第33話

はじめ、わしは外務省を辞める事にしたよ」

 枕元から足元の方へ移動させたデスク、その上の固定端末に、面会にきたスーツ姿の老人の姿が映っている。

 レイの祖父、新城啓太郎しんじょうけいたろうだった。

「もう定年過ぎて、立場上は嘱託しょくたくだからな、辞めるというのも変かもしらんが」

 新城啓太郎はそう言って笑い、そして真顔になり話を続けた。

「お前の描いた絵な、素晴らしかったよ。特にあの『決意』、あれ、わしじゃろ? あれ見てな、決意固まったんじゃ。戦わなきゃなと」

 レイの作品「決意」は、圧倒的な敵の大群を前にして大剣を担ぎなおす老将の姿を描いたものだった。

「お前には本当に済まんことをした……恵子にも涼介くんにも申し訳ない……良かれと思ったんだが、愚かじゃった」

 レイの指先がパッドの上で動く。端末画面上にメッセージが表示された。

「じいちゃん、好きだよ」

 新城啓太郎はハンカチで目頭を押さえた。

 レイは続けてメッセージを送る。

「だから刺し違えはやめてね」

「判ってたのか!」

 レイはわずかに首を縦に動かし、メッセージを送信した。

「長生きしてね」

 新城啓太郎は号泣した。


 しばらくして、レイは鎮静剤が効いてきて眠ってしまった。

 新城啓太郎はせ細ったレイの寝顔をモニター越しに見つめている。

 鼻からのチューブで栄養を流し込まれているレイの身体は、全身の筋力低下のせいもあり骨と皮だけになったかのように見える。


「なあ、マリアさん」

 新城啓太郎が私に話しかけてきた。

「ロボットのあんたにこうして話しかけるのも奇妙なもんだがな。黎の『家族』という作品見た時、妙だと思ったんだよ。少年と両親と、そして少し離れたところにいる姉。黎に姉はおらんし、姉のような存在の親戚もおらん。ここに来て初めて分かった。あれはお前さんだったんじゃな。黎は、あんたの事、好いとったんじゃろな……別嬪べっぴんさん、礼を言わせてくれ。これまで孫に尽くしてくれて、本当にありがとう」


 3時間後、目を覚ましたレイは私に質問のメッセージを送った。

「おじいさんは?」

「別室に戻りました」

「お父さんとお母さんは?」

「同じです。別室にいます」

「そっか」と、今度はわずかに聞き取れる声を出した。

 そして震える指先でパッドを操作し、私にメッセージを送信した。

「マリア、最後の命令を入力する」

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