王子様みたいな留学生がやってきた1
四人の吸血鬼から血を吸い取られて体調が優れないことを理由に、バイトを休む男子高校生が全国に俺以外にいるだろうか? もはや世界じゅうどこを探しても見つからないかもしれない。
四人の吸血鬼の名をそれぞれ聞いたが、赤い髪がメリア、亜麻色の髪がパシフィー、銀鼠色の髪がシェル、紺色の髪がペテシア、というらしい。
どれも外国名で、呼び間違えないようにするのでも一苦労だ。
「大丈夫か、祐介」
文字通り血が抜けてしまったように朝から机に突っ伏している俺に、ちっとも心配していない気軽な声が話しかけてきた。
腕の中から顔を上げると、スクールバッグをリュックのように背負った坊主頭の濱田遥一が、奇妙そうな目を俺に向けて机の前に立っていた。
濱田とは高校一年生の時から知り合いだが、共通の友人がいるわけでも趣味が同じわけでもないのに、何故か馬が合う。
「祐介がバイトを休むなんて珍しいな。住宅街の路上で美人なお姉さんでも拾って、バイトどころじゃなかったのか?」
朝から馬鹿げた妄想に付き合う気はない。
肯定も否定もせず、俺は上げていた顔を腕の中に戻す。
ああ、今年のプロ野球はどこが優勝するだろうか。
「聞いてんのか、祐介。聞いてるなら返事ぐらいしろ」
やっぱり横浜かなあ?
「祐介。聞いてんのか、おい」
ポス。
中身のほとんど入っていないスクールバッグで、頭を殴られた。
遥一が教科書ロッカーに置いとくタイプの生徒でよかった。
俺は仕方なく顔を上げる。
「聞いてるよ。なんだ?」
「祐介、お前日曜日のバイトサボっただろ。何してたんだ?」
「身体の具合が悪かったんだ」
「下半身か?」
「なんでだよ」
「ほら、さっきお前言っただろ。路上で美人なお姉さんを拾って、介抱していた挙句に行くとこまで行ったって」
「一言も言ってねえよ。というか拾うだけでもあり得ないのに、さらに馬鹿な妄想を飛躍させるな」
「おっ、いつもの祐介に戻って来たな。その調子なら心配する必要はなさそうだな」
突っ込みを入れていて、ふと気が付く。
土曜日に四人もの吸血鬼から血を吸われていた俺も、大概じゃないか。
ポンプのように血が吸い取られる感覚を思い出して、ただでさえ不足気味の血の気が引いてくる。
「どうした。急に顔色が悪くなってるぞ」
「ちょっと貧血気味なんだ。たいしたことはない」
濱田には余計な心配を掛けたくないので、それらしく答えた。
「そういえば聞いたか、祐介?」
大変だなという顔をした後、急に口調を変えて濱田は喋り出す。
「何をだ?」
「今日からこのクラスに留学生が来るんだってよ」
留学生? そんな話、聞いてないぞ。
「その顔だと、祐介は知らなかったみたいだな」
「ああ、初耳だ」
「俺の聞いた話だと、留学生はイギリスの富豪の息子やら娘やら、まあ、とりあえず金持ちの家らしい」
「御曹司がこんな公立高校に来るのか。どうしてまた?」
自分の通う学校を悪くいうわけではないが、これといって有名な物のない一般公立高校は、お金持ちの御曹司が留学に来るところではない。
俺の疑問に濱田は肩をすくめて首を振る。
「俺が知るかよ。俺だってクラスの奴らの話を聞いただけだから、詳しいことは知らないんだ」
「そうなのか」
無理もない、濱田は留学生の関係者ではないだろうからな。
その時、丁度チャイムが鳴り、他の生徒達がばらばらと席につき始める。
濱田はスクールバッグを背負い直すと、労わるような目で俺の肩を軽く叩く。
「今日一日、せいぜい倒れないよう気をつけろよ」
そう告げると自分の席の方へ去っていった。
しばらくして、担任の小柄で眼鏡の男性教師が、引き戸から気だるげな足取りで教室に入ってくる。
教卓の後ろに立つと、熱意のない目で教室を見まわして口を開いた。
「本日、留学生がクラスに来ます。まあみんな知ってるか」
恒例の避難訓練でもあるかのような口調で告げると、引き戸の方に目線を向けた。
どうやら留学生はすでに教室の外の廊下で待っているらしい。
「ラムリー君、入っていいぞ」
担任の声に反応したように引き戸が開かれ、男子生徒が一人入ってくる。
男子生徒は教壇の上の担任と並んで立った。
金紗のような短髪に、海色で聡明そうな瞳、そして爽やかな微笑み。
「マーク・ラムリーです。イギリスから来ました。よろしくお願いします」
お伽話の世界から出てきたかのような、王子様然とした美青年だ。
彼に貴族服を着せて純白の馬に乗せたら、まさしく白馬の王子様になる。
イケメン好きのクラスの女子達が、早くも騒めき出した。
「ラムリーの席は、そうだな……」
段々と騒がしさを増すクラスの女子達を静かにさせる気配もなく、担任は教室中へと人差し指を彷徨わせている。
「あそこだな」
担任の人差し指が俺の方へ向けた。
俺はドキリとして、担任の指先を見つめた。
「松尾の後ろの席」
「松尾とは、あの少し顔色の悪い人ですか?」
マーク・ラムリーも俺の方に人差し指を向ける。
普段の俺の顔色を知っている担任ならまだしも、初対面の留学生がなんで顔色が悪いってわかるんだよ。
ラムリーは担任といくつか言葉を交わした後、爽やかな微笑みを浮かべたまま俺の席へ近づいてきた。
それと同時に幾人かの女子の視線も注がれる。なんかすげー恥ずかしい。
「松尾クン。よろしく」
ラムリーの目元が友好的に緩んだ。
「ああ、よろしく」
簡単な挨拶を返す。
後ろの席となると、いろいろと面倒なことが増えそうだ。
ラムリーが後ろの席に落ち着くと、担任が教卓に両手をついた。
「ラムリー君は初めての日本だそうだから、わからないことがあると思うから、みんなで助けてあげてくれ」
日本が初めてならそりゃそうだ。貴族の王子様みたいな青年が日本の庶民文化に触れるのは、そうとう衝撃も大きいだろう。
とはいえ女子達が積極的に世話するだろうから、俺はほどほどに仲良くしてやればいいか。
「しかしみんなそれぞれ部活などもあって、常に付き添えるわけではないので……」
クラスの全員に向けていた担任の目が、俺一人に向く。
「部活に入っていないかつ前の席の松尾が、主に手助けしてやってほしい」
やはり、そうなるか。
席が前の時点で関り合いになるのは避けられないとは思っていたが、留学生のサポート役に任命されるとは。
だが手助けしてやってほしい、と頼まれたら、クラスメイトの視線もある手前、断れるはずもない。
わかりました、と俺は担任に返事をした。急に溜息が吐きたくなった。
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