殺してやる。
ラムリーの声に心胆を冷やす危惧を感じて、俺は床に伏せる三人の射線を遮る位置に足を踏み出した。
銃声が響くと、すぐに腹部に痛みを感じた。
ラムリーの口元に嗜虐の笑みが浮かぶ。
「庇おうとしても無駄だよ」
殺される前にラムリーを気絶させる動けなくさせるなりしないと、この状況を脱することはできないだろう。
肉迫しようと脚に力を入れた時、ふっとラムリーが嘲笑するように鼻を鳴らした。
「愚かだね」
「は?」
「君は前任者と同じ轍を踏もうとしている」
「前任者って、誰の事だ?」
猜疑心たっぷりに俺は聞き返す。
信憑性の怪しい話に惑わされるつもりはない。
そんな俺の返事を見越していたかのように、ラムリーは含みのある笑みを浮かべた。
「わからないのかい。君より前に忌まわしき存在達を匿っていた人物だよ」
ラムリーの台詞で、母の微笑みが脳裏を過ぎった。
俺の表情から察したのだろう、ラムリーが底意地悪く口角を吊り上げる。
「前任者の名は松尾弥生、君の母親だ。彼女は忌まわしき存在の庇護者だった」
「それがなんだ?」
母の名を出したのは、俺の動揺を誘うためだろう。どうしてラムリーが母の事を知っているのか疑問だが、おそらくは四人の血盟者だったから。
今思えば確かに、俺は母と同じ轍を踏んでいる。吸血鬼四人の血盟者になって。
でもその選択に後悔だとか義務感だとか、後ろ向きな理由はない。
ただ俺が四人の血盟者になりたいと思ったから、手紙で母からの頼みもあったけど、最終的に決断したのは俺自身だ。
「同じ轍を踏んで、何がいけないんだ?」
口から衝いて出た俺の言葉に、飄然とラムリーは肩をすくめる。
「何か勘違いしているみたいだから言っておくけど、同じ轍を踏むってことは、僕たちに殺されるってことだよ」
「ははっ、なるほど」
新しくもたらされた事実に、乾いた笑いが漏れた。
母を殺したのも、四人を迫害しているのも、行き着く先を辿ればお前たちか。
それならお前たちがいなくなれば、母も報われるし、四人を助けることも出来るんだな。
単純明快でいいや。
「そんなに驚くことじゃないだろ? 話の脈絡で大よその合点はしていたはずだ」
殺してやる。
「そろそろお喋りも終わりにして、君の母と同じく死んでもらおうかな」
殺してやる――殺してやる。
野卑な笑いを唾棄したい面に湛えて、ラムリーは夜の穴底の闇のような銃口をこちらに向ける。
殺してやる――殺してやる――殺してやる。
俺は殺意に突き動かされて、床を蹴っていた。
「無駄だ、無駄だ」
死にあがく虫けらでも相手にしているように見下した声で叫んで、ラムリーは銃弾を二発続けて撃ち放つ。
脇腹、下腹部に銃痕が穿たれたが、痛みを感じず足が止まらない。
殺してやる――殺してやる――殺してやる――殺してやる!
「我々も加勢するぞ」
入り口に立っていた黒服達の拳銃にも捕捉され、ゴムボールのような目視できる速度で鉛玉が飛んでくる。
全身に鉛玉を受けて身体に数え切れない穴が空いたが、殺意が抑えられない。
殺してやる――殺してやる――殺してやる――殺してやる――殺してやる!
ラムリーの当惑した顔が、腕の届く範囲にまで近づいている。
喉から昇ってきた血を口から吐き出しながら、敵の首に両手を伸ばした。
腕で首を掴むと、ラムリーの顔に明らかな屈辱が浮かぶ。
「くたばれ、ヴァンパイアの眷属め」
喉を絞ったような嗄れ声を吐き捨てながら、なおも胴腹に銃弾を撃ちこみ続ける。
首を掴む腕にあらん限りの力を籠めた。
空気の抜けるような喉音がラムリーの口から漏れ出て、拳銃を持つ腕がだらりと下がる。
全身を弛緩させて、苦悶の表情のままラムリーは白目を剥いた。
殺してやった。殺してやったぞ、母の、そして四人の敵を。
復讐を果たした歓喜を身に感じ始めた途端、ぐらりと視界が揺れる。
地面ごと揺れる感覚に襲われ、足元がふらついて、ラムリーの首から手を離してしまった。
あ、あれ、力が入らない?
全身に力が入らず、俺は背中から床に倒れた。
黒服達の騒ぎ出す声が段々と遠ざかっていく。
次の瞬間、視界が全き闇に覆われ、意識ごと暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます