夜のデートに連れて行きます4-1

 タピオカを飲みにメリアと出掛けた先週の帰りの事だ。

 不意にメリアの機嫌が悪くなったと思い、訳を尋ねると、タピオカドリンクの写真撮り忘れた、と嘆かれた。

 なので邸宅に訪れた今日、来る途中のコンビニでタピオカドリンクを七つ買って、メリアにプレゼントしたところ、バッカじゃないの、と罵られた。

 メリアを宥めてなんとか受け取ってもらえたが、部屋を去り際に、二人で出掛けた時のじゃないと意味ない、とかぶつくさ言っていた気がしたが、撮り忘れたのは俺のせいじゃないので聞かなかったことにして、メリアの部屋を後にした。

 そして今夜は、シェルを連れ出してきた。


「三人から話には聞いているが」


 隣を歩くシェルが、世間話のようなトーンで話し出す。


「望みを叶えられる場所に連れて行っていくれるそうだな」


 目に微かに期待感を含ませて俺を見るシェルの出で立ちは軽装で、夏休みの少年のような涼し気なTシャツにハーフズボン。寒くないのかな?


「私をどこへ連れて行くんだ?」

「お前が好きそうなところ」

「そうか。しかし生憎、今は欲しいゲームがない」


 パシフィー、ペテシア、メリアにプレゼントしたから、シェルは自分にもプレゼントがあると思っているらしい。


「それじゃ、引き返すか?」


 悪戯するような気持ちで俺は言った。

 シェルは興ざめた顔をこちらに向ける。


「街にまで出掛けてきておいて、引き返すはずないであろう」

「冗談だ。目的も果たせずに引き返すわけないよ」

「ならば、よい」


 俺が本気で言っていないとわかるなり、進行方向に顔を戻した。

 軽口を交わしながらしばらく歩くと、目当ての施設に辿り着く。


「ここだ」

「なんじゃい、ここは?」

「ゲームセンター」


 先月にラムリーと濱田と連れ立って行った場所と同じだ。

 閉店は午後七時半だが、まだ一時間は遊べる。


「ゲームセンターとは、どういうところなのだ?」


 シェルが店先を見つめたまま尋ねる。


「アーケードゲームって聞いたことあるか?」

「おお!」


 途端にシェルが気持ちの高ぶった声を出す。


「アーケードゲーム。聞いたことあるぞ! あれだろ、机みたいな形のゲーム機」

「やったことあるか?」


 ツインテールの銀髪が頬に当たるほど、ふるふると首を横に振る。


「初めてなのか。ならよかった」

「何がよかったのだ?」


 不思議そうに俺を見て首を傾げる。

 シェルにアーケードゲームの経験があると、やり込んだことのない俺では相手にならないのではないか、なんて言えない。しかしシェルが初心者なら、たいした腕のない俺でも面目が立つだろう。


「ユウスケ。早くしろ」


 好奇心に急くシェルにせがまれて、俺はゲームセンターに入った。

 店に入るなり、シェルは足を止める。


「おい。これはなんだ?」


 店の入り口から十数台左右に並んでいるクレーンゲームに、新しい玩具に出会った子供みたいに目を輝かせて指さす。


「これはクレーンゲームだな。クレーンを動かして、中にある景品を吊り上げて、景品を穴に落とすんだよ」

「口で言われてもわからないな。一回やってみてくれ」

「いいよ」


 俺はボディバッグの中の財布から百円硬貨を一枚出して、コイン投入口へ入れた。

 操作盤が光り出す。


「ここのボタンを使ってクレーンを動かすんだ」


 俺は説明しながら、簡単に獲れそうな小さな黒猫のぬいぐるみを狙って、クレーンを動かした。

 しかし、惜しくもクレーンの鋏から景品は抜け落ちてしまった。


「今ので大体の操作はわかったか?」

「景品を獲ってみせるから、後ろで見とけ」


 表情に自信を充溢させたシェルが、俺と入れ替わりに操作盤の前に立つ。

 言われた通り、俺はシェルの後ろで様子を眺めることにした。

 シェルは景品を凝視したまま、景品との間合いを計るように操作盤の上で人差し指をタップさせ始めた。

 しばしタップさせた後、人差し指をボタンに置く。


 クレーンが左に動き出し、先ほど俺が狙った黒猫のぬいぐるみの真上で止まる。

 ゆっくりとクレーンが降りていき、ぬいぐるみとタグの間にある輪っかに引っ掛かり、上昇とともにぬいぐるみがぶら下がった。


 振動でクレーンの鋏から抜け落ちたり、景品が穴に落ちなかったりするのだが、危なげなく穴の上まで到達して落下させた。

 計算されたように景品は穴を通過し、黒猫のぬいぐるみが景品取り出し口に転がってきた。


「どうだ」


 シェルはぬいぐるみを手に取って掲げ、誇るように笑った。

 経験がないと言うのが嘘のような腕前だ。


「しかし、この景品はどうすればいいのだ?」


 ぬいぐるみへ問いかけるような目で見つめている。


「店の方へ返却するのか?」

「シェルが獲ったんだ、その景品はシェルのものだよ」

「そう言われても、私はいらぬ。お前はどうだ、欲しいか?」


 ぬいぐるみを差し出してくる。


「シェルが獲ったものを俺はもらえないよ。シェルが記念に持っておけばいい」

「こんな簡単に獲れるようなら、記念にならぬ」


 物足りないという顔で眉をしかめた。

 初めてやって簡単と言ってしまう当たり、シェルは相当な自信家だ。

 何も提案できないでいる俺の腹に、グイグイとぬいぐるみをさらに強く押し付けてくる。


「とりあえず受け取れ」

「だから、もらえないって」

「パシフィーにでもあげればいいだろ。本物の猫を飼っているぐらいだ、パシフィーは猫が好きなのだろう?」

「わ、わかったよ」


 パシフィーの嗜好から鑑みるに、黒猫のぬいぐるみも嫌いではないだろう。それよか俺が持つよりよっぽど似合ってる。


「よし。次、行くぞ」


 俺がぬいぐるみを受け取るやいなや、シェルは逸る気持ちに従うかのように店の奥へ歩き出した。

 クレーンゲームのエリアを抜けた辺りで、興味ある物を見つけたのか、シェルが足を止める。

 シェルの視線を追うと、操舵輪やペダルが取り付けられた筐体が二台並んで鎮座している。

 峠道を舞台に走り屋たちがバトルする漫画をアーケードゲームにしたものだ。漫画読者だけでなくレーシングゲーム好きにも評判だと耳に入れている。


「あのゲームはちょっと難易度高いぞ」

「ふっ、なおよい」


 腕前に適っていると言わんばかりにシェルは鼻を鳴らした。

 件の筐体に近付くとやんちゃ盛りであろう小学生の男の子二人が、今しがた対戦を終えたところだった。

 男の子二人は俺とシェルの姿に気づくと、つまらなそうな顔をして席から降り、メダルゲームの方へ去っていった。


「丁度、空いたな。それで、どっちに座る方がいい?」


 シェルは二台の席の間に立ち、教官でも見るような目で俺に向く。


「どっちでも同じだろ」

「そうなのか」


 どっちでも同じ、という返事に納得したらしく、シェルは右手の席にゆったりと腰を沈ませ、操舵輪を両手で挟むように持つ。

 俺が財布から百円硬貨を出して投入口へ入れてあげると、突如筐体の液晶にメニュー画面が現れる。


「コマンドの一番上にあるシングル対戦を選んで、コース選択、車種選択をすれば、レースがスタートする」


 レース開始までの指示をすると、シェルはいくらか不満げに唇を尖らせた。


「シングル対戦は嫌だ」

「嫌?」

「そうだ。どうして連れがいるのに、一人でプレイしなきゃならんのだ」

「連れって俺の事だよな?」

「そうだ。お前以外に誰がいる」


 そう言って席の上で身をよじり、ピシリと真っすぐに俺を指さす。


「どうか、手合わせ願いたい」

「つまりは俺に対戦相手になれ、と?」

「そういうことだ」


 決定事項のような口調で言い切った。

 俺自身このレーシングゲームが嫌いじゃないし、対戦相手になるのもやぶさかではないが、なにより懐が寒いのだ。

 吸血鬼四人と出会う以前より、平日のバイトのシフトを多くして収入を増やしたはずなのに、自身の食費に加え、猫、書籍、タピオカ、と支出が続けば、財布の中身が寂しくなるのも当然だ。


「なんだ。私とやるのは嫌か?」


 シェルは非難の目で俺を睨む。

 はああ、月曜は昼食のパンは抜きか。


「嫌じゃないよ。対戦受けて立つよ」

「そうだ、それでいいんだ。せっかく二人で来ているのに、私一人だけで楽しむことはあるまい」

「俺はシェルが楽しんでもらえれば、それでいいんだけどな」

「遠慮しなくてもよいぞ」


 遠慮というか、節約に近いんだよな。外遊の費用を少しでも減らそうと、俺自身は我慢してるんだからな。


「やると決めたら、早く座れ。時間がないのだ」


 そう言って急かすシェルが陣取った筐体の画面を見ると、モード選択終了まで二十秒しか残っていなかった。

 慌てて隣の筐体に百円硬貨を投入し、二人対戦モードを選んだ。扱う車種、走るコースを決めてから、ようやく運転席を模したシートに腰を据えた。


「すぐにレースが始まるのか?」


 要領を得ない顔でシェルが訊いてくる。


「三秒のカウントダウンがあって、それからレーススタートだ」


 俺が答えたのと時を同じくして画面が切り替わり、スタートラインに並ぶ両プレイヤーの使用車が現れ、車体のテールから前方を映した視点になる。

 三秒のカウントダウンが始まった。

 シェルがハンドルを握ると、疑問符を浮かべたような顔でこちらを向く。


「どうやれば、操作できるんだ?」

「今になって、それ質問するか」


 シートに座る前に質問しとけよ、と文句したかったが、気分を害されるのも避けたいので文句は抑えた。

 カウントダウンが一秒を切っていたが、俺はハンドルから手をペダルから足を離して、説明するためシェルの方へ少し身を乗り出す。


「ハンドルを曲がりたい方向に回せば、車は同じ方向に曲がる。それに足元にあるペダルの右がアクセルで左がブレーキだ」

「わかったぞ」


 俺の簡単な説明でも、シェルは理解した顔で頷いた。

 と、同時にシェルの使用車が発進する。


「お先に」


 悪だくみが成功したみたいに、俺に向かってペロリと舌を出した。ハンドルを右に細かく器用に回して、ゆるい右ヘアピンを抜けていく。

 初心者だから説明してあげたら、卑怯なことしやがって。


 今に見てろ、追い抜いてやる。


 闘争心で奮い立った右足で、アクセルペダルを思いっきり踏み込んだ。

 エンジン音が急速に高まり、飛び出すように発進する。


 超加速で距離を詰めるぞ。と思っていたのが、突然に空気が抜けるような音がして、全く進まなかった。

 どうやら、エンストということらしい。

 そういえばこのゲーム、いきなり踏み込むとエンストするんだった。

 久々のプレイでそんな設定忘れてた。

 もう負けは決まったな。

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