パシフィー酷いぜ

 土曜日の午後七時、俺は夕飯を済ますと、リュックに財布と、持ってくるよう指示された着替えの下着とジャージ上下を詰めて、邸宅へ行くためロードレーサーで家を出た。


 道中のドラッグストアで、四人から注文されていたボディソープとシャンプーを買い込み、重くなったペダルを季節外れの汗をかきながら漕いだ。

 格子門で自転車を降りると、大量の洗浄剤を自らの手で運ばないといけないことに気が付いて、溜息を吐きたい気分を増幅させて邸宅まで歩いた。


 光を失ったネオン電飾を設えた屋根のあるポーチまでたどり着くと、ポーチの柱の前で亜麻色の髪を長く垂らしたパシフィーが微笑を浮かべて立っていた。


「ごめんなさい、祐介さん。買い物を頼んじやって」


 俺が両腕に提げている洗浄剤の入った袋を見て、すまなさそうに言った。

 吸血鬼だからか、パシフィーを含む四人は陽が落ちた夜しか行動できず、昼間は太陽光が強すぎて外に出られないらしいのだ。

 難儀なものだな、と思うのは俺が人間だからで、吸血鬼からしたらごく普通のことなのだろう。


「重そうですね。半分持ちましょうか?」

「ああ、頼む」


 パシフィーは片方の袋を俺の手から掴み取る。

 すると急に眉をしかめて、ささっと身を引いた

「祐介さん」

「なんだよ?」


 言いずらそうに俺から目を逸らす。


「その、なんて言ったらいいでしょうか……」

「何か買い足りなかったか?」

「いえ、そういうわけではないんです」

「じゃあ、なんだよ?」


 顔をほんのり染める。


「祐介さん。少し汗臭いです」

「そうか、ごめん」


 すんなりと受け入れたように俺は詫びた。それでも内心は結構傷ついている。

 自分でもこんなに汗をかくとは思っていなかったから、夏みたいに制汗剤を持っていなかった。


「でも安心してください。お風呂が用意してあるので」

「お風呂? わざわざ用意しておいてくれたのか」


 だから先週の帰りに、着替えを持ってくるよう俺に言ったんだ。 


「祐介さんが来る時間に合わせて沸かしておきました。吸血する時にはやっぱりお互いに身体が綺麗な方がいいですから」

 

 なるほど。身体を近づけて俺の首筋や手指に噛みつくわけだから、そりゃ身体は綺麗な方がいいだろう。

 ってことはまてよ。

 先週の俺は沐浴せずに四人に吸血をさせていた。臭くなかっただろうか?


「なあパシフィー。先週の吸血の時の俺、汗臭くなかったか?」

「先週が初めて吸血した日ですね。汗臭くはなかったですけど、別の臭いがしました」

「別の臭い?」

「松尾家の血の臭いです」


 松尾家の血の臭いとは、まあ松尾家の血の臭いなのだろう。

 俺自身感じたことないが、家系によっての血の臭いがあり、吸血鬼であるパシフィーはそれを感じ取れていたらしい。


「祐介さんがここに来た時、外から松尾家の血の臭いがしたんですけど、リアちゃんに先鼓されました」

「すごい嗅覚だな」

「吸血鬼ですから」


 頬を上げて誇るように微笑んだ。


「でも今の祐介さんは汗臭いですから、早くお風呂に入って洗い流してきてください。案内しますから」

「ごめん」


 汗臭い、汗臭い、って言わないでほしい。傷つく。

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