第11話

 ベッドに接している壁の一部をスライドさせた。気圧差で空気の入る音がする。

 上部と側面がクリア素材で構成された、長さ150センチ、高さと奥行きが100センチのグローブボックスが現れた。そのスペースにレイの左腕を入れる。

 私の内部にナースステーションからの指示が届く。指示された器具と薬品を室内の保管スペースから抜き出し、レイの左腕が置かれたグローブボックス内に全て並べた。


 グローブボックスの向こう側、無菌室の隣室に、夜勤当直のドクターと看護師が1名ずつ入室した。看護師は携帯端末に表示される数値を読み上げ、ドクターはグローブボックス壁面に取り付けられているゴム手袋に両腕を入れた。

 両手を閉じて開く動作を3度繰り返してから、ドクターはレイの腕をアルコールで消毒し、最初に採血を、次に薬剤を注射した。


「ま、様子見だな」ドクターはそう言った。

 経過を観測し報告せよ、という意味である。

 特に指示が無い限り、05時00分までは看護活動は継続する設定であるため、問題はない。


 隣室からドクターと看護師が退出した。私はレイの左腕をベッドに戻し、グローブボックスへの扉を閉鎖する。

 採血管をカプセルに入れてナースステーションへの移送パイプに流し、使用済みの注射器や薬剤容器などをまとめてダストケースに入れた。


 ベッド上のレイの発汗量が多いため、清拭せいしきしようとタオルを取りに移動しようとしたところで、レイに呼び止められた。

「マリア、ここにいて、お願い」

 小さな声だった。

 私はベッド脇に戻り、しゃがんだ姿勢をとる。

 看護の規定にある通りに、患者と目の高さを合わせ、声を聴き取りやすくする。

「離れ……ないで……ここに……いて……」

 発熱と呼吸の乱れで、声が聴き取りにくい。

 レイは右手で私の手をつかむ。

「みんな……壁の……向こう……誰も……触って……くれない……」

 手を掴む力が強くなる。

「1人は……気が変になりそう……だから……マリアがいてくれて……うれしい……」

 涙で濡れた眼で私を見て、レイは言った。

「お願い、マリア、ずっと、そばにいて」

 そのコマンドは明瞭めいりょうに聴き取る事ができた。

「了解しました」

 私は言った。

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