【W杯決勝T進出記念】天才サッカー選手を演じてみた

 マキはジト目で母の朱里を睨む。


「あは、あはは……」


 朱里は明後日の方向を向いてとぼけている。

 2人は地元のこどもサッカーチームの試合の応援に来ていた。

 CMデビューを果たしたマキは、地元では既に有名人だ。

 若い世代だけでなく、年配の世代にもよく知られている。

 今回は年配世代に人気であるが故に、わざわざ応援させられるハメになった。


 黒幕はお節介な自治会長だ。

 やり手の爺である彼は、隣の地域の自治会長と仲が悪い。

 彼の妻曰く、同族嫌悪らしいが。


 こどもサッカーチームの対戦相手は、その隣の地域のチームである。

 自治会長は絶対に勝ちたいらしい。

 だが下馬評では相手チームの方が実力は上だと言われている。

 そこで彼は一計を案じた。


 実力が足りないのであれば士気で補えばいい。

 士気をあげるためには応援だ。

 有名人に応援してもらえればやる気がでるだろう。

 丁度いいところに、地元では知らない者のいない少女・山下マキがいる。

 彼女に応援してもらえれば必勝だ。


 ということらしい。

 そして会長は朱里にお願いし、朱里はそれを断れなかった。

 どうもマキが生まれる以前から何かと世話になっているらしく、断れなかったそうだ。


(こういう爺は恩を着せるのが上手いんだよなぁ)


 ため息をつく。


(相変わらず押しに弱いなぁ)


 そんなことだから苦労するのだ、と心の中で実の母親にダメ出しをした。


「ほ、ほら、あの子、確かマキと同じクラスの子だよね? 応援してあげよう?」


 同じクラスの男子もいるし見知った顔ばかりだ。

 だから応援すること自体は別に構わない。

 でも自発的に観戦するのと、半ば無理やり観戦させられるのは全く別物だ。

 そして何より、応援の仕方に問題がある。

 マキは何故かチアガールの姿になってポンポンを持たされていた。


(一人でやっても意味なくないか……?)


 チアガールというのは集団でやるからこそ映えるものだ。

 だが周りにいるのは選手の保護者や地元の爺婆ばかりで、同世代の子の姿は見当たらない。

 チアガールとして応援しているのはマキだけだ。

 朱里の合いの手はついているが、完全に周囲から浮いていた。

 思わず死んだ目になってしまう。


(まぁでも、やるからにはちゃんとやらないとね)


 感情のない濁った目から、キラキラと輝く目に切り替えて、一生懸命に応援する可愛い少女を演じるのであった。




    ◆




 選手たちや観戦中の保護者たちが動揺している。

 選手の一人が試合中に捻挫をしてしまい、プレーができなくなったからだ。

 公式試合ではないため厳密なルールが決まっている訳ではなく、試合は一時中断されている。


(どうするのかな……?)


 地元チームの選手層は厚くない。

 控えの選手がいない。

 彼らの試合は8人制が採用されているが、今いる選手は8人だけなのだ。


 怪我の具合は余りよくはない。

 捻挫して足首が腫れている。

 骨折まではしていないと思うが無理はできない。

 少なくとも今日は、これ以上のプレーは不可能だ。


 自治会長はやけに張り切っているが、所詮はただの非公式な試合だ。

 別に7人対8人で戦っても問題はない。

 が、レッドカードで退場になってもいないのに、7人しか出さないのは勿体ない。自ら不利になりにいくようなものだ。出来ればもう一人補充したい。


「誰でもいいから出てもらうか」


 自治会長がボソッと呟き、監督と相談し始める。

 どうやら周りにいる同世代の子に急遽参加してもらうことにしたらしい。


「……ん?」


 辺りを見回す。

 周囲に同年代の子はいない――マキを除いて。

 監督と自治会長の視線は、マキに向けられていた。


「えっ? 私?」


 監督や自治会長、保護者たち、そして試合に参加しているこどもたち。

 彼らが一斉にマキに頼み込む。


「えぇ……」


(チアガールの次は選手?)


「人数合わせで出てくれるだけでもいいから!」

「えーっと、ほら、私サッカーできないし……」

「嘘つけ。体育の授業のとき、普通にサッカーしてただろ」


 パスを受け取り、パスを出す。

 それができるだけでも、一人欠けている状況より遥かにマシなのだ。

 同級生によってサッカーができることをバラされてしまい、ますます断りづらくなってしまう。


「断ってもいいのよ?」


 隣にいる朱里が、あらあらと困惑しながらもマキの味方をしてくれる。

 彼女はマキの決定を尊重するだろう。


(でもなぁ……)


 断った場合、自治会長からの心象は悪くなる。

 彼とこれからも付き合いが続くであろう朱里のことを思うと断りづらい。


「頼む、この通りだ!」


 自治会長が頭を下げてくる。

 頼られて悪い気はしない。

 それに、一人でチアガールをさせられるよりもマシだとも思う。


(まぁ、仕方がないか)


 マキは了承した。

 手に持ったポンポンを朱里に渡しながら宣言する。


「やるからには、本気でいくから」


 なんだかんだでやる気十分なマキの背中を見た朱里に、「しっかりものだけど、意外と押しに弱いのよねぇ」と思われていることを、マキは知らない。




    ◆




 国内でもトップクラスの強豪ジュニアチーム。

 その監督をしている玉田は、たまたま見かけた少年サッカーの試合を観戦していた。


 まともな戦術もないし、スカウトしたくなるような才能や実力のあるこどもは見当たらない。

 監督の立場としては見る価値のない試合だ。


(楽しそうだなぁ)


 だが玉田はサッカーというスポーツを愛している。

 才能のある者たちが厳しい練習を重ねて必死になって勝ちを求め合うサッカーも好きだが、ただ純粋に楽しむためのサッカーも好きだった。

 観ていて楽しくなるし、初心を思い出させてくれる。


「あぁ……」


 選手の一人が足を抑えてうずくまっている。

 どうも捻挫したらしい。

 傍にいないのではっきりしたことは分からないが、選手生命に関わるようなものではないはずだ。ただ、今日はこれ以上のプレーはできないだろう。地元の草サッカーだし、選手はこどもだ。ケガをおしてまで出場するようなものではない。


(控えはいなさそうだが……)


 8人制の試合。

 チームの選手は、ケガをした子を除くと7人しか見当たらない。

 一人足りなくなる。

 このまま7人対8人で続行するのだろうか。


「ん?」


 観客としてチームを応援していたチアガール姿の少女が、ケガをした男子からゼッケンをうけとる。

 そしてチアガールの衣装の上から、背番号10のゼッケンを被った。

 どうやら急遽、彼女が助っ人として参戦するようだ。


「うはっ」


 玉田は思わず声を出して笑った。

 味方チームも敵チームも、他の選手はみな男の子だ。

 その中に女の子が一人、しかもチアガール姿。

 物凄く浮いている。


(なんでもありだなぁ)


 味方チームの子たちも困惑しているから、チームに所属している子ではないのだろう。たまたま近くに同年代の子がいたから参加させた、といったところか。

 めちゃくちゃな展開ではあるが、玉田としては絵的に面白いのでアリだ。

 今までどちらかを応援していた訳ではなかったが、チアガール参戦によって、彼の心情は一気にチアガールチーム側へと傾くのであった。


(まぁ、ただの数合わせだから何もできないだろうけど)


 チアガールが活躍することはないだろう。

 そう思っていたが――


「えっ?」


 チアガールがピッチに入った瞬間、空気が変わった気がした。

 まだ何もプレーをしていないにもかかわらず、彼女にボールが渡れば確実に点をとる。

 思わずそう感じてしまうような何かが、彼女にはあった。


 オーラとでも言うべきか。

 オリネル=マッシのような超一流のサッカー選手のみが醸し出す雰囲気。

 ただそこにいるだけで、この選手は違うと思わせる存在感。

 それが彼女には備わっている。


 これだけの存在感を持つ選手だ。

 既にどこかのチームで、しかも全国レベル……いや、世界レベルで活躍していてもおかしくはない。

 有望な小学生がいれば、玉田の元に情報が入ってくるはずだ。

 でも彼女に関して、何も情報がなかった。


(あの子はいったい何者だ?)


 相手チームの監督もチアガールの雰囲気を感じたのか、慌てて指示を出している。ディフェンスが上手な選手2人に、彼女をマークするように伝えていた。

 選手たちは彼女の放つプレッシャーに怯えているようだった。

 無理もない。

 素人のこどもの試合に、プロの大人が参戦するようなものだ。

 それほどまでに彼女の存在感は際立っている。


(お手並み拝見といこうか)


 プレーが始まる。

 フォワードのポジションにいるチアガールは、2人の選手にピタッとマークされており、自由に動けない状態だ。味方の選手たちのパス技術では、パスを出そうにも彼女が触る前にカットされてしまうだろう。

 小学校低学年であろう小柄な彼女と、小学校高学年であろう男子2人。身体の大きさに差がありすぎるため、チアガールが強引にマークを振り払うことは難しい。

 だから折角のチアガールという切札を使うことができない。


(勿体ないなぁ)


 一人でもパスの上手い選手がいればチアガールの活躍が見られただろう。

 彼女の能力を知りたい玉田としては残念だが、試合展開を考えれば、チアガールの存在は全くの無駄という訳でもない。

 チアガールが2人の選手を引きつけることで、他の選手たちが自由になるため、人数差を利用して積極的に攻撃を行っていた。

 何度もチャンスが訪れるが、キーパーの好セーブによって0-0のスコアのままだ。

 あと一押しが足りない。そんな状況が続く。


(このあたりで変化が欲しいな)


 中盤の選手にボールが渡った。

 チアガールをマークしていた2人は焦れたのか、ボールに注意を向けている。

 その瞬間、今までジッとしていたチアガールが動きを見せた。


『そこにボールを出せ』


 パスの出しどころを探す選手に目でメッセージを伝える。

 ノンバーバルなコミュニケーションは、強豪チームになれば当たり前のように行われているものだ。

 言語化されていない意思疎通は、メッセージの出し手と受け手の両方に高いサッカーIQや共通認識が要求される。

 だが、彼女のそれは全く事情が異なる。

 ボールを持つ選手はあまり上手ではない。チームにもっと人数が揃っていたらベンチになっていてもおかしくない程度の選手だ。アイコンタクトをしたとて、その意味を正しく理解はしてくれないだろう。

 にもかかわらず、チアガールは自分の意思を明確に伝えていた。


(伝えるなんてレベルじゃないぞ)


 他の解釈など一切許さないと言わんばかりの暴力的なメッセージをぶつけている。

 ただのアイコンタクトにこれだけの強度を持たせるなんてあり得ない。同じことができる選手を玉田は知らない。

 世界を代表するようなサッカー選手ですら、同じことをやれと言われても難しいだろう。

 チアガールの強烈なメッセージに引きずられるようにして、空いたスペースにパスを出す。

 彼自身の力によって出したパスではなく、チアガールによって無理やり引きずり出された絶妙なパスだ。

 そしてチアガールは――


(消えた……?)


 ピッチ全体を支配していたプレッシャーが消滅する。

 チアガールの存在感が消えた。

 とびきり目立つ衣装を着ているにもかかわらず、どこにも見当たらない。

 観客として俯瞰して観ていた玉田ですらそうなのだ。選手たちも完全に見失っていた。


 ――ざわっ。


 観客たちが驚きの声をあげる。

 チアガールがいつの間にか、スペースに出されたボールの傍まで抜け出していた。

 ディフェンスの選手たちが慌てて追いかける。

 恐らく一番年齢が低いであろうチアガールの身体能力は、他の選手に比べて劣っている。走るスピードもディフェンスの方が上だ。

 だが、間に合わない。

 少女は誰にも気付かれることなく飛び出してトップスピードでボールへと向かっている。止めるには、もう遅い。

 チアガールがシュートモーションに入る。

 オリネル=マッシを彷彿とさせるような動きに、玉田はゴールを確信した。

 もう観なくても分かる。

 間違いなくシュートは決まるだろう。

 そしてチアガールがボールを蹴り――


「えっ」


 豪快に空振りした。

 ボールがぽてんぽてんと転がってピッチの外に出る。


「……」


 選手、監督、観客。

 みんなポカーンとしていた。

 誰もが決まったと思っていたからだ。敵チームのキーパーですら既に失点を覚悟していたほどだ。


 チアガール本人は自分の足を動かしながら、首をひねっている。

 足の長さを勘違いして目測を誤ったみたいな反応だ。

 シュートをした際の足の軌道を思い出す。

 ――もしも彼女に成人男性ほどの足の長さがあれば、空振りになることはなかっただろう。


 敵チームからは呆れた視線が、味方チームからは「何で外しているんだよ」と責めるような視線が向けられている。

 決定的なチャンスを失敗した選手は、そこに至るまでの動きがどれだけ素晴らしかったとしても責められがちだ。

 人数合わせで参加させたはずの、全く期待していなかった助っ人少女であっても、それは変わらない。


「ん?」


 チアガールが周囲の空気に気づいた。

 彼女は自分を責めるような視線に対して――


「てへっ」


 てへぺろをした。


(可愛い……)


 単純な容姿という面でも可愛らしい少女ではあるが、それ以上に彼女の立ち振る舞いが可愛い。

 どうすれば可愛く見えるのかを完全に把握しているのだろう。

 ふざけるなと怒られる手前のギリギリのラインを見極め、しょうがないなぁとほっこりするように誘導している。


「どんまいどんまい」

「いい動きだったよ」


 チームメイトたちは顔を真っ赤にしながら、チアガールを励ましている。


「よかったぞー!」

「次は決めてくれよー!」


 保護者を始めとした観戦客が、笑顔を浮かべながらチアガールに声をかける。

 チアガールは「次は決める」とポーズをとって応えた。

 観客席からワーッと歓声があがる。


(ノリノリだな、この子)


 彼女には人を惹きつける力がある。

 いつの間にか敵チームの保護者さえも、完全に彼女のファンになっているようだった。


(凄い子を見つけてしまったな)


 自在に存在感を操って裏へと抜け出す力。

 異様なまでの意思伝達能力。

 周囲を魅了するカリスマ。

 とんでもない才能だ。

 将来、なでしこジャパンとして世界と戦える逸材だろう。

 タレント性も抜群であるため、女子サッカー人気を定着させることにも貢献してくれるはずだ。


(この後、スカウトしよう)


 玉田の脳裏には、未来のなでしこジャパンのエースを見出した指導者としてテレビのインタビューを受ける将来の自分が完全にイメージできていた。


「ふ、ふふふ」


 この後、役者の仕事があるから無理だとバッサリ断られることになる。

 そしてチアガールの正体が子役として人気になりつつある少女・山下マキであることを知り、役者はサッカー選手に向いているのではと頓珍漢なことを考え、しばらく迷走してしまうことは、今の玉田には知る由もないことであった。






あとがき


『おっさん、転生して天才役者になる』

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『バ美肉Vtuberのおっさんは厄介ガチ恋系JKにリアバレしていることを知らない』

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https://kakuyomu.jp/works/16817330648225316525

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おっさん、転生して天才役者になる ほえ太郎 @hoechan

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