第5話

 看護活動3日目。現在は20時38分。あと22分で消灯となる。

 私は消灯後もこの無菌室に翌朝05時00分まで待機するよう設定されている。


 少年はベッドに座った状態で話しかけてきた。

「ねえマリア?」

「なんでしょうマスター」

「今からナースステーションにコールして、怒られないかな?」

「コールの時間制限は規約にありません」

「そうだよね、規約違反じゃないもんね」

 少年はそう言うとデスクの固定端末からナースステーションにコールを入れた。

「はい、ナースステーションです。どうしました?」

 モニターに出たのは山中看護副主任だった。

「あ、山中さん。あの、伊上いかみさん、います?」

「なに、どうしたの?」

「あれからどうしてるかなって、ちょっと心配で……」

 モニターの中で山中看護副主任は笑いながら伊上看護師を呼んだ。

「伊上さん! あなたの主治医がメンタルヘルスを気にかけてくれてるわよ、はやく来なさい」

 疲れた表情の伊上看護師がモニターの中に現れた。

「まったく、患者さんに心配される看護師なんて。伊上さん、私休憩室でコーヒー飲んでくるから、15分だけここお願いね。何かあったら必ず呼び出すこと。じゃあ、よろしくねはじめくん」

 そう言って山中看護副主任はナースステーションから出て行った。

「伊上さん大丈夫ですか? だいぶ怒られてたみたいですけど……」

「最悪よー、勤務入ってすぐ大目玉で、1時間近くも説教くらったんだもん。今日の長い夜勤ずっと山中っちと一緒だと思うもう憂鬱で憂鬱で……あ、描けたんだ、マリア」

 少年は手元の端末の画面を、固定端末のカメラに向けていた。

「描き上がったから伊上さんに見せようと思って。見たがってたから」

 鼻の頭を指でかきながら少年は言う。

はじめくん、さすがに絵上手いよね。変な言い方だけど、このマリア生きてるみたい。ね、これマリアに見せた?」

「見せたけど……『認証できません』って言われちゃった」

 2人は一緒になって笑った。

「ところで、これ」そう言って少年は端末画面をスライドした。

「え! 何これ私? 描いてくれてたの? ありがとう! でもいつ描いたの?」

「あの後、マリア描き上げてから。これそっちに送りますからアドレス教えてください」

 伊上看護師が教えた送信先に、少年は自作の画像ファイルを送信した。

 伊上看護師は自分の携帯小型端末に送られてきた画像ファイルを開いた。画面に顔を近づけてたり離したりしながら画像ファイルを見ている。

「これうれしい! なんかキレイに描いてくれてありがと。でもなんか胸の線とかエッチぃよ。キミが普段どこ見てるかわかるよね……あ!」

 伊上看護師は小さく叫んだまま5秒停止して言った。

「キミずいぶん自然に私から連絡先聞き出したわね。ひょっとして、ナンパの腕すごくない?」

「違います違います! そんなつもりじゃ」

 少年は端末の前で両手を振りながら否定した。

「他にもいっぱい絵描いて連絡先聞き出してるんじゃない? 明日みんなに訊いてまわろうかな?」

「やめてください! お願い!」

「なんてね、冗談よ。キミがそんな子じゃない事くらい知ってるから。私がドクターと副主任に怒られてたから、慰めてくれるためにこの絵描いてくれたんでしょ?」

 そう言った後、伊上看護師はナースステーションを見渡して、大きく呼吸してから言った。

「キミね、絶対にそこ出なさい。治って、元気になって、退院しなさい! そしたら私がエッチなことしてあげるから」

「なに言ってるんですか伊上さん! 酒飲んでるんですか?」

「飲んでるわけないでしょ勤務中よ! 私ね、もうイヤなのよ……前にもキミみたいな子がいてさ……優しくていい子なのになんで……いい、これは命令よ。何年かかってもいい! 元気になってそこを出なさい! 私がおばあちゃんになる前に!」

「はい……」

「それと」伊上看護師はまた一度大きく呼吸して言った「啖呵たんか切っちゃったけど、やっぱ恥ずかしいわ。もうすぐ消灯だから、はやく寝てね」

「はい、おやすみなさい」

 固定端末の画面はナースステーションとの接続が切れ、画面は暗くなった。

 天井のスピーカーから消灯のアナウンスが入り、無菌室のメインライトが消灯しても、少年は端末の画面を見ていた姿勢のままだった。

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