第13話

 看護活動12日目。現在は10時31分。

 今朝の点滴も終わりに近づいている。


 レイはベッドに寝たまま、端末から流れる歌を聴いている。体温は37.3度だがレイは元気であるらしく呼吸数は一定だ。既に同じ曲を5回連続して聴いており、3回目と4回目は聴きながら一緒に歌っていた。

 6回目を聴いている途中で点滴が終了した。私はナースステーションに点滴終了のコールを送り、グローブボックスの扉を開けた。

 レイは半身を起こし、自分から左腕をグローブボックス内に入れて待つ。


 コール3分後に端末を手にした看護師が隣室にきた。

「あらはじめくん、さっきと違って元気そうね」伊上看護師より1年後輩とデータにある林看護師が言う。

「あ、それ『第九』ね! いいよねそれ!」林看護師がレイの聴く歌に反応した。

「林さん、『第九』好きですか?」

「そうね。以前動画配信で見たけど、なんか気持ちアガるよね」

 点滴の抜針をしながら林看護師は答えた。

「僕も好きです。今年はステージに立ちたかったんだけど……」

「ああ……」

 2人の会話はそこで終わる。

 私は終了した点滴の容器、針、アルコール脱脂綿などをグローブボックスから移しディスポーザーへと処分した。スタンドは部屋の隅に移動する。

「じゃ、1時間は止血帯そのままでね」

 そう言って林看護師は隣室から出る。私はグローブボックスへの扉を閉鎖した。


 しばらくはうつむいて無言だったレイは、顔を上げて笑顔で私に質問した。


「マリア、ドイツ語わかる?」

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