夢で出会う
「祐介、お友達が来てるわよ」
午睡を貪っていると階下から母の呼ぶ声がして、眠い身体を無理矢理起こして部屋を出る。
「母さん、なんか用か?」
階段を降りながら母に問い掛けたが、返事はなくリビングから賑やかな話声が、廊下まで聞こえてくる。
誰だろう、濱田かな?
友人の馬鹿面を想起しながら、リビングを覗く。
寝起きの頭が一気に冴えた。
湯気の立つ客人用のカップが四つ置かれたダイニングテーブルで、メリア、パシフィー、ペテシア、シェルの四人が談笑している。
なんで四人がリビングに?
俺が呆然とリビングの入り口で佇んでいると、四人は急に話をやめて俺に目を向けてくる。
パシフィーが微笑んだ。
「祐介さん、お邪魔してます」
「それはいいんだけど。なんで四人がいるんだ?」
正体が割れることを忌避して、外出を禁じられているはずの四人が、どうして俺の家にまで来ているのだろう。
「どうして私達がいるんだろう、って思ってます?」
「ああ」
俺の考えることが、パシフィーにはあらかじめ予測できていたのかもしれない。
「祐介さん、考えることが時々顔に出ますから」
「パシフィーに同感」
パシフィーの向かいに座るペテシアが、相変わらずの無表情で頷いた。
もうちょっと、感情を顔に出さないよう気を付けよう。
「おい、ユウスケ」
ペテシアの隣に座るシェルが、真っすぐ俺の顔を指さす。
「これからよろしく頼むぞ」
「は?」
よろしく頼むぞ、って何の話だ。俺、何か頼まれたっけ?
「まさかあたし達のこと、忘れたんじゃないでしょうね?」
険のある声を出して、シェルの向かいに座るメリアが睨んでくる。
忘れるわけがないだろ。忘れたくても忘れられないぐらいだ。
「弥生さんから聞いてるでしょ?」
「母さんから? 何をだ?」
四人の存在を知るより前に、母は死んでいるはずだ。
「ねえ、弥生さん?」
メリアが俺の背後に向かって、同意を求める声で言った。
つられて振り返るが――母などいない。
「弥生さんなら、さっき出ていきましたよ」
パシフィーが優しい声で説明してくれる。
さっき?
言葉の真意を尋ねようと、俺はパシフィーに向き直る。
パシフィーは大切な物に触れるかのように、カップの中の琥珀色の液体に目を落として、カップの縁に左手の指先を添えた。
「このお茶も出て行く前に、弥生さんが淹れていってくれました」
「冗談はやめてくれよ。母さんは二か月前に死んでる」
「弥生さんはお父さんのところに行ってくる、って私達に言いました」
「パシフィー、何が言いたいんだ。いなくなった母さんの事をさっきまでいたみたいに話して、ふざけてるつもりならやめてくれ」
「最後に大好きって言って、私達を抱きしめてくれました」
「ほんとうに何が言いたいんだ?」
「祐介さんは私達の事、大好きですか?」
あまりにも唐突な質問。
すごく答えづらい。
大好きだ、なんて声を張り上げて答えれば熱血漢みたいだし、嫌い、と答えるのは本音に少し反しているし、かといって照れながら好きです、と答えたらちょっと女々しいし、どうするのが適解だ?
返答に困っている俺を、期待して待つ瞳で四人揃って俺を見つめてくる。
「そうだな……」
言葉を探しつつ、俺は答える。
「まあ……大好きかな」
いくら考えても、これぐらいしか口にできる返答はない。
それでも、恥ずかしい。
人生せいぜい十七年ちょっとしか生きていないが、一度も大好きなんて言葉を使ったことないのに。
俺の答えに四人は微笑んだ。
多分、想いは伝わっているんだろう。
「祐介さん、弥生さんみたいに抱きしめてくれてもいいんですよ」
パシフィーは微笑んだまま言うと、両腕を左右に広げた。
「ごめん、遠慮しとくよ」
さすがに母さんみたく大好きって言いながら抱擁、なんてする度胸がない。パシフィーの柔らかい身体は男子高校生には刺激が強すぎる。
俺に断られても、パシフィーは気を落とさずに静かな表情でわかりましたと頷く。
「それでは、お茶でも飲みますか? 弥生さんが祐介さんの分も淹れていってくれましたから」
「うん、戴くよ」
死んだ母さんが茶を淹れられるわけはないのだが、パシフィーのこれぐらいの厚意は受け取ろう。
「はい、祐介さん」
湯気を立ち昇らせるカップを差し出される。
「弥生さんの淹れてくれるお茶、最後に飲めてよかった」
ペテシアが感慨深そうに呟く。
最後というか、そもそも母の淹れたお茶ではないだろ。
「弥生さん言ってたよ」
メリアが機を狙っていたかのように話し出す。
「あなた達がいれば寂しくないわね、って」
悔しいが的を射ている。
四人に出会ってからというもの、頭の中が四人の事で一杯になってた。
寂しい、と心の隅で思っていた事すら忘れていた。
「一緒に歓談しようぜ」
片方の口の端を吊り上げる笑みで、シェルが誘ってくれる。
「そうだな」
シェルの誘いに応じて、俺はダイニングテーブルの空いている席に腰かけると、一口お茶を口に含んだ。
間違いなく、母の味だ。
そして、温かい。
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