王子様みたいな留学生がやってきた2

「祐介、帰ろうぜ」


 帰りのホームルームが終わるやいなや、濱田が俺の席に近付いてくると開放的な笑顔で

言った。

 毎度のことなので俺はいちいち返事もせず、スクールバッグに教科書を詰めていく。

 席から立ち上がると、偶然涼やかなラムリーの目がこちらを向いた。

 涼やかな目と一瞬だけ交差するが、すぐに彼の目は周囲を群れる女子達の方へ戻っていった。

 授業中は礼のタイミングや教科書のページ数など尋ねられるままに彼に教えたが、放課後になれば彼を目当てに集まる女子達がいるので、俺はお呼びでないだろう。

 それに安易に会話に割り込めば、女子達の顰蹙を買うことにもなる。

 俺はラムリーから視線を切り、濱田と連れ添って教室を出た。

歩きながら濱田のくだらない話に付き合っていると、自宅のある住宅街まで来てい

た。


「留学生の奴。モテモテだよなぁ」


 街で見かけた女性OLのグラマラスな肢体について熱々と語っていた濱田が、唐突にそう漏らした。


「確かに、女子達が群がってたな」


 あれだけの容姿だ。女子の注目の的にならないはずがない。男の俺でさえも、王子様に見えるんだから。


「三日後には気に入った子を侍らせて、学校内の人気のないところであんなことやそんなことをしてるんだろうな」

「留学なのにか?」


 勉学のために日本に来てるんだから、そんな性の乱れた学校生活は送らないだろ

う。


「留学なのにだ。あの見た目なら普段俺たちみたいなニホンザルしか見ていない女子どもはメロメロだろうな。外国の精強なサルには勝てないぜ」


 なんで例えが猿なんだよ。今までの会話に一度も関連するものが出て来てないぞ。

 例えるなら、せめて人間であってくれ。


「ところで祐介?」


 濱田は馬鹿話ではない口調に変わる。


「なんだ?」

「身体の方はどうだ。朝、貧血気味だって言ってたけどよ?」

「ああ」


 なるほど。心配してくれてるんだ。

 日頃はくだらない事しか喋らない奴だが、なんだかんだで優しいんだよな。


「なんともないよ」

「そうか。日曜日のバイトは来られるわけだな?」


 俺の簡潔な返答に、濱田は明るく笑って訊いてくる。

 土曜日にはまた四人から吸血されるわけで、次の日である日曜にはどうなっているかわからない。

 とはいえ、二週連続で休むわけにもいかないよなぁ。


「どうなんだよ?」

「出たいとは思うけど、前日に身体壊したら出られないかもな」

「前日、ってことは土曜日か。お前、土曜日なんて家にいるだけだろ?」


「まあ、な」


 先週から吸血鬼の邸宅に通うことになった、とはとても言えない。

 濱田は何を想像したのか、変態オヤジみたいにニヤリと笑う。


「土曜日に家の中で身体を壊す。まさか一日中、風俗のセフレと……」

「ちげぇよ。どうして高校生男子が自宅でわざわざセフレを呼ばなきゃいけないんだよ。というかそのセフレも暇だな」

「そうだな。そんな暇なセフレ、俺は嫌だぜ」


 ぜってえ美人じゃねーからな、と自信満々に言った。


「なんでそんなこと推測できるんだよ?」

「セフレするぐらいだから、他の男ともやってるはずだし、それに土曜日ともなれば男との約束も多いはず。それでも一人の男の家にずっといるのは、他に相手がいないからだ。つまり美人じゃない!」


 濱田の下世話な話が住宅街に大声で響く。

 理屈としては間違っているとは言えないが、人間の道徳的になんか間違っている気がする。

 しかし濱田はどうだ凄いだろ、という顔をしているので、否定を口にせず相槌を打っておく。

 しばらく何も喋らずに歩いて、曲がった先に濱田の自宅が見えるというところま

で来ると、濱田がふいに首を傾げた。


「ならよ。祐介はどうして土曜日に身体を壊すんだ?」


 どうしてと訊かれても、血を吸われたから、とは言えるわけがない。

 妄想力たくましい濱田でも吸血鬼は信じないだろうし、場合には俺の頭がどうかしたかと疑われる。

 となると、それらしい嘘を用意しなくては。


「俺にも言えない理由があるのか。やっぱりセフレの存在は秘密したいもんな?」

「だからセフレじゃないって」


 くそ。俺の頭の中をセフレで荒らすな。


「じゃあなんだ。愛人との不倫か?」

「それならまだセフレの方が可能性あるだろ……セフレじゃないけどな」

「はぐらかさずに教えてくれよ。大変だったら手伝うからよ」


 はぐらかしてないけどな、と突っ込みを入れたくなったが、話が進まずキリがないので、俺は咄嗟に思い付いた嘘を告げる。


「新しいバイトを始めたんだよ」

「バイトって?」

「深夜の配達。それも俺個人に頼まれてる」


 しつこい詮索の色を浮かべていた濱田の目に、突然労りの色が浮かぶ。


「そうだったのか。母親が亡くなったから苦労も増えるよな」


 そんなこんな話をしているうちに、いつの間にか濱田の自宅にある門柱の傍まで来ていた。

 濱田は俺の横をすり抜けるようにして、玄関ドアの方に爪先を向ける。


「じゃあな、祐介。くれぐれも身体は大切にしろよ」


 弱い釘を刺すようにそう言うと、軽く手を挙げてじゃあなと返す暇も与えないほど足早に自宅へ駆け込んでいった。

 会話は馬鹿話ばかりだが、なにかと気遣ってくれるから俺は濱田との縁を切れそうにない。

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