王子様みたいな留学生がやってきた3

 俺は自分が、好意を持たれるようなことをした覚えはない。

 それなのに何故、こうなったのだろう。


「ユウスケ、次これやってみたい」


 金曜日の学校からの帰り道、俺はゲームセンターで濱田と顔を見合わせながら呆れ果てていた。

 どうしてラムリーが俺等なんかと一緒に居るかと言うと、留学から三日もせずにラムリーが恋愛や交際に興味がないと悟った女子達がまとめて彼の周囲からいなくなり、彼自身が唐突に俺と遊びたいと言い出したのである。


「さっきのやつと少し違う。やってみたい」


 クレーンゲームを前にしたラムリーが興奮した顔で言う。

 そしてゲームセンターに来てから一時間、ラムリーは店内じゅうのゲームをハシゴしている。

 クレーンゲームだけですでに六台目。そのくせクレーンゲームが気に入ったというわけでもなく、二百円を投入しては何も獲れずに終わるだけ。


 しかも二百円は、俺が出資している。


「ユウスケ、二百円カシテ?」

「やめてくれ。俺を無一文にする気か」

「そうだ、ラムリー。祐介が可哀そうだろう」


 濱田が庇ってくれる。


「ムイチ モン? 何それ?」

「お前な。今日の国語の音読はハキハキしてたじゃねえか。本当は日本語得意なんだろ?」

「あっそれは俺も聞いたぜ。感情乗せて朗読会みたいだったよな」


 濱田の目からも同じように見えていたらしい。

 ラムリーは困ったふうに眉を下げる。


「ボク、イギリス人。ニホンゴ、ワカリマセン」

「都合悪い時だけ日本語習いたての外国人面するなよ」

「イントネーションが外国人を真似た日本人みたいだよな」


 ラムリーの口調を聞いた濱田が、面白おかしそうに笑う。

 全く、世話を焼かしてくれる。

 これで最後だ、という気持ちで俺は財布から二百円を取り出しラムリーに渡した。


「次はもう貸さないぞ」

「うん」


 ラムリーは素直に頷いて、渡した二百円を投入口に落とした。

 楽しそうな表情でクレーンをボタンで操作しながら、獲りたい商品の上へ微調整しながら移動させた。

 ガラスの中でクレーンが下降する。

 レザークッションの商品表示タグの紐に蟹の鋏のようなフックを引っ掛けるも、持ち上げる際にタグの紐から抜けてしまった。

 二百円で二回プレイできるのだが、二回目もあえなく失敗。

 それでもラムリーの表情は明るく満足そうだった。


「ボク、このゲームに向いてない。デモ楽しい。ユウスケのお金だからモウイイやめにする」

「そうか。楽しいか」


 楽しくない、と不満になり、次のゲームするから金貸してくれなんて言われたら、軍資金の調達に困ったが、ラムリーがモウイイと言ったので、ちょっと安心した。


「じゃあ今日は帰るか。キリもいいし」

「ちょっとだけ待って。アレはどんなゲーム?」


 帰ろうと促す俺に、ラムリーはクレーンゲームの裏手にある筐体を指し示す。

 そこには、今ではインターネットゲームとして普及したFPSゲームの筐体版が鎮座していた。


「ラムリー、良い物に目つけるじゃねーか」


 突然、濱田が声を上げた。

 首を傾げるラムリーに、濱田も筐体を指さして告げる。


「あれはな。今日本で十数店舗でしかお目にかかれない、『ファーストコンタクト』の初代だ」

「そのゲーム、聞いたことある。クラスの人も喋ってた」

「それは最新の『ファーストコンタクト7』だな。今じゃインターネットゲームとして普及してるが、もとはあの筐体から始まったんだぜ」


 ラムリーが感心したように筐体を見る目を見開く。


「最後にアレやりたい」

「祐介、百円あるか?」


 濱田は当然の顔をして、掌を上にして俺に向けてくる。


「なんで俺ばっかりが払うんだよ」

「払ってくれないのか」

「俺はもう手持ちがほとんど無くなった」


 興味だけでクレーンゲームに打ち込んだ王子様のせいでな。


「それじゃ仕方ねえ。俺が払うぜ」


 俺の拒否する言葉に濱田は掌を引っ込めて、仕方なさそうに鞄の中の財布をまさぐった。

 百円を指に摘まんでラムリーに差し出す。


「一回だけだぞ」

「うん、わかった」


 ラムリーは濱田から百円を嬉しそうに受け取り、筐体の方に近付く。

 が、すぐにこちらを振り向き、心細げに言う。


「ユウスケとハルイチがいないと、やり方わからない」

 

 要するにゲームをプレイする間一緒に居てくれ、ということだろう。

 ゲームセンターが初めてのラムリーだけを残して帰宅するのは心配だし、それにゲームが終わるのを待つぐらいなら、ラムリーのプレイを眺めていた方がよほど面白い。

 俺と濱田はラムリーの所まで行き、彼の後ろから画面や操作の説明をしてあげた。

 ゲームがスタートすると、拳銃の形をしたコントローラーを握るラムリーの表情の中に、戦闘中の兵士のような凛然とした鋭さが垣間見えた。

 きっと、ゲームの主人公になりきってるんだな。

 自分が本物の戦士のように錯覚しまうほど、ラムリーは没入しているんだろう。

 一人また一人と見た目に反した集中力で、ラムリーは画面の中で突如現れる敵をピンポイントで撃ち殺していった。

 俺の隣で濱田が、おーおー、と興奮気味に声を漏らし始めた。

 ゲームはついに最終局面、上手い人でもクリアできるか五分五分だと言われている難関ステージだ。


「おい、祐介」


 濱田がひそひそ声で耳打ちしてくる。


「なんだ?」

「ラムリーの奴、なんでこんな上手いんだよ。初めてとは思えないぞ」

 

 濱田の言う通り、初めてとは思えぬ腕前で最終ステージも一度のダメージも受けずに、敵を倒していっている。


「嘘だろ」

「嘘じゃないみたいだな」


 信じらない思いを俺と濱田が共有している間に、ゲームが終了。


 被弾数0、ピンポイントキル率 100%。


 ゲームクリア後に表示された成績に、俺は濱田と揃って舌を巻いた。

 一体、何者なんだラムリーは?

 非現実な物を見るような目でラムリーを見ていると、ラムリーが視線に気が付い

たのか俺等に苦笑いを浮かべる。


「ゴメン、熱中しちゃって。初心者には似つかわしくないよね」

「そんなことよりラムリー!」


 濱田が熱の入った様子でラムリーの肩に手を置く。


「どうしてそんなに上手いんだよ」

「どうして、だろうね?」


 ラムリーは腕を組んで考え込む。


「もしかすると、銃を使った経験があるからかな」

「どこで?」

「母国で」


 それもそうだよな。イギリスなら日本よりも間違いなく銃に触れられる機会や場所は多いだろう。

 しかし、その経験を考慮してもこのゲームのラムリーの腕前は図抜けている。


「証拠映像でも録画しておけばよかったな」


 濱田がゲーム開始前に戻った画面を残念そうに見つめる。


「映像をネットに上げれば、一躍有名だったのに」

「ダメだよ。ボク、カメラが回ってると集中できないから」

「ちぇ、ラムリーにその気がないなら無理強いはさせられねえな」


 濱田も強要する気はないらしく、ラムリーのプレイを映像に残すのは諦めた。

 手持ちもないし帰ろうぜ、と濱田が言い出してゲームセンターを出ると、別れ際にラムリーが名案でも閃いた笑みを漂わせた。


「ユウスケ。手を出して」


 なんだ?

 ラムリーの突然の笑顔に何を言い出すのかと思いながら、右手を差し出す。

 ラムリーはブレザーの制服の内ポケットに手を入れ、高級そうななめし革の長財布を抜くと、長財布を開いて一枚の銀貨を摘まみ出した。


「これをアゲルよ」


 そう言って、俺の差し出した手に載せた。

 見ると、銀貨には円の縁取りの中に十字架がレリーフで刻印されている。


「ボクの住んでた村でご利益があるとされてるメダルだよ。服に付けていれば悪霊から護ってくれたり、財布に入れていれば金運がアップしたりするんだ」


 イギリスの土俗的な宗教観念は知らないが、日本で言う御守りみたいな物なのだろう。


「いいのか。俺が貰っちゃって?」

「うん。ゲームで遊んだ代金を全部払ってもらっちゃったから、せめてもの礼だよ」

「このメダルをくれたからって、今日の代金をチャラにはしないぞ?」


 俺は本心にもなく、ふざけて厳しい顔をしてみせた。

 ははは、とラムリーは苦笑する。


「もちろん。今日の分は明日返すよ」


 本当に手持ちがなかっただけなのかもしれない。ちゃんと返す気持ちがあれば、奢ってあてもいいけど。

 ラムリーはスマホの画面を見て、これは大変という風に眉を上げる。


「そろそろ、帰らないと。ステイ先の人に迷惑かけちゃう」


 それじゃあ、と俺と濱田に笑顔で手を挙げると、ステイ先の住まいがあるのであろう方角へ歩き出した。

 メダルを財布に仕舞い、夕方の人波の中に紛れていくラムリーの背中を眺めている俺に、濱田が親指を帰路に向ける。


「俺たちも帰ろうぜ」

「そうだな」


 結局、この日も俺は濱田といつもの道を歩いて帰途に就いた。

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