第21話

 その後レイは毛布を頭までかぶり、しばらくじっとしていた。

 だが、眠ってはいなかった。

「マリア、眠れないから、お話していい?」

 レイからの問いかけに私は答えた。

「問題ありません」


 毛布から顔と腕を出したレイは、私を見上げて言った。

「マリア、手握って」

「了解しました」

「ちょ、ちょっと強い! もっとやさしく。うん、それくらいで」

 私は握力の設定に現在の数値を追加した。

「あのね、マリア、絵を描いてる時はね、嫌な事を忘れていられるんだ。でもじっとしてると、いろんな事考えちゃって……」

 レイの目から涙が流れてくる。

ウォンさんはさ、凄くいい人だったんだ。香港の天才的なゲームデザイナーで、僕も名前知ってるくらい有名な人で」

 レイはパジャマの袖で涙を拭いながら話を続ける。

「僕がここに入院する前に、黄さんからコンタクトきたんだ。僕は黄さんの事知ってたけど、まさか黄さんの方から連絡くるなんて思わなかったからびっくりした。でも知らされた内容はもっと驚いたよ。というかね、嘘だと思った。誰かのイタズラか嫌がらせじゃないかって」

 レイは姿勢を変えて両手で私の手を握ってきた。

「僕の病気の、造血能力と免疫能力が極度に低下している事、よく知ってた。でね、『信じなくてもいい。信じたくなったらコンタクトして欲しい』ってメッセージにあって」

 レイは話を一旦区切り、呼吸を整えてから話を続けた。

「入院が決まってからコンタクトしたんだ。黄さんから伝えられた内容はショックだった。最初は『嘘だ! 信じない!』って思った。だって病気の原因が自分の親のせいで、しかもあと数年しか生きられないなんて、絶対嘘だと思いたかった! 信じたくなかった!」

 私の手を握るレイの力が強くなる。

「最初は半信半疑だったよ。でも自分でも調べていくうちに、こっちが本当なんだってわかってきた」

 レイの目からまた涙が流れ出てくる。

「自分の才能は自分の実力じゃなくカネで獲得したインチキな代物で、この病気はまるでインチキのバチが当たったみたいで、すごくすごく惨めだった。前の友達とも連絡できないくらい、惨めで恥ずかしくて情けなくて、いっそすぐに死んだ方がいいって思った」

 そこまで語ってからレイは話すのを止めた。そしてまた呼吸を整えて話し始める。

「でもね、黄さんは僕たちに言うんだ。『我々は残酷な現実に生きている。だが我々は残り時間を知っているだけ有利だ、幸せだ。我々の不幸は他人から押しつけられた理不尽なものだが、その才能は自分だけの物だ。我々が生きていた証を、その才能でこの世界にしっかり爪痕つめあとを遺してやろう。ただし、運命を押しつけて来た者たちには落とし前をつけさせてやる。それは俺の役目だ』って」

 黄の事を話すレイの表情は明るかった。

「黄さんが次々に情報戦を展開していくのは、見ていて痛快だったし勇気をもらった。だってあの国だよ。命懸けのゲームだから。中国国内だけでなく、日本や世界中が、事実に気づいてくるその過程を見てきて、人間は1人でもここまで戦えるんだって、ホント凄いなって思ったんだ。黄さん、よく言ってたな。『世界は残酷だが美しい』って。黄さんの活躍見てたら、僕も頑張れるかなって、ちょっと思ったり……」

 そこまで語ったレイは、また黙り込んだ。1分以上黙ったままのレイは身体を震わせ、急に半身を起こして私に抱きついてきた。

「やっぱりいやだよ、さみしいよ、家に帰りたいよ! 怖いよ、怖いんだよ! 死ぬの怖いんだよマリア!」

 レイは私の胸に顔を押しつけ、声を上げて泣き続ける。

 3分経過して、泣き声がおさまった。胸に顔を押しつけたまま、しゃくりあげながらレイは言った。

「マリア、一緒に、寝てくれる?」

「了解しました」

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