第34話

 朝、滅菌スーツの人間が2人、室内に入室した。入室してきたのは、レイの担当医関口ドクターと山中看護副主任である。2人は室内でレイに点滴を射ち、そのまま室内でレイの各種データを採取している。

 私がこの部屋で看護活動を開始して以来、初めて何もしない状態が続いている。

 昼過ぎに、ベッド脇のモニターに映し出される波形に乱れが生じた。関口ドクターの指示で山中看護副主任がナースステーションに連絡する。

 しばらくして、滅菌スーツの人間が3人入室してきた。

 山中看護副主任が、室内の収納庫からパイプ椅子を出して3人を座らせた。椅子を包む「滅菌処理済み」と印刷されたビニール袋が破られ、ディスポーザーに押し込まれる。

 3人はレイの両親、新城涼介と新城恵子、そして祖父の新城啓太郎だ。


 レイの不整脈の発生回数と間隔の短さ、その他のバイタルデータの数値の結果、彼らは呼ばれたらしい。


 壁から伸びるパイプが、レイの口元を覆う酸素マスクへと酸素を供給している。

 ベッド脇のモニターは、脈拍、呼吸、心電図の3つの波形を記録し続けている。


 レイが、うっすらと目を開けた。

 レイの両親が腰を上げ声をかける。

 弱々しく目を開けて見やるレイ。僅かに首を動かしてベッドの周囲を見回す。

「わかる? 黎! お母さんよ」

 レイの母親が移動したため、レイの視界に壁際に座る私の姿が映ったらしい。酸素マスクの下でレイの口元が笑った。

 レイの右手が動く。手元のパッドを触ろうとしたのだろう。

 だがレイの母親は、その手を握りしめた。離そうとしない。

 レイの視線は私に向いている。何かを言いたそうにしている。

 レイの呼吸曲線に乱れが生じた。

「がんばって!」とレイの母親が叫ぶ。

 関口ドクターが山中看護副主任に指示を出す。用意された器材の中から素早く注射器とアンプルをドクターに手渡す。


「レイ、頑張ってください。あなたが居なくなると、私はとても悲しいです」


 その場の全員が驚きの表情で私を見た。

 そして、それまで苦痛の表情だったレイが、酸素マスクの下で大きく笑い出した。

「マリア、やっとホワイトライが言えるようになったんだね! これで他の人のホスピスもできるよ!」

 かすれ気味の小さな声だったが、はっきり聞こえる声を出してレイは言った。

 レイはしばらくの間嬉しそうに笑い続け、そして一言「楽しかった……」と言葉を残して、目を閉じた。

 脈拍、呼吸曲線、心電図波形がフラットになり、心拍数と呼吸数が0となった。


 レイの生命反応は停止した。

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