第18話

「みんな大変なんだよ。誰だって自分の家族が大好きだし、楽しかった日々を否定したくないし、告発する事で家族に迷惑かけたくないからね」


 非合法な手段で才能ある子供を得たという非難を恐れ、有力者である親族が自分の子供に起きた悲劇を隠蔽いんぺいする場合も多い。レイの家もそのうちの1つだという。

 芸術関連に才能が現れたレイは、天才的なボーイソプラノの持ち主として世界的に高い評価も得ていた。そして10歳にして有名な絵画展で賞を獲得した。


「僕は性格的に『戦う』とか苦手なんだけど、戦っている仲間たちはホント凄いと思うよ」


 レイによれば、ウォンという青年がリーダーだったという。


 黄は劉教授の論文が発表されてすぐに、存命中のデザイナーベイビーたちを特定し、彼らが当局から目につかないような連絡手段まで構築した。ネットゲーム内に秘匿性の高い空間を構築し、そこをメンバー制会議室としたのだ。黄はゲームデザイナーであり天才的な戦略家だった。

 その会議室内では活発な情報交換が行われた。だが構築された当初は52名いたメンバーは、昨年末までに9名減少した。


「黄さんは言ってたよ。『我々は悲劇の主人公かもしれないが、他人から見ればチヤホヤされた金持ちの子供でしかない。同情も共感も得にくい』って」


 黄は戦略を変更した。

「党の幹部と一部の資本家が袁研究所の遺伝子操作技術を独占する事で、現在の支配階層を永続的なものにしようとしている」というデマを流布したのだ。

 このやり方は成功した。なにより袁研究所が謎の失火で消滅し、袁教授の消息まで不明となっていた事が噂の後押しをすることになった。当局による隠蔽工作が逆効果になったのだ。中国国内だけでなく外国の報道機関も、中国国内の遺伝子研究に注目した。そして黄が蒔いた偽情報は、そこから劉教授の論文と袁研究所の実態へと、巧みに誘導されるように仕掛けられていた。


 だが、黄の活動もそこまでだった。先月末に黄の容態は急速に悪化し、そして元日の夜に亡くなった。18歳の天才ゲームデザイナー死去と、ニュースでは報じらたという。


「黄さんは凄い人だったよ。みんなを勇気づけるために、彼は命懸けで世界を相手にゲームをやってのけたんだよ」


 レイは端末の画面と私を交互に見ながら説明を続けていた。

 レイの説明により、私の中のレイに関するデータベースが増加していった。これらはレイの看護のために必要になるデータと推定される。


 だが、私はレイの会話を中断する必要があった。


「あと60秒で01時00分になります。睡眠時間が6時間以下になりますと、健康状態に影響が出ます。就寝を進言します」

「えー! まだいいでしょ?」

「だめです。就寝を進言します」

「今すごくいい感じになってるんだ。このまま描き続けたいな」

「だめです。就寝を進言します」

「やだよ! まだ描きたいんだ!」

 私の中でモードが切り替わった。


「なにやってるんですか! いいかげんにしなさい! 怒りますよっ!」


 レイは驚いた表情で端末を掴んだままベッドに飛び乗り毛布をかぶった。

 そして毛布から顔だけ出して言った。

「びっくりした。『怒る』機能もあるんだ」

 レイがベッド上にいるので、私のモードが通常に戻る。

「診療に関連する事項を看護対象が故意に否定する時、3度警告を与える設定になっています。3度目の警告を無視した時、モードが切り替わります」

「へー、じゃあそれも無視したらどうなるの?」

「ナースステーションへ報告する設定となっています」

「なるほどね。あとさ、マリア……ゴメン……服、着ていいよ……服着てください、お願いします」

「了解しました」


 私はレイの指示に従いナース服を着る。マジックテープで服の前面を留めて着衣が完了し、所定の位置に座る。

 レイは毛布から顔だけを出して私を見ていた。

「なんか、すごく、悪いことをしているような気がしてきた」

 レイの心拍数が100を超えている。

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