3-4

 マジフールは手を伸ばしながら叫ぶ。


「行かないで!」


 マジレジェンドは呼び止められて、一瞬足を止める。

 振り返り、手を取れば、まだ引き返せるかもしれない。マジフールはいつだって、誰にだって、そうやって手をのばして、人々の心を救っている。

 でも、それでも、既にマジレジェンドの心は手遅れなほどに壊れてしまっていた。


「ごめんなさい」


 立ち止まり、それでも振り返ることはなく、彼女は進む。


「どれだけ辛くても、どれだけ悲しくても、マジキュアであり続けなさいって言ったことは嘘だったの!?」

「嘘じゃないわ」

「私はマジレジェンドが……あゆみさんがどれだけ辛いのか分からない。それでも、私はあなたの傍にいたい! だから、戻ってきて!」


 マジレジェンドは完ぺきだ。ハカイダーたちの脅威から人々を守り続け、完ぺきでありつづけた。

 相棒を失い、信頼する親友を失い、たった一人で戦い続ける彼女に、やがて後輩ができる。新人マジキュアのマジフールたちだ。

 マジフールたち新人マジキュアを導き、そのあり方を示し続けた。


「マジフール、あなたは手を伸ばすことができる人よ。きっとすばらしいマジキュアになれるわ。でも私はもう違う」

「あゆみさん!」


 マジレジェンド――牧野あゆみは、伝説の名にふさわしい純白の衣装を身にまとい、ハカイダー総裁の元に歩み寄る。

 そして、膝をつき、総裁に忠誠を示した。


「あぁ……」


 マジフールの顔は絶望でゆがんでいく。

 尊敬すべき先輩であるマジレジェンド。彼女の純白が、黒く染められていく。

 その様子を、ただ黙ってみていることしかできなかった。




    ◆




 今日はレジェンドマジキュア26話の収録だ。

 全52話が予定されているアニメの26話。ちょうど折り返し地点の26話は、ストーリー的にもターニングポイントの回となる。


 主人公のマジフールたちを守り導く、マジレジェンド。彼女はタイトルの『レジェンド』という名前を持つだけあって、物語のキーとなる人物だ。実質の主人公とも言われていた彼女は、デザインや演出も凝られていて、大人気キャラクターとなった。彼女目当てで、このアニメを見ている者も多い。

 そんなマジレジェンドが、気高くありつづけた彼女が、闇堕ちしてしまう回だ。


 この話は伝説になる回だ。だから誰もが気合を入れて収録にのぞむ。

 監督は前日から寝れなかった、と遠足前の子どものようなことを言っていた。眠れなかったのは本当らしく目にクマがあり、寝ていないことでハイテンションになっている。

 監督も、スタッフも、そして声優たちも、その顔には緊張が見えていた。

 しかしたった一人、いつもと変わらぬ姿がある。

 それが――山下マキ。伝説となる26話の主役・マジレジェンドを演じる少女だ。

 拍子抜けするほどにいつも通りな彼女をしり目に、収録は始まった。

 その結果は――


「はいぃぃ! ぅぅおおおおおっっっけぇぇいい!!」


 監督の一声とともに、マジレジェンドから山下マキへと戻る。

 現場の張り詰めた空気が和らいだ。


「完ぺきだよ――いや、完ぺき以上だ! ぼくが血潮をかけて練り上げたイメージを越えていった。完ぺき以上に――そう、まさしく伝説だ、レジェンドな出来だった!」

「ありがとうございます」

「君のことを知ってから、マジレジェンドをできるのは君しかいないと思って必死でかけあってきた。偉い人たちに土下座したぼくの行動は正しかったと証明された!」


 興奮した監督が泣き始める。彼に釣られるように、周りにいたスタッフたちも感極まっている。彼らは全力を注ぎ、全力以上の出来となったことを確信していた。


 マキは彼らの様子に少し呆れながら周りを見回す。

 マジフールを演じた柊理沙の立ち尽くす姿が目に入った。


「理沙さん?」

「……」


 どうしたのだろう。

 マイクの前で放心状態になっている。


「こりゃ、役から抜けてねえな」


 菅野が理沙に呼びかける。

 

「おっぱい触っちまうぞー」


 理沙の前で手をわきわきさせているが、反応はない。

 菅野は気まずい表情を浮かべながら頭をかく。


「重症だなこりゃ」


 スタジオにいた女性スタッフが、理沙の肩を揺らしながら彼女の名前を呼ぶけれど、それでも変わらない。


「どうしたもんか」

「私に任せてくれませんか?」


 理沙がマジフールから抜け出せないというのなら、それをなんとかするのはマジレジェンドを演じたマキの役目だ。

 そして――マキはマジレジェンドに戻った。

 その雰囲気の変化を感じ取ったのか、理沙が――マジフールが反応する。


「マジ……レジェンド?」

「えぇ、そうよ」

「戻ってきてくれた!」


 マジフールが、マジレジェンドに抱き着いた。

 マジレジェンドは、マジフールを受け止めて胸に抱き寄せ、その頭を撫でながら言う。


「もう収録は終わったのよ、柊理沙」

「えっ? ……あっ」


 状況を把握したのか、理沙が顔を真っ赤に染めている。


「……ねぇ、マキちゃんはどこにも行かないよね?」

「当たり前じゃないですか」

「しばらくこのままでいい?」

「良いですよ」


 マキが理沙をあやすのであった。

 その様子を見ていた者たちは、しばらくの間、マキのことを、マキちゃんではなく、『ママキちゃん』と呼ぶようになるのであった。

 おっぱい信者の菅野は、「あの子が成長しておっぱいが大きくなるかは分からない。でも心のおっぱいはすごく大きい」と周囲に言ってドン引きされるのであった。




    ◆




 今日のラジオ『いろでこ!』では、マジキュアの話題になった。


「レジェンドマジキュア26話、凄い反響だね」

「うん、普段アニメに興味ないような人たちにも良かったねって言われちゃった」

「なぜか私にも、あんたのこと褒める声が結構届いてたし」


 26話はありがたいことに伝説回と呼ばれ、色んな人が評価してくれている。


「でも妹には文句言われたかな」

「えっ、どうして?」

「姪っ子が大号泣して、その日はご飯も食べなくて大変だったって」


 メイちゃんの妹のところには5歳の女の子がいて、レジェンドマジキュアをいつも楽しみにしているという話は聞いていた。

 マジレジェンドの大ファンだと言っていたからショックを受けてしまうとは思っていたけれど、思った以上に衝撃を与えていたらしい。

 そこまで影響を与えられることは、演者としては喜ぶべきことかもしれないけど、さすがにちょっと気が引けてしまう。


「後で旦那さんから、一番泣いてたのは妹だったって聞いたけどね」

「そ、そうなんだ」

「みんなレジェンドロスから立ち直ってないみたい」

「ロスって別に死んでないけど」

「似たようなもんでしょ。実際、私もそのときの収録見学させてもらってたけど泣いちゃったし」

「そういえば、あのときって結構色んな人来てたね」


 ベテランの人や最近人気の若手も見学にきていて、不思議に思っていた。


「今後のために見ていけって、菅野がみんなを誘ったのよ」

「菅野さんそんなことしてたんだ」

「あいつのことは嫌いだから癪だけど、呼んでくれたことは感謝してる」

「マキちゃん凄かったもんね」

「それもあるけど……あんた、演技上手くなったね」


 当たり前のことだけど、みんなマキちゃんの演技を褒める。でも、それだけじゃなくて、私の演技も褒めてくれる人は多かった。

 おっぱい声優だなんて言われてきたけど、私も実力派声優なんだってことがみんなに伝わったと思う。


「ほんとのところ、マキちゃんの演技に引っ張ってもらっただけなんだけどね。一緒に演技してたら、気がついたら私はマジフールになり切ってるんだ」

「あんた、なり切りすぎて、終わってからも全然役抜けてなかったしね。なんかショックで声出なくなってたし」

「そうなんだよ! マキちゃんが遠くに行っちゃうんじゃないかって、しばらくの間不安がおさまらなかったよ」

「あの後ずっとマキちゃんに抱き着いてたもんね。みんな微笑ましい目で見てた」

「わーわー! そんなの忘れた!」

「でも、あのときのマキちゃん、母性があふれてたわ」

「なんかみんなママキちゃんって呼んでたしね」

「正直、母性で勝てる気がしない。相手は小学生なのに」

「ママキちゃんだから仕方ないよ」

「それもそうね。あの後、結局どうなったの?」

「打ち上げ……って訳でもないけど、一緒に温泉に行ったよ」

「あんた……ほんとに温泉好きよね」

「うん! 今度イベントで地方に行くとき、マキちゃんも映画の撮影で近くにいるらしくて一緒に温泉行くんだ!」


 マキちゃん。彼女はとんでもない役者だと思う。私なんかじゃ手が届かないような役者だ。

 みんな私とマキちゃんは釣り合わないって言うだろう。

 でも、私たちは絆で結ばれている。温泉好き同士という深く強い絆で!

 だから、マキちゃんがどれだけ凄い役者であっても、私たちは親友なのだ。

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