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『スクールラビリンス』

 

「お前ら授業中だぞ、集中しろ」

 

 注意をしても効果はない。

 隣の生徒とおしゃべりをする子や、眠ってしまいそうな子、スマホかなにかを机の下でいじっている子ばかりだ。

 小学五年生のクラスを受け持っているミツルであるが、生徒たちには舐められていた。

 新米の彼には威厳もなく、かといって生徒の興味を引けるような面白い授業ができる訳でもないのだ。

 

「みんな、先生が可哀想だよ」

 

 一人の少女が皆に注意する。

 一部の男子が少し文句を言っていたが、それもすぐに収まって、皆が授業に集中し始める。

 クラスをまとめる少女の名はハジメ。

 学級委員長タイプの子で、大人しいけれどしっかりしている少女だ。

 ミツルの視線に気がついたのか、ハジメと目があった。

 

「先生、続きをお願いします」

 

 自分よりも彼女の方がよほど教師に向いてそうだ。

 ミツルは落ち込んだ。

 

 

 

    ◆

 

 

 

「はぁ」

 

 授業が終わり、職員室へと向かう途中で、ミツルはため息をつく。

 自分には教師が向いていない。

 親が教師をしていたから、なんとなく教師になっただけであるため、やりがいもない。

 そんなミツルが教師の仕事を続けている理由は、一人の同僚教師の存在にある。

 

「ため息ついてどうしたの?」

「わわっ、四谷先生!」

 

 後ろから肩を叩かれて、手に持っていた書類を落としてしまう。

 

「あ、ごめんね」

 

 ミツルに声をかけた女性、四谷佳代が慌てて書類を拾おうとかがんだ。

 四谷先生一人に拾わせる訳にはいかない、とミツルも動こうとするが固まってしまう。

 四谷先生はいつもスーツ姿だ。屈んだ姿を上から見ると、白いブラウスから胸元が覗く。

 ミツルは思わぬラッキーに目が釘付けになっていた。

 

「はい、これ。ごめんね」

「いえ、僕もボーッとしてたので」

「教頭先生に呼ばれてるから先に行くね」

「あ、はい」

「ほんとにごめんね」

 

 拝むように手を合わせて謝罪した後、彼女は颯爽と職員室へと向かう。

 綺麗だ。

 ミツルは口を半開きにして、その後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

    ◆

 

 

 

 誰もいなくなった放課後の教室で手帳を取り出す。

 最後のページには一枚の写真が挟んである。

 四谷先生の写真だ。運動会で行事の勢いにまかせて撮った写真である。

 正面から撮ったため盗撮写真ではないが、かといってそれを後日ニヤニヤと眺めているとは四谷先生も想像していないだろう。

 立派な変態キモ男である。

 

 ――ガラガラッ。

 教室の扉が開いた。

 

「っ!」

 

 慌てて手帳を鞄に戻す。

 

「どうした?」

「忘れ物を取りにきたんだけど……先生こそ挙動不審だよ?」

「いや、なんでもないよ、あははは」

 

 笑って誤魔化すミツルと、それを不審に思う少女・ハジメ。

 二人の間になんとなく気まずい空気が流れたとき、ハジメが床に落ちた何かを発見する。

 

「先生、これ落ち、た……よ……」

 

 ハジメが手にとったものを見て、ミツルの頭は真っ白になった。

 それは先ほどまでミツルが眺めていたはずの四谷先生の写真だ。

 焦って手帳の挟んであった場所を確認するが、そこにあるはずの写真は存在しない。

 

「ふーん、へぇ……ふーん」

「よ、四谷先生が落としたのかな? 後で渡しておくよ」

 

 写真を受け取ろうと手を伸ばす。

 しかしハジメはミツルの手をヒョイと避けた。

 

「おい、ふざけるなよ」

「先生こそ、惚けないで」

 

 写真をミツルから遠ざけるようにして掲げ、ハジメはニヤリと笑った。

 普段の大人しい真面目な姿からは想像もつかない、悪戯な笑みだった。

 

「これ、先生のだよね?」

「な、なな、何言ってるんだ。そんな訳ないだろ」

「この写真を眺めてニヤニヤしてた」

 

 見られていたのか!

 ミツルの全身から汗が噴き出る。

 

「気持ちわるっ」

 

 ハジメが汚物でも見るような目をむけてくる。

 心をえぐられて、ミツルは崩れおちた。

 

「……ふーん」

 

 ミツルの傍にしゃがみ込んで、ハジメは何か面白いものでも見つけたように言う。

 

「先生、今から私の奴隷ね」

「は? 奴隷?」

「四谷先生に変質者だってバラされたくなかったら、私の奴隷になって」

「何を馬鹿なことを……」

「ハジメ様って呼んでね、せんせ」

 

 ミツルは致命的な弱みを握られて、従うほかなかった。

 先生と生徒は、奴隷と主人になる。

 そしてハジメの悪戯が始まり、ミツルはドMロリコンの才能を開花させていくのであった。

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