6話 元カレは意外とおモテのようです〈下〉

「それじゃぁ、お邪魔します」

「どうぞどうぞ」


 海斗君は、少しオドオドしながら私の部屋に上がった。


 そう言えば、付き合っていた時に私の部屋に来てもらったことは無い。というか、家にすら来てもらったことがない。家の前まではよく送ってくれていたけど、中に入ってもらったことは無かった。


 てことは……海斗君は始めて私の部屋に上がるんだ…。

 何だか、少し緊張するなぁ…。


「綺麗だな。さすが朱音って感じだ。女子の部屋とか俺初めてだったけど、イメージ通りに綺麗でちょっと安心した」

「そっか。海斗君って女の子の部屋に入ったことなかったんだ」

「まぁな。付き合ってた時に一回も朱音の家に入らなかったし、幼馴染みとかもいないし、そういう機会に巡り合わなかったんだよ」

「そっか…。何だかごめんね」

「何で謝るんだよ。俺が入りたいって言わなかったからだから気にすんなよ?」

「でも、女の子の部屋なんて、誘ってもらわないと入りにくいじゃん」

「まぁな。でも、今は誘ってもらって入れてるからそれでいい」


 海斗君が微笑んだ。やっぱりかっこいい。でも、私は顔だけで人を判断できない。


 私は少しだけモテる。だから、友達がかっこいいと言っていた人に告白されたこともある。だけど、どうしても好きになれなかった。

 かっこいい人は、そろいもそろって自意識過剰だ。少なくとも私に告白してきた人は。

 だけど、一人だけ違う人がいた。

 かっこいいけど自信がなくて、それでいて男子からの評判がよく、いつも友達と遊んでいた。もちろん女子からの評判はとても高かった。


 それが高原海斗君。

 だから、私は海斗君の顔だけが好きなわけではない。


「何だか恥ずかしいね」

「……そうだな。女子の部屋で女子と二人きり。そりゃ恥ずかしいよな」


 そう言っている海斗君の顔は、少し赤かった。


「確かに、異性と二人きりって恥ずかしいね」


 私も顔が赤くなる。

 私は恥ずかしくなって、慌てて話題を変える。


「そ、そうだ。今から夜ご飯作るから、椅子に掛けて待ってて」

「あ、うん。そうする」


 そして、私はすぐにキッチンい移動し、エプロンをつけて髪を束ねて料理に取り掛かった。


 今日のメニューは肉じゃがと鰤の照り焼き、わかめの味噌汁、白米。至って一般的な献立だった。

 だけど、肉じゃがは私の得意料理のためだ。だから、私が恥をかくことはない。


 私は深呼吸をした。

 私の部屋は、キッチンとリビングダイニングが向き合っている。そのため、私が料理をしているとリビングにいる海斗君と目が合うこともありえる。


「よし」


 覚悟をして、私はキッチンに出た。



 私が料理をしている間、海斗君は遠慮がちにソファーにチョコンと座っていた。

 そして、気まずくなったのか、急に話し出した。


「なぁ朱音」

「どうしたの?」

「……最近どうしてんだ?」

「え?」


 思わず変な声が出た。

 何か話題を振って気まずさを解消しようとしていたのは分かったけど、まさか話題がなくて最終兵器みたいな話題を出してくるなんて……。海斗君、ちょっと可愛いかも。


「いやさ、ほら。女子高生の一人暮らしとなれば苦労とかあるのかなーって」

「……そうだね。確かに家にいたときに比べて少し不便にはなったかな」

「そうなのか…」


 海斗君が少し気まずそうにしていた。


「でもね、少し楽しいかな」

「へ?」


 今度は驚いた表情をした。本当に、表情がコロコロ変わって小動物みたいだなぁ。男の子に使う言葉じゃない気がするけど。


「苦労するのに楽しいのか?」

「うん、楽しいよ。体験したことないことがいっぱいで、新しい世界に来た感じかな。でもやっぱり今までにない体験をするのは苦労するけどね。」

「…なるほど」


 海斗君は納得したという顔をしていた。


「……」

「……」

「今日のメニューは何なんだ?」


 少しの沈黙の後、海斗君は話題を変えた。


「えっとね。肉じゃがと、鰤の照り焼きと、わかめのお味噌汁と、白米かな」

「白米ってメニューに入るのか?」

「うーーん…。多分入ると思う。ほら、小学校の時の献立表に麦ごはんって書いてたし」

「なるほど……。でも、それってパンの時もあるから書いてるんじゃないのか?」


 海斗君は、素朴な疑問へと変わっていた。

 こういう所が天才なのかもしれない。何事にも疑問をもち、それをほったらかしにせずに、しっかりと考える。やっぱり追いつけないや。


「たしかにそうかもね……」

「だろ?」

「でも、それだけじゃないんじゃない?」

「どういうことだ?」

「だって他にも炊き込みご飯とかもったでしょ?」

「あぁ。確かにそんなのもあったな」

「でしょ?」

「てか、炊き込みご飯とかは普通にメニューだし、白米もメニューか」

「確かに…そうだね」

「だな」

「うん」

「……」

「……」


 話がいい感じに盛り上がっていただけに、急に静かになるとすごく気まずい。

 ここは私から何か話題を出さないと……。


「……そう言えばさ、海斗君」

「ん?」

「どうして赤谷高校にしたの?」


 私はずっと考えていて、どうしてももやもやしていたことを聞いた。

 私は海斗君へのリベンジが一番の理由だったため、私はこの学校について詳しく知らない。

 そもそもこの学校は、偏差値と言うか、学力面ではどちらかと言うと低い方だし、部活動が盛んなわけでもなく、どこがいいのか分からなかった。


「あ、あぁ。その話か……」


 海斗君の表情が、一気に曇った。


「え?どうしたの?」

「いやぁ……」

「ん?」


 海斗君が今までにないほどに言葉が詰まっている。

 なんて言うか、詰まっているというか気まずそう。

 どうしたんだろう。まるで私の後ろに幽霊とかそういうタイプの見えてはいけないものがいて、それに私が気づいてなくて、どうやって気づかせればいいか考えているときみたいな困り方をしている。


「どう……したの?」

「い、いや……何もない」

「そっか」

「俺がこの学校を初めて見たのは中3の7月だったんだけどさ。その時ちょうど文化祭があって、友達に行こうって言われていったんだけど、ほんとに楽しかったんだよ。びっくりするくらい」

「そうなんだ……どんな感じだったの?」

「それがさ、別に文化祭が楽しかったってわけじゃないんだよ」

「え?どう言うこと?」

「生徒がさ、みんな輝いてたんだ。みんな楽しそうで、きらきらしてて、まぶしくて、言葉にできないほどに心を奪われてんだよ」

「なるほど……それは確かに行きたくなるね」

「……」

「どうしたの?」

「いやー……そのーー……えーーーっとーーーー……」

「ん?」

「…………鰤、焦げてるかも…」


 海斗君が、非常に申し訳なさそうにしてボソッと言った。


「あ……」

「…すまん」

「……いや、私が悪いから気にしないで」




「「いただきます」」


 私たちは二人そろっていただきますをした。


「うん。うまいな、この肉じゃが」

「ほんとに?よかった~。少し心配してたから安心したよ」

「うんうん。鰤の照り焼きも少し焦げてるだけですごくおいしいよ」

「そっか。それならよかったよ」


 鰤の照り焼きは焦げてしまったものの、肉じゃがは失敗せずに作ることができた。だから、自信作の方が上手くいったので、結果としては良かった。


「また弁当作ってもらいたいな」

「え?」

「あ、いや、今の無し」

「う、うん」


 何だか恥ずかしいな。お弁当だなんて。

 それにしても何だか新鮮だ。

 自分の作ったご飯を男の人が、しかも好きな人が自分の部屋で一緒にご飯を食べているなんて、ほんとに夢のようだ。

 ていうか……これって…何だか……


「なんか、夫婦みたいだな」

「……」


 え、何で言っちゃうの?何で口に出しちゃうかな?でも、海斗君もそう思ってたんだ、ちょっと嬉しいかな…。

 海斗君ってやっぱり……


「……なんか悪い。つい昔の癖で口に出しちまった。さっきからなんか悪いな」

「いや、べつにそんなことないよ…」

「そ、そうか……それなら良かった」

「……」

「……」


 まただ。

 この定期的に来る沈黙の時間が非常につらい。


「な、なぁ朱音」

「な、何?」


 やっぱりこの沈黙を破ってくれるのは海斗君だった。



「春川さんってどんな人なんだ?」



「え?」


 どういうこと?だろ。

 泉ちゃんのことを聞いてくるなんて。

 海斗君って確か女の子にあんまり興味がなかったはずじゃ……。


「いやさ、朱音ってたしか春川さんと仲良かったよな?」

「う、うん……」


 なんだろう、すごく胸が痛い。


 心が痛い。


「どうしたの?急に泉ちゃんのことを聞いてくるなんて」


 私は、できる限り平然としたような表情で、できるだけ普通に話した。


「まぁ、ちょっと、どんな人物なのか知りたいなと思ってさ」

「へ、へー。そうなんだ」


 海斗君は、普通にしていた。多分私の心の変化には気づいていない。


 どんな人物か気になるって言ってたよね……。

 どういう意味なんだろ?

 やっぱり、そういう意味かな……。



━━高原君、すごくモテるよ?



 突然泉ちゃんの言葉を思い出した。

 あ、そっか。海斗君はモテるんだ。

 そして続けて思い出していく、



━━この一週間で30人くらいは告白したって聞いてるよ



 30人か。そうだよね。

 モテるもんね、海斗君。

 私、勝てるのかな……泉ちゃんに。

 あれ?でも、泉ちゃんってたしか好きな人がいるような感じだったよね……。

 もしかして、海斗君なのかな?

 それだったらもう、勝ち目ないなぁ…。

 

 はぁ。やっぱり勘違いだったのかな……。


 私はやっぱり昔の女で、今は吹っ切れていてって感じなのかな…。

 

 無理だよね、そりゃ。ハンデが多き過ぎるよね。


 だったらいっそ……


「あぁ、勘違いすんなよ。実は友達が春川さんのことを気になってるみたいでさ。ちょっと探りを入れてるんだよ、今」

「へー、そうなんだ…」


 これって…自分の話をしているときに、恥ずかしいから友達の話って言ってるあれだよね…。

 これは結構惚れてるんだろうなぁ。

 うーん、やっぱり終わりかな。

 泉ちゃん可愛いし、性格いいし、文句なしだしな…。


 て、どうして私はこんなにネガティブ思考なの!


 全部いい方向で考えてみよう。


 そもそも泉ちゃんは自分と好きな人がかぶってるのにわざわざ私に頑張ってとか言わないはずだし。


 それに海斗君は本当に泉ちゃんのことが好きなわけではなくて、ただ単に友達の好きな人だから詮索をしているだけって言うこともあり得るし…。


 もしも海斗君が泉ちゃんのことが好きでも、泉ちゃんとその好きな人をくっつけちゃえばいい話だし…。

 そうだよ!くっつけちゃえばいいんだよね。そうしたら私も含めてみんな幸せになるしいいんじゃないかな?いや、いい!


 よし、そうと決まれば何だか心が痛くなくなってきた気がする。


「泉ちゃんはね、とっても優しい子だよ!なんて言うか…『天使』みたいな感じだよね」

「だよなぁ……朱音もそう思うよな」

「え?」

「あぁ。何かその友達に俺も『天使』みたいだって言ったら、中学の時に一部の男子からそう呼ばれてたって聞いたからさ」

「へー。なるほど…」


 何だか少しスルー出来ないことを言っていたきがするけど……今は気にしないでおくことが得策だよね。


「やっぱり謎なんだよなぁー。春川さんって」

「どういうこと?」


 私は少し驚いた。一週間も一緒にいた私は全く感じなかったことを、数回しか喋ったことのない海斗君は何かを感じている。

 やっぱり天才なんだなぁ。追いつける気がまったくしないな。

 何だかさっきまで私的な理由で落ち込んでたのが申し訳なくなってきた…。


「あぁ。俺が感じたのは、『偽物』だな」

「偽…も、の?」


 やっぱり私には理解できないけど……偽物?


「あーと、えーと…。優しさが偽物っぽくてさ。なんて言うか、裏の顔があるというか、その裏の顔を隠すために優しいキャラを演じているって感じかな」

「それって言葉のまんまだよね?」

「うん。俺が感じた第一印象ってそんな感じだったんだよ」

「そうなんだ…気づかなかった……」


 気づかないどころか意味すら分からない…。

 偽物の優しさ?どういうこと?本当は優しくないってこと?あの泉ちゃんが?


 ━━…ほんと、私とは大違い……本当に優しいんだね


「あっ」

「ん?どうしたんだ?」

「いや、えーと…何にもない……」

「そっか」


 本当に優しい、か。確かに私は知っていた。それどころか本人に聞いていた。

 すっごく恥ずかしい。何にも気にしていなかった自分が恥ずかしい。


「あぁ、もう一つ言い忘れてた」

「何?」

「多分、春川さんは、もともとは本当に優しい人だったと思うんだけど、ある日突然変わったって感じかもしれないってことだな」

「え?そうなの?」

「うん。多分そうだと思う」

「……すごい」


 思わず声に出してしまった。

 本当にすごい。どこまでも何でも分かってしまう天才。私には全く追いつけない天才。


「ま、まぁあくまでも推測だから、決して他言しないでくれよ?」

「う、うん。分かった」

「頼んだ」


 あくまでも推測か……。それにしては的を射すぎているようなきがする。

 でも、私と海斗君の秘密みたいな感じで、ちょっと面白いかも。




「「ごちそうさまでした」」


 全て食べ終わった私たちは、お皿を運んでソファーでくつろぐことにした。


「やっぱり朱音は料理上手いよな」

「え?あ、ありがとう」


 急にそう言うことを言われると、どうしても照れてしまう。


「もうそろそろ俺、帰ろうかな」

「あ、うん。そうだね、そろそろ帰った方がいいよね」


 時計を見ると、8時半を回っていた。


「それじゃぁ、また明日ね」

「おう、また明日な」


 そう言って、海斗君は自室(隣の部屋)へと帰っていった。




「はぁ。何だか今日は、色々あって疲れちゃったな」


 本当に色々あった。


 海斗君がイケメンで噂のお隣さんだったこと。


 その海斗君がやっぱりすごくモテること。


 海斗君と一緒に夜ご飯を食べたこと。



 泉ちゃんの秘密。


 数えることのできることだけでもこんなにたくさんあった。

 海斗君は泉ちゃんのことを恐らく好きではない。ただ単に謎があるからそれが気になっているだけだということだ。

 そして、泉ちゃんは何か事情を抱えている。

 何よりも、一番の収穫と言うか、一番のやるべきことは、



「泉ちゃんと、その好きな人をくっつけてしまうこと」だ。



 もしも仮に、海斗君が泉ちゃんを好きだった場合でも、さすがに付き合ってしまえば関係はなくなるはずだ。そして、私にチャンスが恵まれることになる。


「狙うはやっぱり学園祭…かな」


 確かあの行事は、この学校でトップレベルの告白数の多さで、そして成功率の高さだったはず。噂だけど…。


 そして、もう一つの収穫。それが、「海斗君とお隣さん」だということだ。

 これは、元カノというハンデをも覆すことのできるアドバンテージだ。


「まだ神様は私を見捨ててはいない。それなら、神様が見てくれている間に少しでも進展させないと…」


 お隣さんなら何ができるかな……。やっぱりご飯はごちそうしてあげられるよね。それからお弁当も渡すことができるかな。

 後は、掃除とか洗濯とか家事類全般もできるよね。他にもまだまだ可能性があるよね…。


「よし。明日から早速行動に移してみようかな?私が海斗君のことを好きだって悟られないように、ゆっくり慎重に頑張ろう!」


 私は、自分に言い聞かせるように言った。

 まず初めに、やっぱりアドレスを聞かないといけないかな?

 昔の携帯の番号も忘れちゃったし。連絡先がまったくないもんね。


 私は明日のことを考えながら、ゆっくりとお湯につかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る