【コミック第1巻発売記念】天才子役と呼ばないで
松原浩二は山下マキの専属マネージャーだ。
マキが役者としてデビューしてから、浩二はずっと一緒に仕事をしているが、いまだに彼女の本心は掴めない。
演技が上手すぎるのだ。
もしも悪戯で、突然哀しんでいる演技をしたとしても、浩二にはそれが演技であると見破れない。本当に何か哀しいことがあったのだと信じて心配するだろう。
実の母親である朱里に対してすら理想的な娘を演じている節がある。
撮影中はもちろんのこと、普段の彼女ですら、いつも何かしらの演技をした結果なのではないかと思う。
だからマキが本当は何を考えているのかを探り当てることは困難だ。
「むー」
テレビ番組への出演を控えた楽屋。
マキは椅子に座って机の上に肘をついて手に顎をのせている。
むすっとした表情で、あからさまに不満がありますよとアピールしていた。
天才と評されるマキにしては下手な演技だ。
あえて下手に演技をしているのだと浩二は思う。
浩二に自分が不機嫌だというメッセージを伝えるために、わざとらしく不機嫌な姿を演じているのだ。
むすっとした姿はスネたこどもみたいで可愛いけれど、こうも分かりやすく不満をアピールされたら反応せざるを得ない。
「番宣は大事だぞ?」
マキが出演する映画の番宣も兼ねて、バラエティ番組に出演予定だ。
確かに役者の中には番宣活動を嫌って、バラエティ番組になんぞ出てたまるかというスタンスの者もいる。
そういうスタンスは大御所のベテランに許されるものであって、まだまだ新人のマキには許されない。
マキは老若男女問わず人気がある。その人気を当てにして番宣が組まれているのだ。気が進まなかったとしても拒否することはできない。
「そんなこと分かってる」
彼女はこどもでありながら、大人の事情に理解がある。
自分が番宣に出なければならないことも分かっているし、テレビ番組に出演して宣伝することの重要性も理解している。
番宣を行うこと自体に思うところがある訳ではないらしい。
「じゃあ何が不満なんだ?」
マキが「これ」と今日の番組の台本を渡してくる。
そこには天才子役・山下マキと書かれていた。
「天才と言われるのが嫌なのか?」
超一流のアスリートが自分は天才じゃないと発言した場面をテレビで見たことがある。
彼らは無論、素晴らしい才能を持ってもいるのだろうが、それ以上に努力をしている。天才という言葉で片づけられると、その血のにじむような努力を否定されているような気になるのだと思う。
「違うよ。私は天才だから」
マキは何でもないことのようにと言い切った。
「私の演技力は、天からの授かりもの」
浩二はマキが努力を欠かしていないことを知っている。
よりよい役者になるために日々精進している。
それでもマキには生まれ持っての才能が、とてつもない才能があることも事実だ。
そして、マキ自身もそのことを把握していた。
「だったら何が気に入らないんだ?」
「……しゃだから」
マキがボソッと呟く。
「すまん。聞き取れなかった」
「私は天才役者だから」
「? さっきもそう言ったじゃないか」
「天・才・役・者!」
苛立ちを浩二にぶつけるかのように、大きな声で言う。
「天才子役じゃなくて天才役者なの!」
素晴らしい演技をしても、世間一般に見てマキは子役として扱われる。
どれだけ恐るべき演技をしたとしても、大人の役者たちの自信を思いっきりへし折ったとしても変わらない。
彼女は天才子役だと絶賛される。
実際に彼女の演技を同じ世界で目の当たりにした監督や役者たちは、マキのことを子役だとは思っていない。子役の範疇に収まらない役者だと認識している。
でも世間が求めているのは、大人顔負けのこどもであって、こどもの皮を被った大人ではない。
大人顔負けということは、大人ではないということだ。
世間はマキを天才的な演技力を持つ子役としてしか評価しない。大人と同じ土俵には、役者という土俵には上がらせてもらえない。
『神童も二十歳過ぎればただの人』と言われることがある。
世間の人たちは無意識に思っている。
山下マキは確かに凄いこどもだ。だが大人になったら普通になるのだ、と。
だから彼女は天才役者・山下マキではなく、天才子役・山下マキとして扱われる。いずれただの役者に、あるいはただの大人になるこどもとして扱われる。
「ははーん」
顎に手をあてて笑う。
「なに?」
ジト目で睨んでくる。
(随分と……こどもっぽい悩みだ)
ちっぽけな悩みだとは思わない。
彼女にとって重要な問題なのだろう。
でも、マキが大人ではなくこどもであるからこそ生じる悩みでもある。
「そう言ってる内は、まだまだこどもの天才子役だと思ってな」
自分がこどもであることも、こどもとして扱われることも理解した大人の知性を持っていると思っていた。
案外、こどもっぽい一面もあるらしい。
「むっ――」
マキが反論しようとするが、番組のスタッフから声がかかる。
もうすぐ撮影が始まるらしい。
「はぁ~」
諦めたようにため息をつきながら肩を落とす。
くたびれた中年の男性みたいに、ヤレヤレと呟いた。
「天才子役を演じるしかない……か」
そして撮影が始まった。
浩二はカメラマンやディレクターといった番組スタッフたちの裏から様子を眺める。
スタジオには『天才役者・山下マキ』ではなく、『天才子役・山下マキ』がいた。
しっかりしたこどもとして司会者や共演者とやりとりしつつも、こどもらしい純真さを失わず、時にこども特有の無茶な発言をして大人たちを困らせる。
みんなが期待する人気子役の姿がそこにはあった。
デタラメな演技力で、時に大人の役者たちの自信さえへし折ってしまう、化け物のような天才役者の姿は見当たらない。
彼女はまだまだ幼い。
大人として扱われるには後10年はかかる。
それまで世間からは、天才役者ではなく天才子役として称賛され続けるはずだ。
身体が成長して大人になるその日まで、マキは『天才子役』という演技を続けるのだろう。
周りから求められているものを理解する。
思うところがあったとしても、その求めに応じて百点満点の答えを示す。
それをできてしまえる彼女は――
「立派な天才役者だな」
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