第2話

 記憶メモリーにあるその部屋での最初の記録レコードは、全身を滅菌スーツに覆われた2体の人間と、パジャマ姿の1体の少年が私をのぞき込んでいる映像だった。


 視覚デバイスが正常に起動した私は、滅菌スーツのバイザー越しに見える男の顔の確認を開始する。バイザーの曲面の歪みを補正、男をシステム管理者ドクター坂上正明と認識、起動ステージ2を開始。

「私はナーシング特化型アンドロイドプロトタイプ1.023。ベース機体情報は」

「おい! そこはスキップさせとけと言ったろ!」

「すみませんっ!」

 もう1体の滅菌スーツの男が手元の端末を操作する。その男の顔の確認を開始。バイザーの曲面の歪みと眼鏡の情報を補正し、システム副管理者ドクター吉野浩と確認。私の起動プロセスはリブートしても基本箇所がスキップされるよう設定が更新された。


「はじめくん、こっち来てごらん。今日から我々に代わって君のお世話をするマリアだ。よく顔を見せてやってくれ」

 滅菌スーツ姿のドクター坂上の背後から私を覗き込んでいた少年が、その言葉に従い視界の中央に移動した。

 認証開始。バイザーによる歪み補正の必要なし。メモリー登録データと合致、軽度の補正をかけて更新保存。データ確認、新城黎しんじょうはじめ14歳と認証。

「認証完了しました、マスター」

「ねえ、このお姉さんホントにロボット?」

「そうだよ、君の看護を付きっきりでやってくれる看護師さんだ。『マリア』って呼んでやってくれないか。ちゃんと反応するから」

 少年はドクター坂上と私を交互に見てから、一度深呼吸をして私に語りかけた。

「えと、こんにちは、はじめまして、マリア?」

「はじめましてマスター」

「僕のことマスターだって!」

「ああ、マリアは君の指示を最優先で聞くように設定してあるからね。何かあればまずマリアに声をかければ大丈夫。すぐ対応してくれるよ」

「俺たちこれ着て部屋入るまで時間かかるからね」

「お前は黙ってろ!」

 ドクター吉野が滅菌スーツの中で首をすくめた。その後ドクター吉野は「怒り」もしくは「憎しみ」に分類される表情を作ってすぐに消した。横にいるドクター坂上の視界には入らなかった。


はじめくん、どう? 気に入った?」


 マスターたちの背後、ベッドの脇にあるデスク、その上にある端末の画面から声がした。

 端末の画面は2つに分割されている。1つはナースステーションにいる女性看護師たちの映像。もう1つの画面には先程まで私の上半身が映っていたが、今は大きく移動し、この部屋の壁面を映している。振り向いたドクター坂上の右肩上に設置されているカメラの映像だ。

「これから黎くんの指示に従わせるテストを行うんだから、少しはおとなしくしてくれよ……どうした黎くん」

 新しくマスターに追加されたパジャマ姿の少年は、ドクター坂上の滅菌スーツの袖を引っ張って言った。

「あの、この人ずっといるの?」

「そうだよ。朝の5時から7時まではメンテナンスのためそこの前室経由でいなくなるけど、それがどうした?」

 少年は顔を赤くしてうつむきながら言った。

「だって、なんか落ち着かないよ。こんなキレイな人が……」

「ちょっと! 私たちの時にはそんな事言わなかったじゃない!」

「ひどいなー黎くん、私人形に負けちゃったの?」

 端末の画面から看護師たちの笑い声が聞こえる。ドクター坂上は「頼むから静かにしてくれ」と画面に向かって大声で話す。

 少年はうつむいたまま、私を上目遣いで見ている。顔は赤い。心拍数がわずかに上昇しているのが少年のブレスレット型端末から伝わってきた。

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