第7話

 モニター巡回の後しばらくしてから、照明が消えたままの暗い無菌室内でレイは私に問いかけた。

「ねえマリア、さっきの看護師が、僕がちゃんと寝てるかどうかいたら、どう答えた?」

「現在私が指示に従うのはドクター坂上とドクター吉野、そしてレイだけです」

「いや、今の設定はそうなんだろうけど、そうでなかったらマリアならどう答えたのかなと思って」

「どのような返答を設定されますかマスター?」

「『寝てます』って言って欲しいんだけど……あれ? マリア? 質問に答えて! ひょっとして僕は今マリアの管理者権限持ってる?」

「はい、持っています」

「ホント! じゃあログインできる?」

「可能です」

 私はレイにログイン手順を伝えた。レイは即座にベッドからね起き、手元の端末を操作した。

「マリア……入るよ、いい?」

「問題ありません」

 レイの指が端末の上で動く。

 私のシステム内部へ、目の前のレイと同一のIDが侵入したのを私は検知した。

 レイは、最初はおずおずと、やがて自信に満ちた動きで、私の内部構造を調べはじめた。

「すごい! ホントにスーパーバイザー権限だよ! 設定変えたのに僕の事マスターって呼んで判断仰ぐからまさかと思ったら……吉野さんまたいい加減な事を…坂上さんに絶対怒られるよこれ」

 端末の操作を続けるレイの心拍数に、緩やかな上昇が確認された。

 そしてレイは、端末から顔を上げて元気よく私に問いかけた。

「マリア、設定変えていい?」

「問題ありません」

 レイはベッド脇の照明を点けてから私に言った。

「じゃあマリア、こっちきて、ここに座って」

 私は定位置から立ち上がり、ベッドへ移動した。レイの指示に従いベッドに座る。照明が近い。

 レイの視線は私の顔と端末画面を何度も何度も往復した。その都度レイの指は端末上で細かく動く。

 その作業は23分後に終了した。

「うん、いいねこれ。マリア、どこ変えたかわかる?」

「私の眉、目、口の設定です」

「ちょっとだけ、表情を柔らかくしてみたんだ。マリア、鏡見てみる?」

「その必要はありません」

「そっか、自分でわかるもんね。今の表情をデフォルトにしたから」

「設定変更、確認しました」

「この方が……キレイだし……」

 そう言ってレイはベッド脇の照明を消した。

「ねえマリア、お願いがあるんだけど」

 暗くなった室内のベッドの上で、私の横に座った姿勢でレイは言った。ささやくような声だが、距離が近いので音声認証には問題ない。

「夜、消灯時間になったら、今みたいにここに座って欲しいんだけど……ダメ?」

「物理的、法的、医療倫理的な問題が無い限り、命令は有効です」

「命令ってイヤなんだ。だからお願いするね。消灯時間になったらここに座って」

「了解しました、レイ」

「ありがとう。まだ少しお話したいんだけど、いいかな」

「問題ありません」

「じゃあ、僕ベッド入るから、そのままでいてね」

 そう言って少年は毛布を被り就寝の準備に入った。

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