夜のデートに連れて行きます3-1

 先週の図書館からの帰り道で、用意しておいたプレゼントをペテシアに渡した。

 プレゼントの中身は、ペテシアがかねてより読んでみたいと仄めかしてた書籍三冊。

 大事そうに抱えて邸宅内の図書室へ向かったところを見る限り、かなり喜んでもらえたようだ。

 そして今夜は、メリアを連れ出してきた。


「ねえ、祐介。破廉恥な場所にでも連れて行く気?」


 隣を歩くメリアが、企みでも見抜こうとするかのような目で、じっと凝視してきた。

 メリアはオフショルダーのトップスから見せつけるように肩を露出させ、デニム生地のショートパンツからすらりとした脚が伸びている。なんのかんの言いつつも、かなりめかし込んでいる。


「場所次第ではすぐに帰るから」

「せいぜいメリアが帰らないような場所を選んだつもりだ」

「へえ、それじゃ期待していい?」


 賭けてみようじゃない、というような気概ある口ぶり。


「期待にそえるよう頑張るよ」

「それで、どこまで歩くの?」

「あと少しだ。ほら、あそこに見えてきた」


 俺は歩道の左前方を指さす。

 メリアが俺の指先を追う。


「え、タピオカ?」


 予想だにしなかったと言わんばかりの声を出す。

 メリアが驚くのも無理はない。俺がメリアを連れてこさせたかったのは、SNSなどで好評判の都内のあちこちを隔週で回る巡業型の有名タピオカ店の屋台だ。

 今日の夜八時まで隣町で屋台を開いていると知り、交通機関を介してまでわざわざ訪れた。


「こんな時間なのに人が並んでるじゃない」


 屋台の前には午後七時だというのに行列が出来ており、行列にはいかにもタピオカが好きそうな女子高生のグループや若いカップルが並んでいる。


「この列を並んで待つの。買うのに何時間かかるのよ」


 メリアは濃密な行列を不満そうに眺めている。


「順番来るの待ってたら、他の場所に行く時間がなくなっちゃうじゃない」

「それなら、タピオカやめるか?」


 俺はタピオカを飲みたいわけじゃない。メリアが以前からスマホで羨ましそうに写真を見せてきていたから、連れてきたまでである。

 提案するように言った俺を、メリアは断固とした目つきで見返してきた。


「はあ? ここまで来てのこのこと引き返すわけないじゃない。人気タピオカが飲めるまたとないチャンスなのよ」

「意気込んでいる間に、カップルに先越されたぞ」 


 行列の方に顎をしゃくる。

 同世代ぐらいの妙に眩しいケバケバファッションの男女カップルが、行列の最後尾で間に合ったね。ねー、と仲良く安堵している。


「ほら、あたし達も行きましょ」


 カップルを見たメリアが、前触れもなく俺の手首を掴んだ。

 お、おい。


「迷ってたら売り切れちゃう」


 急いた足取りで俺を引っ張っていく。

 行列の最後尾に着いても列の横から頭を出して屋台を見ているばかりで、手を離してくれない。


「メリア。手を離せ」

「ごめん。忘れてた」


 そう言って素っ気なく俺の手を振り払った。

 どうやら今のメリアはタピオカしか頭にないらしい。


「ねえ?」


 屋台に目を注いだまま、メリアが訊いてくる。


「なんだ?」

「屋台閉まるのって何時?」

「八時。残りは一時間で閉まるな」

「一時間ってことは、屋台の人が用意した量も残り少しかもしれないわね。あたし達の分まであればいいけど」

「そうだな。せっかく出掛けてきて飲めないんじゃ、俺も来た甲斐がないよ」


 まあ、俺は飲めなくてもいい。最低限メリアの分だけでも残っていてほしいものだ。

 


 列に並び始めて五十分ほど経過した。

 目の前でケバケバカップルが買い終えると、ようやく俺たちに順番が回ってきた。

 時間的に遅かったからか新しく並んだ客はおらず、俺とメリアが偶然にも最後の客になった。


「ご注文は? って聞いても二杯しか残ってないけどな」


 飲み屋の学校給食の配膳係っぽい恰好の屋台のお兄さんが、疲れた顔をして言った。


「その二杯の味は何なの?」


 メリアが尋ねる。


「ミルクとコーヒー」

「それでいいわ。どちらも頂戴」


 お兄さんは商売用の快闊なスマイルを見せてから、慣れた手際でプラスチックカップ二つにタピオカを入れ、ディスペンサーから飲み物を注いだ。


「ほれ」


 あっという間にドリンクが出来上がり、少しばかり粗雑にカウンターに置く。


「残り物ですまねえが、味は保証するぜ」


 お兄さんは自慢げにサムズアップする。


「いくらですか?」


 俺は財布を取り出す。


「二杯で二百円」

「えっ?」


 思わず訊き返した。

タピオカドリンクにしては法外な値段だ。屋台傍の立て看板には、味に関係なく一杯三百円と書いてある。

 思いも寄らない売値に当惑する俺に、お兄さんはじれったそうにカウンターを爪で叩く。


「二杯で二百円だ。小銭二枚じゃねーかすぐ出せるだろ」

「でも、看板には一杯三百円って書いてありますよ」

「いいじゃねーか。別に高く要求してるわけじゃないんだから」

「そうですけど」


 安く飲めるのは願ったり叶ったりだが、想定外に値を下げられるのは、特別視されてるみたいで良い気分じゃない。


「俺の言う値段に不満はあるのか。嬢ちゃんの方はどうだ?」


 突然に水を向けられ、メリアは戸惑いの笑みを浮かべた。


「あたし? あたしは構いませんけど」

「ほら聞いたか。カノジョさんは構わないって言ってるじゃねーか。細かいことを気にする男は嫌われるぞ。さっさと払うこった」


 メリアが主張の仲間に加わったとでもいう威勢で、男性は掌を出して催促してくる。

 しまった、という顔をしてメリアが男性に手をぶんぶんと振る。


「あたし彼女じゃないし、それにお金は祐介が払うから、あたしにどうこう言う権利なんてないわよ」

「謙虚なカノジョさんだな。どうするユウスケ君? 一杯百円か三百円か、どちらで払うんだ?」


 名前覚えられたんだけど。


「さっき言ったじゃない。あたし、祐介の彼氏じゃないわよ」


 男性の発言でメリアが顔を赤くし、ズレた論点でいきり立ち始めた。

 相手が俺とメリアをどう見ようが勝手なのだが、メリアは俺が彼氏だと思われるのも嫌みたいだ。

 異性として扱われていないのは少し傷つくが、メリアは吸血鬼であり、人間の俺と恋愛関係に成りえるわけがない。


「どうする、ユウスケ君?」


 お兄さんは俺の目をじっと見つめて判断を委ねてくる。

 見栄を張り続けてもキリがなさそうだ。小銭を二枚掴んで、男性の掌に載せた。


「丁度でお釣りはなしだな。まいどあり」


 男性は二枚の小銭を受け取ると、片手に小銭を握ったまま、メリアに二杯のドリンクを差し出す。


「タピオカドリンク買ったことだし、行くわよ祐介」


 メリアはドリンクを手にすると身を翻し、早く立ち去りたいような口調でそう言って歩き出す。

 メリアを追おうとすると、後ろから襟首を掴まれ引っ張られた。

 屋台のお兄さんの口が耳元に寄せられる。


「可愛いカノジョさんだな」

「彼女じゃありませんよ」

「そうか。まあ、大切にしろよ」


 気障っぽい台詞を吐くと、突き放すように俺の襟首から手を離した。

 そりゃ、大切にはするけど。

 頷くには恥ずかしく否めるには納得しがたい気分で、俺は屋台の前を後にした。

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