エピローグ
四人の邸宅が崩落があった日から、すでに一週間と数日が過ぎていた。
「なあ、祐介。今度はどんなバイトを始めたんだ?」
学校から帰る道中、濱田が唐突に訊いてきた。
「バイト? 何の話だ?」
新しいバイトを始めた覚えはないんだが?
「とぼけるなよ。土曜日の夜から日曜の朝は絶対に家に来たり電話かけてくるなよって、マジな顔で言ってたじゃん。あれ、バイトなんだろ?」
ああ、なるほど。そういえば先週あたりにそんな命令めいた事を、濱田と口約束した気がする。
「改めて言っておくが、土曜日の夜から日曜の朝は、何があっても家に来たり電話を掛けてきたり、それにメールも禁止だ」
「禁止事項、増えてねーか?」
「今、増やした」
「後付けで増やすなよ。そのバイトどれだけ守秘するんだよ。悪の組織みたいだな」
濱田の例えに、俺は苦笑いする。
実際は吸血鬼の生き残り四人の露見を避けるために口外しないだけである。
俺が苦笑いしながら四人の事を思い浮かべていると、何やら詮索する目で濱田は見つめて来ていた。
「なんだよ、濱田?」
「そのバイトの内容は言えないわけだな?」
「まあ、そうだな」
濱田の家が三歩先まで近づいていた。
「なら、俺も訊かないでおく。とにかく頑張れ。じゃあな」
快闊で人の良い笑顔でそう言うと、濱田は自宅の門柱に手を掛けたところで、ふとした様子で俺を振り返った。
「そういえば祐介は知ってるのか。ラムリーが突然いなくなった理由?」
「えっ……」
不意打ちの質問に戸惑うが、俺は真実を知っている。
でも、何の関係もない人間である濱田にはその真実は話せない。
「さあな。俺も知らないよ」
「俺たちそこそこ仲良くしてたと思うんだけどなぁ。結局、観光には連れて行ってやれなかったし、帰国したっていう噂だけど誰も理由を知らないしよ」
濱田は不服そうにラムリーに対する心残りを言い募った。
瓦礫に潰されて死んだらしい、なんて言っても、濱田はきっと信じてはくれないだろう。
そういえば邸宅が崩壊した次の日に四人とあの場所に戻ってみたが、下敷きになって死んだと聞いた黒服達の死体は一人も見当たらなかった。
四人は、教会が彼らの死体を運び去ったんだと思う、と言っていたな。
つまらない大衆小説じみたそんな事実を、友人とはいえ人間の濱田に伝えられるはずがない。
俺は努めて笑い言葉を返す。
「実家の方で何かあったんだよ、きっと。濱田が心配する必要ないさ」
「そうかもな。でももし連絡があったら、俺にも教えてくれよ。日本のお土産でも送ってやるつもりだから、居場所を教えてもらわないといけないからな。といことで、じゃあな」
「じゃあな」
いつの間にか濱田家の前まで来ていた。濱田家の鉄柵を抜けて玄関へと駆けていく濱田の後ろ姿に手を振った。
――俺も帰るか。
人気のない家へ帰るのも、だいぶ苦にならなくなった。
しばし歩いて着いた自宅の玄関を開け、照明も点けずに靴を脱いで框を上がる。
「ニャオ」
廊下の奥から最近になって耳慣れた猫の鳴き声が聞こえてきて、足元に走り寄ってくる。
俺は屈んで、猫の頭に手を伸ばした。
「おお、ただいま」
だが伸ばした手をするりと躱して、義務は果たしたといわんばかりに猫は堂々とした足取りで脱衣所の方に踵を返した。
たまには、俺に頬ずりぐらいしてくれてもいいじゃないか。
「虎吉、まだ着替えてないんですからこっち来ちゃダメです」
脱衣所の方に逃げていく猫の姿を目で追っていると、困ったように猫に注意する声が脱衣所から耳に届いた。
声の方に視線を遣ると、脱衣所から虎吉が駆け戻ってきた。虎吉の口には何故か、レースの付いた桜色のブラジャーが咥えられている。
あれは、まさか。
「ダメです、虎吉! 返してください!」
虎吉を追って近づいてきた声に俺は顔を上げてしまう。
「ひゃ、ゆ、祐介さん!」
手を伸ばせば触れてしまう眼前に、白い大判タオル一枚を身体に巻いただけのパシフィーが立っていた。
薄暗がりだとは言え、そう広くもない家の中だ。
タオル越しの肉感的なパシフィーのボディラインと相まみえることだって、当然ある。
パシフィーは俺と目が合った途端、恥ずかしそうに身体に巻いたタオルを胸元を隠すように引き上げる。
「お、おかえりなさい、祐介さん」
「ああ、ただいま」
平静を装って挨拶を交わしながら、俺は顔を逸らす。パシフィーの艶冶な姿態は帰ったばかりの俺には刺激が強い。
「パシフィー。お茶が冷めちゃうわよ」
リビングから、新たな声がする。
振り向くと、俺とパシフィーをポカンとした目で交互に見つめているメリアがいた。
「た、ただいまメリア」
「おかえり、変態」
メリアは瞳に険を窺わせて底冷えするような声でそう返した。
むすっとした様子でリビングの中に戻っていく。
邸宅が強襲された一夜以来、メリアからの評価も少しは良くなるかな、と希望的に考えていたが、そんなことは些もないようで、むしろ不機嫌の度合いが増している気がする。
「よーユウスケ、おかえり。一緒に飲むか?」
ダイニングテーブルの椅子の上で、ダボッとした水色のTシャツ以外下半身にさえも何も履かない格好で座るシェルが、友好的な笑みでティーカップを掲げてみせる。
その拍子にTシャツの裾の内側から、黒い下着が見え隠れした。今日、黒なんだ。
俺を茶話に誘うのはいいけど、ダボダボTシャツ一枚だけでリビングに居てほしくはない。健全じゃない。黒なんて全くもって健全じゃない。
「いい提案。私も一緒に飲みたい」
シェルの向かいに腰かけているペテシアが、微笑して同意するように言った。
帰ってきてお茶を飲むつもりはなかったが、四人が飲むなら俺も飲もうかな。
「俺にもお茶飲ませてくれ。丁度喉が……」
「なあユウスケ。知ってるか?」
誘いに応じるために返事を口にしようとした時、知恵を試すような口調でシェルが質問をぶつけてくる。
「誰がお茶を淹れたと思う?」
「誰が?」
正直に言うと誰でもいいんだけど、わざわざ訊いてくるってことはシェルには意図があるんだろう。
「シェルか?」
「私の訳ないだろ。ズボンを履くのさえ面倒なのによ」
面倒ならお茶は淹れてなくてもいいから、ズボンは履いてくれ。
「それで、正解は誰なんだ?」
「ツンツンしてる本人に確認してみろ」
ニヤリとして、キッチンに親指を向ける。
キッチンではメリアが薬缶をコンロの火にかけていた。
「メリアか」
「何よ。なんか文句でもあるの?」
メリアは俺とシェルの会話を聞いていたらしく、凄い恐い目で睨まれた。
「文句なんてないよ。それよりどうしてまた、突然お茶なんて淹れようと思ったんだ?」
「理由なんて何でもいいでしょ」
「おおよそ。ユウスケに温かいお茶飲ませたかったからだろ」
シェルが悪戯っぽく口角を上げて、メリアに代わって答えた。
「そうなのか、メリア?」
俺はメリアに確認する。
メリアは刺々しい目つきで睨んでくるが、若干顔が赤くなっている気がする。
「ち、違うわよ。あんたのために淹れたわけないじゃないの。自分が飲みたかったから淹れてるだけよ」
「そんな必死に弁明しなくても、メリアが俺のために何かしてくれるとは思ってないよ」
「素直になればいいのに」
ぼそりとペテシアが呟いた。
「はあ?」
メリアは目尻を吊り上げて、ペテシアを振り向く。
「どういうことよ、それ。あたしが素直じゃないってこと?」
「私は素直だった」
「パシフィーと一緒に抜け駆けしといて、よくもしゃあしゃあと言えるわね」
メリアとペテシアの雰囲気に剣呑さが増していく。
安易に取り成すと火の粉を被りかねないので、中立派のシェルに目配せする。
シェルは呆れたように肩を竦めた。
「ほうっとけ。そのうちお互いに疲れて鎮火するだろ」
はは、たしかにそれが毎度のパターンではあるけど。
けど、こうして四人といると毎日が賑やかで温かい。
俺は寂しくないよ、ありがとう。
死んだ母が遺した土地に行ったら、美少女吸血鬼達と交流することになりました。 青キング(Aoking) @112428
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます