夜のデートに連れて行きます4-2

 最初は対戦相手になることさえ乗り気でなかった俺だったが、ズルい手によって勝利したシェルに小細工なしの真剣勝負での再戦を申し出た。

 幾度か走ったことのある経験を生かすために上級コースを選んで、何が何でも勝利を狙いにいった。


 なのに、センスの差は理不尽だ。

 シェルは初級コースで操作のツボを会得していたのか、俺に五秒差をつけてゴールしてしまった。

 直線ではアクセルをベタ踏みしたし、コーナーでも目立ったミスはなかった。それでも勝てなかった。

 もとより誰よりも上手いという自負はないが、ショックはショックだ。

 それに火曜日の昼食のパンも食べられなくなった。


「なんだ。手ごたえないな」


 舐め切った偉そうな口調でシェルが言う。


「悔しいなら、もう一戦やってもいいぞ?」

「やらないよ。勝てそうにないからな」


 俺は溜息を吐く。

 今思えば、なぜここまで熱くなってしまったのか。昼休みに食べる学食のパンが恋しく感じてきた。

 シェルは遊び足りないという顔をする。


「これで終わりと言うのではあるまいな?」


 わざわざゲームセンターに来て、景品を釣って、車でレースして、だけではいささか勿体ない気もする。

 持ってきた予算も残りわずか、閉店時間まであと三十分。

 かといって難易度の低いゲームは、シェルには不満だろう。リズム系、レース系、シューティング系など、腕前の問われるジャンルの方が良い。

 ふと、左斜め後ろから声が耳に入る。

「ちぇ、このゲームむず過ぎ」

「だよな。こんなの誰がクリアできるんだよ」


 俺とシェルの前にレーシングゲームで遊んでいた二人の男の子だ。

 二人の男の子が不平を垂れているゲームは、FPSゲームの『ファーストコンタクト』で唯一のアーケード版であるシリーズ一作目だ、と以前に濱田が言ってたやつだ。

 先月の頭ぐらいに濱口とラムリーと俺の三人で遊びに来た時、ラムリーが神がかりな記録を出していたっけ。

 シェルにあの時と同じ難易度をプレイさせたら、一体どれ程の記録を残してくれるだろうか。

 俺はラムリーと比較する気持ちで、シェルに話しかける。


「なあ、シェル」


 面白そうなゲームはないかと店内を見回していたシェルが、俺の方へ顔を上げる。


「なんだ?」

「あのゲーム、やってみないか?」


 俺は『ファーストコンタクト』の筐体を指で示す。

 その時タイミングよく、二人の男の子が筐体から離れて他のゲームへ向かった。


「どれをやれば私の実力が測れるか、ちょうど探してたところだ」


 ゲームセンスを笠に着た口ぶりで、俺が指さす方向を見る。


「それで、あれはどういうゲームなんだ?」

「お前ほどになれば、俺の説明なしでもできるだろ?」


 わざと煽るように言って、俺は発破をかけた。

 シェルは眉を下げて躊躇いの色を顔に浮かべる。


「お前の説明なしでもクリアぐらいは造作もないが、操作を覚えてない序盤で手こずるやもしれん」

「そうか。なら、どれぐらい説明があればいいんだ?」

「操作方法さえ教えてくれればよい」


 それだけでいいのか。

 俺なんかは、ここのコマンドがこうで、このボタンはこうなる、とか、詳しく把握しないと、操作を考えてる間にやられてしまう。

 俺は乞われた説明をするため、筐体の左横にある専用ホルダーから鎖で繋がれた拳銃に似せた造りのコントローラを手に掴んで両腕に抱えた。


「操作はそう難しくないはずだ。この銃の銃口を画面に向けると、カーソルが表示されるから……」


 思わず説明する口が止まった。

 さっきまで意気揚々としていたシェルの顔に、突如にして極度の怯えが刻まれていた。

 全身を細かく痙攣させ、目を覆わんばかりに両手を顔の前に翳す。


「どうした?」


 ただ事ではない、と心のどこかが警鐘を鳴らしていたが、俺の口からは何度も使いつけた問いかけの言葉しか出てこなかった。

 シェルは震える脚で後退る。


「なんだよ。どうしたんだよ?」


 怯えている理由がわからず、俺は一歩近づいて少しきつく尋ねる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 怯懦をきたしたシェルの悲鳴が、人の少ない夜の店内に響く。


「何があった。答えてくれ」

「来るな!」


 身体の震えが抑まらないにもかかわらず、引きつった声で叫ぶ。

 急に静かになった周囲から、何事かという視線が注がれる。


「撃つな! 撃つな! 撃つな! 撃つな! 撃つな! 撃つな! 撃つな! 撃つな! 撃つなぁぁぁぁ!」


 死が迫り迫ったみたいな、俺には計り知れない恐怖を前にしたようにシェルはひたすらに叫んだ。


 撃つな?


 手に抱えたコントローラーに目を落とす。

 もしかして、シェルが怯えたのってこの拳銃を模したコントローラーか?

 恐怖の訳を知って呆然としていると、シェルの声が止んだことに気付く。


「シェル?」


 慌てて視線をシェルに戻す。

 シェルは力が抜けたように、両手と腰を床につけてへたり込んでいた。


「ごめん、シェル」


 コントローラーを放り捨てて、シェルに駆け寄って精一杯で謝る。

 と、同時にシェルの身体が横へ倒れた。


「シェル?」


 心配でシェルの顔を覗き込むと、目を瞑って泣き叫んだときに流れ切らなかった涙がきめ細やかな頬を濡らしていた。


「シェル。シェル? 起きろシェル!」


 耳元で呼びかけても、返事はなく身じろぎすらしない。

 背中に腕を挿し入れて上半身を抱き上げてみる。

 腕に人間にはあるはずのない硬い異物が当たった。

 翼だ。

 あまりの恐怖に反応して、服を突き破ったのだろう。

 翼が他人の目に触れられないよう、腕で隠しながら抱き上げる。


 ここにはいられない。


 俺はシェルを腕に抱っこしたまま出入り口の方向へ店内を横切り、夜のゲームセンターを後にした。

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