゃないけど」
「お、おう。それじゃぁ、お邪魔します」
「どうぞどうぞ」
私は、緊張しながらも勇気を出せた自分をほめつつ、海斗君を部屋に招き入れた。
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