俺の馬鹿野郎!

 自転車でレンガ塀の角を曲がると、邸宅の敷地に入る格子門の前の道路沿いに、駐車灯を点滅させた如何にも怪しげな黒塗りのバンが停まっていた。

バンから不穏な危険を感じ取って、俺は反射的に門の向かいにある公園の方に迂回する。

 公園に着くと、光を放つ自動販売機傍のベンチにロードレーサーを立て掛けてから、スマホを取り出す。

 来る途中に激しく夜風に当たったせいか、醒めた思考でスマホを消音にして、メリアに電話を掛ける。


『何?』


 電話口にメリアが出たのがわかった瞬間、俺はひそめた声で尋ねる。


「メリア、大丈夫か?」

『う、うん。なんとか』


 いつもの権高な口調はどこにいったのか、心細げに頷く声が聞こえた。

 どうやら、俺の向かっている間に危害は加えられていないらしい。


「それで、他の三人は?」

「うっ…………」


 胸がつかえたようにメリアは答えない。


「聞いてるか? パシフィー、ペテシア、シェルは?」


 俺は焦れて、声の調子を少し強くした。


『……敵に捕まった。まだ殺されてはないはずだけど』


 メリアは詰まりながら答えてくれる。

 まだ殺されていないということは、いずれ殺すつもりなのだろう。命を狙うとなれば、相手は四人が吸血鬼であることを知っている可能性が高い。


「三人は今、どこにいる?」

『わかんない。わかんないけど、建物内の広い場所だと思う』


 広い場所か。どこが該当するのか瞬時に思いつかないけど、場所は限られてるだろう。


「そうか。わかった」


 まず、邸宅の中に入らないと。

 バンの横を通り抜けなければ邸宅に行くことはできないが、死ぬ覚悟で突破してやる。

 捕らわれた三人を助けに向かうため、俺が通話を切ろうと指を動かしたところで、ちょっと待って、とメリアの必死の声に制された。


「まさか正面から入ろうだなんて考えてないでしょうね?」

「他に入れる場所なんてないだろ」

「あんた、何もできずに死ぬ気なの?」


 冷ややかさの籠った忠告が、耳を揺さぶった。

 何もできずに死ぬ――?

 四人を助けるために生じていた蛮勇の熱が急速に冷め、自ら身を置いた状況に現実感が増してくる。

 心の底から竦んだ俺は、メリアに返す言葉が出てこなかった。


「あたし達の事、助けに来てくれたんでしょ?」


 突然に黙ってしまった俺に、メリアは慰めるような口調で訊いてくる。


「……ああ」 


 俺はスマホ越しに頷いた。 


「だったら、助けに来てよ。門のところで野垂れ死にしてても、あたしは供養してやらないから」


 はは、なんて無様な。

 助けると威勢よくと豪語して、四人のいる邸宅に辿り着くことも出来ずに芝生の上で絶命してる自分の姿を想像して、滑稽すぎて笑えてきた。

 よくよく考えてみれば吸血鬼の四人がまともな戦闘を一つしたことない俺へ救いを求めなければならないほど、死に際まで四人を追い詰めた相手だ。

 俺一人に勝ち目なんて、もとから皆無じゃないか。

 少し情けないが、俺のやれることは限られてる。


「メリア、俺はお前たちを助けたい。どうすればいい?」


 人任せな俺の問いかけに、メリアは苦笑するような声を漏らした後、静かに告げる。


「敵にバレないように、塀に沿って門の反対側まで回って」

「そこに行けば、何かあるのか?」

「錆びた大きなドアがあるから、そこに入って通路を進んで。階段の前のところで待ってるから」

「わかった」


 門の反対側に通路に繋がるドアがあるという話は、聞いたこともないし、実物を見たこともないが、今はメリアの言を信じるしかない。

 なんたって、俺なんかより五十年も長く邸宅の中で暮らしてきたんだからな。 

俺は通話を切ってスマホをポケットに仕舞うと、ベンチに立て掛けていたロードレーサーを起こして跨った。


「行くか」

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