夢にまどろむ
「祐介、ちょっと来て」
自室のベットで休眠を摂っていると、ふいに階下から母の呼ぶ声が聞こえた。
眠い身体を起こして階下に降りると、微かにリビングの戸に隙間が出来ていた。
誰かいるのだろう、と思いながらリビングの戸を開ける。
「祐介、こっち」
ダイニングテーブルの席に腰かけて、母が手招いている。
テーブルに近付くと、向かいの席を指さした。
「そこに座って」
促されるまま俺が席に就くなり、母は少しだけ身を乗り出す。
「祐介に聞いておきたいことがあるの」
「なんだよ、改まって」
軽口のように俺が言うと、母の目に厳かな色が浮かぶ。
「お母さんは大事な話をするの。ふざけた受け答えはしないでね」
「ああ、わかったよ」
ここまで真剣な母をついぞ見たことがない。
常に笑顔を忘れなかった母から飛び出す言葉を待って、俺は唾を呑む。
母は口を開いた。
「命の重さって、平等?」
「はあ?」
何を唐突に?
「答えて」
「平等、じゃないのかな」
正しい答えはわからないが、平等であって欲しい気持ちで俺は返答した。
母は重々しく頷く。
「そうよね。命に軽い重いがないのなら、蔑ろにされていい命はないはずよね?」
「論理的にはそうなるな。でもどうして、命の重さを俺に訊くんだ?」
「聞かなければならないことなの。四人に関することだから」
四人――。
ああ、そうか。
これは多分、夢なのだろう。現実で母から四人の話題が出たことはないからな。
「祐介はどうして四人を守ろうとしているの?」
「四人に頼まれたから。それに母さんの遺書にも力になってあげて、って書いたあっただろ」
「確かに書いたけど、守るっていう選択したのは祐介でしょ?」
それは否定しない。でもあんな四人の縋るような顔を見て、断るなんて非情な選択、俺にはとれない。
「お母さんってね、実は我が儘な性格なのよ」
「我が儘? 何を言い出すんだ突然」
「だから祐介だって、もっと我が儘になっていいのよ」
「それじゃまるで子どもみたいじゃないか。確かに母さんからしたら俺は子どもなんだけどさ」
そう言って苦笑交じりに混じりに言う。
母は静かな表情で俺を見つめた。
「大切な人が死ぬと悲しいわよね」
母の脳裏には父の姿が映っているのだろうか、今の静穏な表情からは読み取れない。
「そうだな」
「さっきの質問に戻るわよ。我が儘に答えてね」
俺は承知した意で、母の目を見つめ返した。
「命の重さって、平等?」
「びょ……」
ティン、トン。
答えようしたところで突如鼓膜に響いた軽快な電子音に、俺は現実へ引きずり戻された。
ベッドの上で身を反転し、サイドテーブルにあるスマホを掴む。
スマホの画面を見る。メリアから一件の着信メールがあった。
メールアプリを開き、着信メールの中身を覗く。
『たすけて』
アドレスを交換して以来、幾度かメールのやり取りはしたが、ここまで具体性に欠けるメール文は初めてだ。
ティン、トン。
返信の文言に頭を捻っていると、メリアから新しくメールが送られてきた。
『はやくきて』
漢字変換する余裕もないほど、切羽詰まってるのか?
何があったんだ、とりあえず俺は返信する。
数刻の間をあけて、スマホが鳴った。
メール画面に、送受話器の通話アイコンが表示されている。
アイコンを指で触れるとすぐに通話に切り替わり、俺はスマホを耳に押し当てた。
「早く来て、たすけて!」
命の危機であるような性急なメリアの声が、鼓膜を貫く。
たすけて、だって?
助けを乞われている訳がわからず言葉を失くしていると、メリアの苦しげな息遣いを耳が拾った。
「どうしたんだ?」
非常な事態であるはずなのに、使いつけた台詞が俺の口を衝いて出た。
「とにかく早く来て。あたし達殺されるっ……」
理解できていない脳を通り越して、メリアの言葉が胸に迫る。
殺される。
考えるよりも先に身体が動いていた。
部屋を出て、階段を降り、スニーカーに足を入れ、庭のロードレーサーに跨った。手にしていたスマホに叫ぶ。
「今行く、待ってろ」
返事するメリアの声も聞かずに、スマホをズボンのポケットに突っ込んだ。
ペダルを踏み込み、自宅を飛び出す。
濃い射干玉の闇をヘッドライトで切り裂きながら、俺は邸宅へ急いだ。
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