三人を助けないと。
階段の最上段まで梯子に手をかけた。
穴を見上げると、マンホールのような丸い鉄板の隙間から細い光が漏れ落ちてきている。
あの光の先は地上階かもしれない。
確実に三人のもとへ近づいているのを感じながら、梯子を一段ずつ昇った。
一段昇るごとに小さかった砲声がどんどん大きくなり、鉄板に手をつけると腹に響くような轟音が鼓膜を揺るがす。
砲声が一時的に止んだのを好機に、試しに鉄板を押し上げてみた。
すると案外に緩く鉄板は持ち上がり、漏れる光の量が増した。
梯子の最上端部が腹に当たる位置まで昇り切ると、鉄板を手で押していった。
鉄板の広がった隙間に、胸から上を入り込ませて穴の外を窺う。
「ドアがある」
地下通路から穴を昇れば、すぐに邸宅の中だと考えていたのだが。
予想外にも穴の外には地上階へ繋がるのであろう真鍮のノブ付きの臙脂色をしたドアが、明るい光を遮って立ち塞がっている。
俺は穴の縁に手をかけ、増幅された膂力で身体を持ち上げて穴の外に出る。
ズドーン。
途端にドアの向こうから床を揺るがせるほどの砲声が響いてきて、ドアが軋んだ音を発する。
砲声はそう遠くはない。
ノブを掴んで回し引っ張り、薄い光の中へ足を踏み出す。
「いたぞ!」
ドアを潜ると邸宅の廊下が目に入り、同時に不意に強烈な光が横合いから浴びせられ、思わず眩しさに目を細める。
「見つけたぞ。こっちだ!」
強烈な光の方角から聞き覚えのない男の呼号する声がして、振り向くと真っ黒なサングラスにダークスーツの角刈りの長身男が、黒光りする拳銃をこちらに向けていた。
時すでに遅し、銀色の銃弾が飛来してきている。
しかし不思議なことに、飛来してくる銃弾が幼稚園児の投げるゴムボールぐらいの速度に見えた。
俺は反射的に身を捻って、銃弾を躱す。
銃弾がゆっくりと背後に流れていった。
「突然発砲してすまない。松尾祐介だな?」
拳銃を向ける男が発したのだろう。意外にも労わるような口調だった。
「恐れる必要はない。我々は君を保護しに来たんだ」
「は?」
保護。どうして俺が?
それならば何故、この男は俺に銃を向けている?
当惑していると、角刈りの後ろから同じ服装で拳銃を手にした三人がこちらへ走ってきていた。
三人も同様に、俺に拳銃を向ける。
「我々は敵ではない。武器を捨てて、我々に着いてくるんだ」
敵ではない?
男の声が左耳で、不快に反響した。
こちらを向く四つの銃口が忌々しく思えて、体内で流れる血が沸騰する。
これはきっと、メリアの怒りだ。
だとしたら、きっと目の前の四人は敵なんだ。
なんたって、銃を持っている。
黒服たちの方へ、俺は一歩踏み出す。
「感情をしずませて、こちらへ来るんだ」
立てこもり犯に対するような声音で角刈りが促す。
さらに一歩彼らの方へ踏み出す瞬間に、俺は力強く床を蹴っていた。
肉迫する俺に、男達が唖然として銃の引き金にかけた指を引いた。
俺の目にはその姿がスローで進んでいるように映り、俺の足が男達の前に到達して右腕を振り上げた時、ようやく銃口から弾丸は射出される。
右手の拳が角刈りの顔面にめり込むとともに、腹に穴が空くのを感じた。
腕を振り抜くと角刈りの男が吹き飛び、三歩ほど離れた位置で背中から倒れた。角刈りの手から拳銃が落ちて床を滑っていく。
角刈りの男が床で伸びるのを目の当たりにしたからか、他の三人が怯んだように後退って俺から距離を取った。
四人を襲ったのであろうこいつ等も打ちのめしてやりたいが、この力がいつまで持続できるものか分かったものではない。
牽制するように俺を囲って銃を向ける黒服達の間を抜けて、邸宅の中で一番広く三人が捕らわれてる可能性の高い宴会場へ走り出す。
背後から発砲されて背中や脹脛から血が噴き出すのがわかるが、奇妙なぐらいに痛みがなく、すでに腹の穴は塞がっていた。
今までになく照明の明るい廊下で黒服の追っ手を振り切ると、宴会場の華美な装飾の観音開きが目に入る。
両手で番いになっている把手を掴み、押し広げるように開扉する。
視界の正面に飛び込んできた光景に、俺は慄然とした。
煌々とした光を放つ宴会場のシャンデリアから、手首を結ばれて吊るされているパシフィー、ペテシア、シェルが瞑目して床に血を滴らせていた。
「くそっ」
腸煮えたぎる思いで悪態を吐いてから、無残な姿の三人のもとへ駆け寄る。
三人を足下から見上げる位置まで来た時、宴会場の入口の方から不意に複数の足音が聞こえた。
「何をする気だ?」
その声に振り向くと、先程の黒服達三人が扉付近で銃を構えていた。
結局、こいつ等を排除しないことには三人を助けられないらしい。
身内に渦巻く憎悪と激憤が、俺の爪先を黒服達へ向けさせた。
「まだ、撃っちゃダメだよ」
唐突に、心清らかな青年のような声が耳朶に響いた。
黒服達が拳銃を降ろして、入り口の両脇に退く。
「僕に説得させてくれ」
黒服達の間から現れた青年に、心臓を鷲掴みされるような衝撃に襲われた。
青年は優しい微笑を浮かべる。
「助けに来たよ、ユウスケ」
「ラムリー…………」
ダークスーツという見慣れない服装をしているが、短く整えられた金髪に王子様然とした風貌は、俺のよく知ったラムリーに違いない。
「今まで大変だったね。でももう大丈夫だよ。僕が苦しみから救ってあげるから」
「なんで……ラムリーがいるんだ?」
俺の問いに、ラムリーは何もかも承知している顔で苦笑する。
「そうだよね。ユウスケには事前に言っておかなかったからね」
「何の事だ?」
「発信機だよ。君に渡しただろう、あの銀貨」
銀貨――もしかして、ゲームセンターで遊んだ別れ際に貰った――
「あの銀貨が発信機だったのか?」
「ユウスケの行動を知る必要があったからね」
「どうしてだ?」
「ユウスケが僕達の保護対象だからさ」
「保護対象?」
鸚鵡返しに尋ねると、ラムリーは嫌な顔もせず頷いた。
「そう、保護対象。ユウスケがどこで誰と会わされているか、発信機で位置を特定していたんだ。そうすればユウスケを保護しに行けるだろう?」
「ストーカーみたいだな」
「そうかもね。でも今回に限っては家から発信機が動いていないから、ユウスケがここに居るなんて想像もしてなかったけどね」
「銀貨は財布の中に入ってるからな。今は持ってない」
今まで邸宅に来ていることは看破されていたなら、俺に発信機を忍ばせたラムリーがこの邸宅を知っているのは当然だ。
もしも財布を持ってきていたら、公園で彼らに見つかっていたかもしれないな。
しかし、それにしても何故俺を保護するのか?
「一つ聞いていいか?」
「なんだい?」
「どうして、俺を保護するんだ?」
俺は単刀直入に尋ねる。
ラムリーはさも愉快そうに笑った。
「ユウスケ、面白いことを聞くね」
「俺はラムリーの目的が知りたい」
「そうだね、教えるよ。僕たちの目的はユウスケを忌まわしき存在から解放させることで、必要があれば人格を正してあげるんだ」
忌まわしき存在。
ラムリーが口にした言葉の一部。
その言葉の指しているものが何なのか呑み込めると、俄かに烈火のよう憤怒が湧いてくる。
四人は忌まわしき存在なんかじゃない。
「僕たちの目的は話した。今から忌まわしき存在を排除するから、ユウスケは安全なところにいるといいよ」
憐れむような声音で俺に告げると、ラムリーはダークスーツの内側に手を入れる。
ラムリーの手に拳銃が覗いた途端、俺の足は動いていた。
人知を超える勢いでラムリーの眼前まで接近し、当惑する端正な顔に右拳を容赦なくめり込ませる。
右拳から相手の顔面の感触が離れると、ラムリーは弾かれたように入り口の方へ吹き飛び、黒服達三人を巻き込んで通路に倒れた。
彼らが立ち上がろうとするのを尻目に、俺はシャンデリアに吊るされた満身創痍の三人に向き直る。
その時、左頬すれすれを風切り音をさせて銃弾が通過していった。
次の瞬間、シャンデリアの懸吊部を銃弾が容易く突き抜けて、三人もろともシャンデリアが落下して床で砕け散った。
周囲にガラスが散乱し、突然に床へ落された衝撃で、捕らわれの三人が苦しそうな呻きを発している。
「どうやら手遅れみたいだね」
その声に振り向くと、ラムリーが黒服達の身体を支えにしながら立ち上がっていた。その右手には全体が銀色で光沢の輝かしい拳銃を握っている。
「君を忌まわしき存在から救い出そうとしたが、すでに侵されてしまっているみたいだからね」
解釈しがたい論理を残虐さを包含させて告げると、銃口を真っすぐ向けてくる。
「計画を変更する。そこの三体にもユウスケにも死んでもらうよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます