4-6

 スクールラビリンスの6話が放送された翌日、仕事がなかったので時間通りに登校していた。

 

「おい、山下マキだぞ」

「昨日観たか?」

 

 登校中にも、同じ学校に通う子どもたちからヒソヒソとした声が聞こえる。

 平日の夜10時から放送されているドラマだったが、同じ学校に通う生徒が出演している、ということで、リアルタイムで視聴している生徒は多い。

 生徒自身が意欲的でなくても、親が観ている横でついでに観ている、というパターンもある。

 

「あっ」

 

 騒然とした教室。誰かが驚いたように声をあげて、その後は静寂が訪れる。

 皆が会話を止めてマキを見ていた。何かを言おうとして躊躇っているようだ。

 男子も女子も同様に固まっていたが、行動したのは男子側だ。

 

「うわ、ビッチだ!」

「変態がうつるぞ!」

 

 マキはクラスの男子の大半から好意を抱かれている。その裏返しか、からかうような言葉が目立つ。

 一方で女子の反応は遠巻きに伺うようなものばかりで、不自然なほどに何もなかった。

 そして――この日を境に、女子によるイジメ行為が徐々になくなっていく。

 

 

 

    ◆

 

 

 

 スクールラビリンスの前半は、太郎の心情の変化に焦点があたっていた。

 後半はうって変わって、太郎への恋心を自覚するハジメに焦点があたる。

 徐々に想いを強くしていき、彼女が抱える問題を太郎が解決し、その恋心を最終回で自覚する。

 恋心を自覚しながらも最後の一歩を踏み出せない太郎とは対照的に、ハジメは恋心を自覚すれば、その後の行動は早い。

 最終回でハジメが濃厚なキスをして、太郎は抜け出せない迷宮に踏み入っていたのだと、ある種の諦観をしてドラマは終了する。

 

 6話の軽いキスが転換点であるならば、最終回の濃厚なキスは終着点である。

 山下マキは当然ながら、逃げることなくそのシーンを演じきる。

 様々な方面から批判の声もあがったが、それ以上に肯定的な声が多かった。

 視聴率も最終回のキスシーンでは、40パーセントを記録していたというから驚きだ。

 

 

 

    ◆

 

 

 

 最終回の放送が終われば、マキの学校での状況は大きく変化していた。

 男子たちがマキをからかう状況はそのままであったが、変わったのは女子側だ。

 

「ちょっと止めなさいよ」

「男子ってほんとデリカシーないよね」

 

 マキをからかう男子と、マキを庇う女子という構図が生まれていた。

 いつの間にか、女子はマキと敵対するどころか味方になっていたのだ。

 小学5年生の女子というのは性に敏感な年頃である。

 その興味心は同年代の男子より強い。

 男子の場合はスポーツが得意な者が上位のヒエラルキーになるように、女子の場合は性により進んだものが上位となる。

 華々しいテレビの世界で、イケメン俳優との濃厚なキスシーンを演じた山下マキの存在は、彼女たちにとって憧れとなった。

 

 女子たちはかつて、嫉妬心からマキに対するイジメを行った。だが今は既に嫉妬心はない。

 聡い彼女たちは、マキが自分たちとは違う世界にいることを理解していた。

 異なる次元に位置するが故に、恋愛においてライバルには成り得ないのだ。

 マキを排斥するデメリットよりも、マキに味方する方がメリットが遥かに大きかった。

 マキと敵対するよりも、あの天才子役・山下マキの友人である、という価値を選ぶ。

 彼女たちは子どもながらに強かな存在なのだ。

 

 

 

    ◆

 

 

 

 ――さて、どうなることやら。

 

 マキはイジメの主犯格であった上大内麗子から呼び出しを受ける。

 女子たちが積極的にマキの味方をするようになったが、麗子だけは戸惑って遠巻きに見ているだけだった。

 イジメの主犯であったために、罪悪感から接し方が分からなくなっているのだろうか。

 その麗子から、放課後の教室に待っているように言われたが、一体何を言われるのだろう。

 

「……」

「何の用?」

 

 麗子が何かを言おうとして躊躇い、言おうとして躊躇い、その逡巡を繰り返し、一向に先に進む気配がなかった。

 マキが用件を問いただせば、ようやく麗子は言葉を発した。

 

「お、大栗将生とのキスはどんな感じでしたの?」

「……え?」

 

 意外な質問で目を丸くしてしまう。

 正直なところ、麗子の目的は謝罪であると考えていた。あるいは大穴として、引き続き敵対すると宣言する可能性も考慮していた。

 だがフタを開けてみればどうだろう。

 他の女子たちと同じように、イケメン俳優とのキスシーンについて興味があるようだ。

 彼女は恥ずかしそうにモジモジと身体を揺すり、その顔をゆでだこのように真っ赤に染めていた。

 その様子を見ていたマキは、ある行動に出た。魔が差したのかもしれない。

 

「体験してみる?」

「えっ――んッ!?」

 

 麗子の唇を奪い、熱い口づけを交わした。

 それは、イケメン俳優・大栗将生を完全に籠絡したキスである。百戦錬磨の将生であっても、最終話でのディープキスは腰をくだかせるほどだったという。

 いたいけな少女であればいとも簡単に堕ちてしまうだろう。

 麗子は百合の世界へと強引に引きずり込まれて、熱狂的なマキちゃん信者の一人になる。

 良いところのお嬢様であり、なおかつ才能あふれる麗子は、金と権力にものを言わせてマキを支えていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る