どうして吸血鬼が絶滅に瀕しているのか?
気を失ったシェルを腕に抱いたまま邸宅へ戻ると、俺とシェルの帰りを待って出迎えてくれたパシフィー、メリア、ペテシアの三人に怪訝そうな顔をされた。
三人にシェルの部屋の場所を聞いて、シェルを彼女の部屋のベッドに静かに横たえさせた。
廊下に戻ると、メリアが俺を睨んで口を開く。
「どうして、シェルを抱いてたのよ?」
申し訳なさいっぱいで俺は答える。
「ゲームセンターで気絶させちまった」
俺の忸怩たる思いを察したのか、途端にメリアの目に焦慮が浮かんだ。
「シェルに何があったのよ?」
メリアの両隣にいるパシフィーとペテシアも、心配げに問うような目を注いでくる。
俺はゲームセンターで起きた出来事と、シェルが気絶した経緯を話した。
「あんたが悪い」
メリアは話を聞き終わるなり、詰るように言った。
「あんたがちゃんと説明してれば、シェルは気絶まではしなかった」
「ごめん」
言い訳する余地もなく謝る。
シェルの抱える事情も考えずに怖い思いをさせてしまった。知っているつもりで少しでも笑顔になってもらおうと、などとぬかしていた。
結局俺は、シェルを含めて四人の事を何も知らなかったんだ、と痛感する。
「祐介さん」
パシフィーが優しいトーンの声を出して、俺を見つめる。
「自分をあまり責めないでください。銃の事を話していなかった私達がいけないんですから」
「でも……」
俺に呵責がないわけないじゃないか。先週の夜にメリアから過去を打ち明けられたときに、もっと深く四人について訊いていたなら、銃の事だって知れたはずなのだ。
「どうしてシェルは銃に対して、あそこまで怯えたんだ? 三人も銃は恐いのか?」
知らず、口をついて質問していた。
「それは……」
「直接、訊いた方が良いと思う」
俺の疑問に答えようとするパシフィーを遮って、ペテシアが割り込むようにして提案した。
確かに、怖い思いをさせてしまった相手に直接尋ねる方が、謝る身としては正しいかもしれない。
他人から勝手に聞き出すのは、テリトリーに無断で踏み入るみたいで、本人にはさぞかし迷惑だろう。
俺はペテシアに頷いた。
邪魔になるからという理由で、パシフィーとペテシアとメリアはそれぞれの部屋に引き返していった。
三人が去って俺が部屋に残ってから小一時間すると、身じろぎもしなかったシェルが呻きを発し、のそりと上体を起こした。
「私はなんでここにいるんだ?」
気を失っていたとは思えぬ、朝の眠りから目覚めたような何の苦しみもない口調でシェルは呟く。
「起きたか、シェル」
ベッドの傍から話しかけると、シェルは大きく目を見開く。
「そうだった。お前の顔を見て思い出したぞ。たしか、お前が銃を持って……」
話し出すなり、シェルは身体を震わせる。
どうやら思い出すだけでも怖いらしい。
「大丈夫だ。もう銃はないぞ」
安心させるため両手を広げてみせた。
シェルはベッドの上で少し身を引いて、俺の身体を眺め回す。
「ほんとに、持ってないな?」
「ああ。持ってない」
「そうか。ならいい」
「というか、あれは銃に似せただけのコントローラーだぞ」
「なんだと。それでは本物の銃ではないのか?」
「ああ」
はあ救われた、とシェルはあからさまに安堵の息を漏らした。
「それで、身体の具合はどうだ?」
何を気遣ってあげるべきか迷いながら、俺は平凡な言葉で訊いた。
「なんともないな」
「よかった。突然気絶するから心配したんだぞ」
気絶させた原因が自分の無思慮にあることも加えて、心が呵責で押しつぶされるようだった。
俺はシェルの正面に回り、深々と頭を下げた。
「ごめん。お前の事何も考えないで、怖い思いをさせてしまって」
「頭を上げろ」
言われたように頭を上げると、シェルの億劫そうな顔があった。
「私はお前に謝ってほしいなんて言ったか?」
「言ってないけど、謝らないといられなかったんだ。悪いことしたからさ」
「結果的にああなっただけだ。私が銃を怖がっていることを知らなかったのだろう?」
「知らなかったから、で済ましちゃダメだと思う」
二度とこんなことがないように、俺は四人の事をもっと知らなければならない。
吸血鬼四人を守れる人間は、松尾家の俺ぐらいしかいないだろうから。
「だから銃に怯えた理由を教えてくれないか?」
何の含みもなく俺は尋ねた。
知っているつもりはもう嫌だ。
「銃を怯えた理由だと。そんなこと知ってどうするつもりだ?」
俺の顔から悪意を見抜こうとするように、シェルは目を眇めた。
「知らないと、皆を傷つけそうだからだよ」
「傷つけそうか。血盟者に宝石みたいに扱われてれる私達は幸せ者だな」
少し照れるように言って、ニッと笑う。
そして次には意を決した顔つきになった。
「教えてやる。私が銃に怯えた理由」
「ありがとう」
「私達が五十年前に日本に来たことは、メリアから聞いてるらしいな。間違いないか?」
「ああ」
四人が五十年前に日本に行き着き、俺の曾祖父の代からこの邸宅に匿われていたことは、先週にメリアから聞いた。
「なら、その辺の事情は話さなくていいな。すぐに本題に入るぞ」
ほぼ前置きなしで、シェルは話し出す。
「どうして私が銃が苦手なのか。それは死ぬのが怖いからだ」
「吸血鬼は銃で撃たれると死ぬのか?」
「そうだ。銃は吸血鬼が最も恐れる武器だ。何故だかお前にわかるか?」
知恵を試すような口調で問うてくる。
うーん、どうしてだろう。
「わからないという顔だな」
「ごめん、ほんとにわからない」
人間よりも遥かに強いはずである吸血鬼が、銃を手にしたとはいえ人間に負けるところが想像できない。
「例えばの話だ」
シェルはそう言って、右手の人差し指を垂直に立てた。
「右手のこの指が吸血鬼だとするぞ」
続けて左手の人差し指を水平に立てる。
「左手のこの指が銃だとするぞ」
右手の人差し指を左手に近付ける。
「こうなると撃たれるだろ」
次に右手を上に浮かせた。
同時に左手を人差し指ごと水平から斜め上に傾けた。その人差し指の直線上に右手の人差し指がある。
「バン」
銃声を口真似すると、右手の人差し指をゆっくりと降ろしていく。
「翼で宙に浮かぼうと、奴の範囲内だ」
どうしようもない虚しい現実を告げるかのような静かな物言い。
奴とは銃全般のことだろう。憎しみ故か、いつの間にか呼称も変わっていた。
たとえ話が終わったのだろう。人差し指を立てていた手を、上半身を支えるようにベッドにつける。
「理解できたか?」
「ああ」
銃は吸血鬼にとって、逃れようのない象徴する兵器。
ゲームセンターで俺が手にしたのはゲームのコントローラで銃としては使えないが、外見はよく似せてある。五十年間、外界に触れていなかったシェルが実銃と思うのも無理はないかも。
「ほんとうにごめん」
罪悪感がこみ上げ、そんな言葉が口を衝いて出た。
不本意と言いたげに、シェルは顔をしかめる。
「謝ってほしい、なんて言ってないぞ」
そうだった。シェルは俺に謝ってほしいんじゃなかったんだ。
「なら、俺は何を言うべきなんだ?」
「そんなの決まってるぞ」
シェルは言い切ると、途端に花咲くようなそ笑みを浮かべた。
「不運もあったが、中々に楽しかったぞ。感謝する」
「どういたしまして」
嫌われこそすれ、感謝されるとは。
それはそれで、世界にただ一人の四人を守る血盟者として嬉しい。
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