幕間ー1


「俺と、付き合ってください!」

 

 またこれか、とマキは嘆いた。

 中学一年生となった彼女は、海外でもナチュラルボーンアクターだと喝采され、その熱狂的なファンを増やしている。

 あまりにファンが多いので、ファンの一人一人に対して対応をすることはできない。大量なファンレターが送られてきたとしても、彼らにはより一層良い演技をすることでお返しをするしかない。

 

 だが同じ中学に通う男子生徒たちはファンであってファンではない。

 全く知らない男子たちであっても、彼らの視点からすれば、マキは自分たちと同じ学校に通う同級生だ。手の届かない存在ではなく、同じ集団に属する存在であり、彼らにとってマキは学校のマドンナでしかない。

 だから彼らは自分がマキと付き合うことができる可能性があると思い上がってしまう。

 マキは同じ集団に属しているが故に彼らを無視することはできない。しっかりとお断りをする必要があった。

 

「ごめんなさい。あなたと付き合うことはできません」

「な、なんでだよ。まずはお友達からで良いからさ」

「あなたを恋愛対象とは見られないので、ごめんなさい」

 

 勝手にチャンスがあると思っていた男子はうなだれている。

 男というのは哀れな生き物だ。恋人を選択するにあたって見栄を重視してしまう。

 凄く話があって一緒にいて楽しいブスと、性格が悪くてむかつく美人。二人のどちらを選ぶかと言われたなら、後者を選ぶものは多い。特に思春期の男子はその傾向が強いだろう。

 見た目が良いものを彼女にしたいと思うのは、性欲に突き動かされるからでもあり、そして何よりも見栄を重視しているからだ。

 こんな可愛い子と俺は付き合っているんだぜ、と優越感に浸りたいのだ。

 思春期男子にとって、恋人とは、自分だけが良さを知っている女ではなく、誰もが認める良さを持つ女なのだ。

 そういう点でマキの存在は満点だ。いや、満点以上だろう。平凡な男子にとって、唯一無二のスペシャリティを持つ彼女は理想的だ。

 

(これだから男は面倒くさい)

 

 マキは同級生たちから好意を持たれていることには気がついている。

 しかし、その理由を正確に認識できてはいない。

 男子たちに特別なことをしているつもりはないため、自分自身の魅力というよりも、タレントとしての肩書きに惹かれているのだと考えていた。

 だが、実際はそうではない。単純にマキに対して惚れて告白に及んでいる面もある。

 

 マキは天才である。意識的に他人を誘惑することなど容易い。

 だからこそ、意識していない部分で誘惑してしまうことに対して鈍感なところがあった。

 男から女へ転生した影響なのか、異性に対して天然で無防備なところがあり、図らずも男子たちを誘惑してしまっているのであった。

 男子たちに対して壁を作らないマキの態度が勘違いを誘発し、あの山下マキが自分に好意を持っているかもしれないと思い込むのだ。

 

「ごめんなさい」

 

 振られた男の後始末など面倒なだけだ。項垂れる彼を放置してマキは去って行く。立ち去っていくマキとすれ違うように、一人の女子生徒が男の元へ近づいた。

 

「大丈夫?」

「あ、あぁ」

 

 心配そうに男の腕を掴んで話かけている。マキに振られた直後にもかかわらず、鼻の下を伸ばしていた。

 男は単純である。振られたばかりであっても、女子と身体的な接触があれば喜んでしまう。それだけで、好きになってしまう。

 マキに振られた男子を慰めることでちゃっかりと恋人になる、というのは同級生の女子たちの必勝パターンであるらしい。


 彼らの様子を遠目で見ていたマキは、やれやれとため息をつきながらも、その未来に祝福あれと新しいカップルの誕生を祝うのであった。

 

 

 

    ◆

 

 

 

 藤原麒麟は中学一年の男子だ。

 どこにでもいる平凡な男子かとクラスメイトたちに聞けば否定されるだろう。彼は悪い方向に少し特殊だ。

 学校ではいつも、一人で絵を描いている。余り他人と話そうとしない。いわゆるオタクの男子たちとはたまにアニメの会話もしているが、それ以外のものと話している姿はあまり見かけない。

 見た目は悪くないが、行動が気持ち悪い男子、というのが大半の女子の意見だった。今では何か特別な用でもない限り、彼に話しかけようとする女子はいない。

 

 麒麟は絵を描くことが好きだった。

 物心がついたころにはクレヨンを握っていたし、彼の最も古い記憶は、自分が描いたキリンの絵を母親に誉めてもらっているところだ。

 

「凄い上手だね」

 

 昼休みの教室で黙々と絵を描いていると、彼に話しかける者がいた。

 高嶺の花である山下マキだ。

 

 麒麟は絵を描くのが好きで、ずっと描き続けている。その内に、人物を見る際には、彼あるいは彼女が絵になるか、絵にならないかという基準で判断するようになった。

 そんな麒麟にとって山下マキという少女は、いつも輝いて見える特別な少女だ。

 確かに彼女は美少女だ。とはいえ、学内で一番美少女かと言うとそういう訳ではないと思う。単純な美貌だけで言えば、彼女の友人の上大内麗子が一番だし、他にもマキ以上の美貌を持つものは少なからず存在する。

 だが、それでもマキが最も絵になると感じてしまう。彼女の立ち振る舞いによるのだろうか。あるいは、その身に秘めたオーラ的な何かが関係しているのだろうか。

 

「え、あっ……」

 

 普段から周りの目も気にせずに絵を描いている麒麟であったが、マキに注目されることで気恥ずかしくなって、まともに返事をできなくなってしまう。

 動揺している彼を気にする訳でもなく、マキが後ろから絵を覗き混む。座って絵を描いていた麒麟の肩越しに見ていて、彼女の顔は麒麟の顔のすぐ近くにあった。

 ふわりと石鹸のような良い匂いが鼻をくすぐり、彼女の体温すら感じ取れそうな気がした。

 

「これ、マジキュアだよね」

 

 マキに気を取られてボーっとしていた麒麟は、その指摘に血の気が引いていく。

 彼は女児向けアニメのマジキュアの女キャラを描いていた。一日前に放送された最新話に感動した彼は、その感動を絵に描くことで表現していたのだ。

 きっとマキも他の女子と同じように軽蔑の目で見てくることだろう。しかし――

 

「私もこのシーン好きだよ」

 

 マキは軽蔑した様子もなく微笑んだ。このシーンの良さが凄く表現されている、と興奮しながら喋っている。

 

「ッ!」

 

 その瞬間、彼は心臓を鷲づかみにされたような衝撃を受けた。

 軽蔑されると思っていた趣味をあろうことか称賛してくれたではないか。

 男の理想は母親だ、と聞いたことがある。であるならば、麒麟にとって理想的な女性とは、自分の絵を受け入れ、誉めてくれる人だ。

 見た目も良く、輝いているマキが自分の絵を誉めてくれる。惚れないはずがないだろう。

 麒麟は思春期特有のリビドーに身を任せて、彼にしては珍しく大胆なことを口走る。

 

「あの……俺の絵のモデルになってください!」

 

 

 

    ◆

 

 

 

 絵のモデルになることを山下マキが承諾し、放課後の教室で、その絵を描くことになった。

 モデルといっても当然ながらヌードモデルではない。中学生の麒麟がそんなことは頼めないし、頼んだとしても断られるだけだろう。第一本当にヌードになってしまえば、絵を描いている余裕もないだろう。現に普通に座っている姿を描くだけでも、変な気分になってしまうのだから。

 

「完成だ」

 

 自分の中の葛藤と戦いながらも、かつてないほどの集中力で一枚の絵を描き上げる。その絵は、麒麟の目から見ても傑作だった。

 

「山下さんの美をあますことなく表現できた。外見は当然だけど、その内に秘められた美も」

 

 自身の作品に惚れ惚れしするように自画自賛した。

 しかし、その言葉を聞いたマキが、ふふふと笑った。

 

「その発言は私を甘くみてるよ」

「えっ?」

 

 麒麟は自分の絵に自信があった。

 この傑作を否定するのであれば、それは見る目がないとしか言えないだろう。

 ムッとして反論しようとすると、マキが彼の言葉を遮った。

 

「私は千の顔を持つ役者らしいよ」

 

 マキは椅子に座り、先ほどと寸分違わぬ姿勢をとった。

 なるほど役者というのは身体の制御も上手い。再現性も抜群だ。

 だが――違う。

 根本的に異なっている。

 外見は同じだ。だがその中身が違っている。

 

「千の顔をもつなら、ホンモノの顔はどれだと思う?」

 

 少し寂しそうに言う。

 麒麟の目には、最初の顔も、その次の顔も、どれもが真実に思えて、彼女の言うホンモノがどんな顔なのか想像もつかなかった。

 

「いつか、いつか必ず、山下さんのホンモノの顔を描いてみせるから!」

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