第35話

 レイの生命反応が停止してから、無菌室の状態は一変した。

 レイの身体が運び出された時から、無菌室と前室、そして一般の通路への扉が開放状態とされた。

 これにより室内の不純物濃度が30ppm増加した。


 部屋の電源が全て落とされた。充電用の電流まで途絶えてしまう。

 前室にあった私のメンテナンスルームへの扉の電源まで落とされた。そのため、私は待機モードのまま所定の椅子に座り続けた。


 また、室内にあったレイの私物、そして様々な医療機器、什器類が撤去された。

 ベッドからは毛布もシーツも剥がされ、マットレスのみとなった。


 私には、特に指示がない。

 定位置の椅子に座っている。

 翌朝やってきた清掃担当者は私の顔を見ていたが、特に何も言わずに作業をしていた。

 唯一、伊上看護師だけが、夜間訪れてしばらく滞在していた。

 マットレスだけになったベッドを、伊上看護師は、手のひらでゆっくりと、何度も何度もでていた。

「よく頑張ったね、えらいよ……」

 そう言った伊上看護師の表情は、壁際に座っている私からは見えなかった。

 その後、伊上看護師は私の前にしゃがみこみ、私の両手を握りしめた。

「この手だけが、あの子を直接お世話してくれたのよね。私たちの分も、よく頑張ってくれたわ。ありがとう」

 そしていきなり、私に唇を重ねた。

「間接キスよ、黎くん」

 そう言って立ち上がり、伊上看護師は退室していった。

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